「現役復帰?」
突如自宅に訪れた宰相ディッセル侯に、冷静沈着な勇将、ザーブル・ウル・ローウェンは眉を潜めた。
先日、エフタル公の反乱を指摘した際に彼はその危険性を理解しえぬ者たちによって更迭された。
元帥位はそのまま、役職を辞した後は長年そばにいることができなかった家族のためにいろいろと頑張っていたのだが、意外な来客によってそれは阻まれることになる。
「左様。エフタル公がついに反乱を起こした。貴官の主張は正しかったわけだ」
褒めているようではあるが、ザーブルは全く嬉しくなど無かった。
目の前にいるこの老人こそ、エフタル公の反乱を誰よりも喜んでおり、反乱を起こさせようとしていた張本人だ。
そして、自分を更迭させた一人でもあるだけに、ザーブルはいたって不機嫌なままであった。
「それで私が現役復帰というのが分かりませんな。他にも将はおるではないですか」
ミスリル軍に将兵がいないわけではない。
一番有能であったレスタルら三兄弟が辞したとはいえ、それでも人材はそろっているはずだ。
「私も考えを改めた。あの亡国の世子にエフタル公を討伐できると思うか?」
「本人はやる気がありましたよ」
元帥号があるとはいえ、職を解かれた時点でザーブルはすでに市井の人である。
それ故に気楽な立場でものが言える。
「やる気があるならば、あの世子はマクベス軍に勝っているはずだ」
ディッセル候は決してバカではない。
軍事に理解はないが、全くの無理解というわけでもない。
そもそもエルネストが原因でマクベスとロルバンディアは対立し、第四王子であったアウルス自ら討伐艦隊を率いて、完膚なきまでに討ち滅ぼし、ロルバンディアは征服された。
家族が戦犯として裁かれる中で、自分一人だけ生き延びた様はとてもではないが、武人としてあるまじき生き恥を晒している。
「ですが、ディッセル候は陛下の名を受けてエルネスト殿を匿われていたのでは?」
「主君の命に背くわけにはいかん。だが、かといって国家の大計を壊すわけにもいかない。エフタル公に対抗できるのは貴官しかおらんのだ」
このやせぎすの老人の懇願に、ザーブルはどこか冷めた感情で眺めていた。
いかにも忠臣であると言わんばかりの態度ではあるが、そもそもエルネストという帝国の大罪人を匿っている時点で、このミスリル王国を危機に晒している。
そして、エフタル公の反乱はこの老人にも責任の一端がある。
国家の大計というならば、軍部と王家の結びつきを強化し、ミスリル王国の王権を盤石なものにすることこそが大事であったはずだ。
それを諫めることなく、唯々諾々と従い、好き放題にやらせては自分に都合が悪ければこのような形で失脚させた相手に厚かましくお願いに来る。
ファルスト公生存時は、その姿から使い魔と揶揄されていたことをザーブルは思い出した。
「私以外にも宇宙艦隊には人が揃っているはずですぞ。わざわざ職を辞した者を討伐させるとあれば、それこそ周辺諸国の笑い者になります」
皮肉を口にする元宇宙艦隊司令長官だが、途端に瘦せぎすの宰相の顔色を変える。
「ならば、貴官を逮捕するしかないな」
今度は強硬策かと思うと、ザーブルは達観した気持ちになる。
「別に構いませんが、あの亡国の世子にエフタル公の相手をさせるのですか?」
「いいや、それは貴官にやってもらう。だが、この栄誉ある任務を断るというならば、貴官とその家族を逮捕する以外にあるまい」
今度は家族まで巻き込むつもりか。
自分を支えてくれた妻と、医者を目指している娘と自分と同じく軍人を志している息子、下手をすれば妻の実家まで手を広げかねない。
どうやら、これ以上ごねるわけにはいかないらしい。
「分かりました、お引き受けしましょう」
我ながら酷い貧乏くじを引かされたものだ。
自分が犠牲になるならばわかるが、家族や関係ない将兵たちまで巻き込んでしまうのであれば、自分がやるしかないだろう。
こうしてザーブル・ウル・ローウェン元帥は、エフタル公討伐軍総司令官となったのであった。
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「ついに出てきたか」
少し浮かない口調でエフタル公は会議室にてそうつぶやいた。
「危うく、全滅させられるところでしたよ」
サラムが冷や汗を流しながらそう言うと、全員が狼狽え始めた。
サラムほどの指揮官が、戦うのではなく逃走を選択せざるを得ない状況に気づかされたのだ。
「しかし、ザーブル元帥が出てきたとすれば、エンドールは放棄せざるを得ませんね」
イラムの指摘に、レスタルも頷く。
「正直、エンドールからトールキンまで目指してはいたが、我々の兵力ではヴィラール星域までが限界だ」
兵站地であるミドルアース星域を確保できれば、戦い続けることはできる。
「ヴィラール星域を確保すれば、ミドルアースは守り続けることができる。レスタル、前艦隊をヴィラール星域に集結させろ」
父の意図を組んだレスタルは「御意」と了承しつつ、全兵力をヴィラール星域に集中させるように指令を下した。
「ヴィラールを抑えたのはこのためだったのですか?」
イラムがレスタルに尋ねる。
「一応な。正直、現有戦力でトールキンまで攻め入るのは不可能だ。エンドールを取ればヴィラール星域の防衛戦を行うまでに、国軍の兵力を削れる」
「エンドールで決戦を行う予定だったのですね」
賢い弟の指摘に、レスタルは軽く頷く。
「エンドールで決戦を行い、あえてヴィラール星域まで引くことで国軍をこちらに引き付ける。そうすれば、アウルス大公率いるロルバンディア軍が有利な形で、ミスリル軍と戦えるからな」
改めてイラムは長兄であるレスタルの深謀遠慮に敬服する。
戦術手腕などならば自信はあるが、こうした戦略面に関してレスタルは卓越している。
エフタル軍だけでは勝利はおぼつかない。
だが、妹のアイリスはアウルス大公の婚約者となり、助力を得ることができた。
そうすればここで国軍を引き付けておけば、ロルバンディア軍は有利に戦うことができる上に、孤立無援の戦いではなくなる。
「勘違いするなよイラム。あくまでこの戦略は父上が練った。私はそこにロルバンディアの助力を得ようとしただけだ」
「いえ、その発想自体が驚異的だと思いますよ」
ロルバンディア軍がいるかいないかだけで、この反乱は先の無い反乱、いる場合は王家打倒のための闘争として成立する。
そして、マクベス王国は無論のこと、ブリックスやアヴァールすら交流を持っているアウルス大公と手を結ぶというのは常人の発想にはない。
「だが、まさかアウルス大公がアイリスを気に入ってくれるとはな。これだけは予想外だった」
少しだけ兄らしく、妹の婚約を喜ぶべきか悲しむべきなを悩むレスタルに、イラムは兄への好感を増した。
「我々の妹ですよ。それぐらいのことはできるでしょう。それに、アイリスは聡明ですからね。アウルス大公もその聡明さに惚れ込んだのでしょう」
「そうだといいのだがな」
「それよりも、ザーブル元帥が出てきたとなれば一筋縄ではいきません」
あのサラムですら、恥も外聞も構わず逃げ出した上に、エンドール星域の制圧と決戦、そしてヴィラール星域での防衛戦にまで追い込まれている。
ミスリル軍の名将が攻めてくることにイラムは、恐怖と共に戦意が沸いてくる。
「だがここで死ねば得をするのはあの暗君とディッセル候だけだ。奴らには相応の罰を与えねばな」
「それにここで死ねば、アイリスとも再開できませんからね。生きて会えるようにしましょう」