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その瞳に映るは"魔王"か"勇者"か。
時雨しあ
異世界ファンタジーダークファンタジー
2025年01月15日
公開日
3,258字
連載中
男の背後には、地を埋め尽くす程の武人が跪いていた。傑出したその才能、努力を怠らない性格……負けず嫌さから男は武の頂点へと登り詰める。
そうだった筈なのにーー。

(何処だ此処……)

汚い裏路地、細く小さな身体、彼は浮浪児へと転生していた。
しかもただの浮浪児では無くてーー。

『まだワシを地獄には連れて行かないで下さい……魔王様』

魔法が使われる今世ではオッドアイを持つ者は『魔王』と呼ばれる始末。
と言っても、浮浪児の魔王に食べ物がある訳でも無く、細い身体で何か出来る訳でも無く、魔法も使えない。

フラフラと生死を彷徨っていると、彼はある白髪の少女と出会う。
でもその子には『勇者』と言われたり、人攫いに遭ったり、国の存亡を賭けた戦いに参加する事になったりーー。

今世ではゆっくりと強さを追い求めたい魔王兼勇者の少年アレクは、波瀾万丈な生活を送って行く。
背後に何人モノ仲間を連れてーー。


※『◇』が話名に付いている場合、他者視点のみのお話になります。他サイトでも投稿しております。

第1話 クソ浮浪児

 北方に位置する永久凍土の国イカラムでは、一年中雪が降る。


 手はかじかみ、呼吸をする度に凍えた空気が身体の芯まで冷やしてくる。


 目が覚めると自分は此処に居た。

 凍えた空気に身を竦め、自分の身体の違和感に気付く。身体が小さく、手を見てみれば皺も少ない、若い子供の様な肌をしていた。


 名前は、分からない。ただ1人の男の記憶だけが茫漠として頭の中を支配していた。

 傑出した才能を持って、小さな頃から弛まぬ努力をし、絶対なる強さを追い求めるーー武人。名だたる強者を追い、手合わせを続け、勝利や敗北を繰り返しながら、自分は力を付けて行った。


 そしてふと、後ろを振り返れば、何千人という今まで戦って来た者達が各々に頭を垂れ、『武王』などという大層な名を付けられていたーーそんな人生を送っていた気がする……いや、そんな人生を送っていた。



(何で此処に……いや、それよりもーー)



 今はそれどころではないと頭を横に振り、周囲を確認した。

 地面には雪が薄ら積もっていて、煉瓦で出来た建物が両側にある……路地裏だ。


 現状を把握する為に路地裏から出ると、通りは沢山の人で賑わいを見せていた。

 此処は何処なのか、尋ねようと人に声を掛けると怪訝な視線を送られ、露骨に無視される。


 浮浪児だと予想は着くが、ここまでの反応はないだろう。

 そんな事を思っていると、建物の硝子に写る自分と周囲の人間を見比べて納得する。


 10代前後の容貌、痩せこけた体躯に、ボロボロな貫頭衣を被っている。ボサボサな黒髪は目蓋の少し上を靡いている。ここまでは浮浪児として当たり前だろう。だがーー。



(目が……)



 自分の目の、両目の色が異なっている。左は漆黒、右は琥珀色をした、相反した色が並んでいた。


 オッドアイなど、前の世界では珍しいだけで避けられる事は無かった。

 此処ではそうでないと分かったのは、何故か目を引く、ホームレスの足首の腱を十字傷がある老人に出会った時だった。



『おぉ……お許し下さい。まだワシを地獄には連れて行かないで下さい……魔王様』



 頭を垂れ、許しをこう老人に申し訳なく思いながら『何故我が魔王だと分かった』などとカッコつけながら問うと、何やら両方の目の色が違う眼を持つ者は【魔王】と呼ばれているのが分かった。

 小さな頃から有名な童話で出て来る魔王はオッドアイで、魔王はその眼で魔法を瞬時に理解・崩壊させる力を持って暴虐の限りを尽くし……人類が滅びそうになった時に勇者によって殺され、世界は平和になったのだそうだ。それ以外にも何十年前も魔王による侵略があったとかーーまぁ、よくある創作の中の1つでしかない。


 老人に『今回は見逃す。だが、次会った時はーー』などと言うと、聞くのを辞めて四つん這いで這い蹲りながら何処かへと行ってしまった。


 これからどうしたものかと何の目的も無く歩いていると、前の世界ではあり得ない、目を疑う光景をそこで見た。


 建物のガラスを隔て、更に奥。そこで恰幅の良い奥さんが台所の様な場所で、1人でに何かを唱える。


 すると、奥さんの指先から炎が現れたのだ。



(本当に、魔法だ……)



 魔法が、存在する。

 そして、理解する。ただ漠然と、此処は自分が居た世界とは違う世界なのだと。


 魔王の出て来る童話なんてそこらかしこにあるからどうも思わない。それも創作の話なんだと。でも、魔法を目の前で見るのでは話が別だった。



「ふんっ」



 興味本位で手を出し、一先ず火を出そうと念じてみる。

 ーーが、これで火が出るようでは世界は既に火の海だろう。何か法則があるとすれば、所謂『呪文』というヤツなのだろうと予測し、辺りを見渡した。


 近くに居るおばさんが花屋の店先で何かをしようとしているのが目に入り、近くの物陰から覗き見る。



「風よ、舞い踊れ」



 おばさんは、手を翳し何言か呟く。すると、落ちていた花弁と雪を華麗に舞い上がらせる。

 通りの人達はそれを見て立ち止まり手を叩いた。所謂客寄せ、というやつなのだろう。そして、家事や客寄せをする為だけに使われる程に魔法が世に浸透しているという証明でもあった。



(アレも、魔法に関係あるのか?)



 先程は魔法にばかり目が行ってしまったが、よく見てみれば何やら緑色のオーラの様な物がおばさんを覆う様に漂っていた。手を振ればオーラも形を変え、花弁と雪で出来た犬が姿を現し、場を一層盛り上がらせる。


 もし自分にもあんな事が出来れば、強くなれるかもしれない。思わず前世に引っ張られ、そう思ってしまう。


 現状強くなる事よりも、今日の飯でさえ危ない浮浪児である自分にとっては、魔法よりも先にやる事があるだろう。



「飯を探さないと……」






 此処に来てはや2日が経ち、昨日と同じく凍える夜を定食屋のゴミ置き場の横で震えながら起き、定食屋の窓から香る匂いに腹が鳴る。


 ここ2日何も食べておらず、流石に地面の雪で飢えを凌ぐには限界が来ていた。



(何か、食いもん……)



 フラフラとした足取りで路地を進む。

 通りの者達が何か落とさないかと1日、定食屋やパン屋の廃棄になら何かあるかもしれないと1日。真っ白な雪道にゴミを落とす者など居らず、この凍える温度で保存環境は整い過ぎており、何故か全てのパン屋では廃棄が出ないと言う。


 新たな旅路を歩き始めたは良いものの、その旅路は直ぐに壁へとぶつかった。



「ん……?」



 行き止まりの壁際を沿って歩く様に、途方も無く路地の曲がり角を曲がる。すると、今まで居た所とは別の場所へと辿り着いた。


 日中にも関わらず薄らと陰りを帯びた通りにはチラホラとしか人が見えず、真っ白な雪道に所々汚物が散らばっていた。

 そこに居る者達は誰もが自分と同じ様にボロボロで、同じ立場であるのだろうと直ぐに予想が付いた。



(所謂、スラムって所なんだろうな)



 自分の様な浮浪児、路地裏で会った魔王呼ばわりして来たお爺ちゃん。そんな2人が此処に居ても違和感の無い光景、間違いはないだろう。


 歩くのも不快ではあるが、此処の者達はどうやって食事にありついているのか気になり、辺りを散策する。


 すると、定期的に誰かが片付けているのか汚物が集められた、その傍らに恐らく……白髪の少女、が亀の様に丸まる形で地面に伏せていた。


 何故そんな場所にと思ったものの、何よりも目を引いたのは今まで魔法を使っていた者達から溢れていた蒼白のオーラが、少女の周りを溢れんばかりに漂っていたからだった。



(ん……? あれは!!)



 ふと目を走らせてみれば、少女の懐。そこにはパンの様な物が隠されているのを見つけ、鼻を曲げながらも意を決して近づく。



「ちょ、ちょっと良いかな?」



 少女らしき者がゆっくりと顔を上げる。その顔は長い前髪で見る事は叶わなかったが、少女が此方を見た瞬間、一瞬のビクつきを見せた。恐らくオッドアイの目を見たからだろう。


 此処で魔王の様な言動を見せても良いが、変に目立つと周囲の者から絡まれかねない。



「あー………そのパン分けてくれないか?」

「あ……………少しなら」



 相当な沈黙が続いたが、少女は鈴の音の様な声で返事をし、パンを一つ渡して来る。


 久々の食料に思わず唾を飲み込み、渡されたパンを口へと勢い良く頬張る。

 思っていたよりもパンは柔らかく、温かかった。


 この世界での初めての食事は、汚物の臭気の中、かじかんで指先の感覚が無い程の寒空の下で行われる。



「あ?」



 が、違和感に気付いたのはパンを食べ終わった後だった。


 突然身体から力が抜けて、隣にあった汚物溜まりに寄り掛かる様に倒れる。


 必死に身体を動かそうとするが動かず、視線だけを動かせば自分と同じ様にパンを頬張っていた少女も同じ様に地面に倒れ伏していた。



「へへっ、こりゃあ儲けもんだ」



 奥から、自分らと何ら変わりない出立ちをした男が手を揉みながら物陰から出て来る。


 男は倒れた少女を脇に抱えると、自分の事は汚物に塗れてない足の方を持って引き摺る様に何処かへと移動する。


 冷えた肌が雪と擦れ合い、肌が出ている所を幾本もの針で引っ掻く様な痛みが襲う。


 前世ならなんて事ない痛みだったが、子供の、しかも体力の無い今の状況では気を失う程の痛みだった。

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