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第16話 誰?

 はっと我に返ったキースが慌てて〝狼〟を呼び戻すと、ほとんど同時に〝子リス〟も元に戻った。クラリスは何もしていないので、どうやら注いだ魔力量がすくなかったようだ。

 しかし、一番の問題はそんなところではない。

「ああ、不具合があるようですね。修理にださなければいけないかな?」

「そ、そ、そうなんですね。はい」

 お互い顔を見ることもできずに、クラリスはこくこくと頷いて手の中の〝ベル〟を差し出した。

 ビエゴたち獣人は「じゃ、僕たちそろそろー」と言ってほくほくと顔をにやつかせながら調合室から出ていってしまった。

 二人残されたキースとクラリス。どうにもいたたまれない気持ちで、どうしようかと考えていると突然キースが頭を下げた。このまま上がらないのではないかと思うほど直角に。そしてその形のまま微動だにしない。

「キース様! どうか頭を上げてください!」

「今日という今日は、本当にすまない!」

 一度は噛まれそうな雰囲気になったが結局はそうはならなかった。ただ〝ベル〟同士がしでかしたことだった。

 しかもクラリスの目には甘噛みされている時、〝子リス〟はちゃっかりと〝狼〟の毛繕いをしているように見えたのだ。

「いいえ。不具合なのですから仕方がありませんわ」

 魔法道具に意思があるとは思えないし、ここは本当に不具合ということにしてほしい。

 そうでなければきっとまたお喋り好きなビエゴたちが今日の出来事をあちらこちらで話すだろう。だから、そう押し通した。

 キースはようやく頭を上げると、申し訳なさそうに腰の飾りに手を当てて呟いた。

「それはそれで、貴女に……」

「え? 今何とおっしゃりましたか?」

「いや、わかりました。ただもしも不具合について開発者から質問がきても、クラリス嬢は何も話さなくていいですから」

「……はい? あの、よろしいのですか?」

「はい。少々おかしい人間なので無視して結構です」

 魔法道具の開発者、しかも騎士団で使用する魔法道具を作っている人ならばよほどの人物だと思う。

 そんな人物に対してその態度は本当にいいのだろうか? そう思いながらも、真顔のキースにつられるように、クラリスは大きく頷いた。


 ***


 翌日、キースが言っていた通り王宮からの使者がやってきた。

 使者からの正式な無罪の裁決と危険薬草栽培摘発における功労賞を贈られたクラリスは、うやうやしく礼をした。

 これによってクラリスにかけられた冤罪は完全に晴れ、何一つ瑕疵がない、それどころか騎士団への貢献した勇気ある令嬢であると証明されたのである。

 ただしなぜかクラリスの顔には引きつった笑顔と脂汗。

 ぎくしゃくと手足を動かしながらクラリスがそれを受け取ると、大きな拍手が沸き起こる。クラリスや使者が立つのは騎士団練武場の演台の上であり、多くの騎士団員と獣師団員たちが見守っていた。

 正面に置かれた椅子にはどうみても騎士団のお偉い方といった面々が並んで座っていて、その中でも長い金髪を一つにくくった美青年が足を組み、クラリスを見てはニコニコと笑っている。

(……どうしてこうなったの? こんなに、こんな……)

 あまりにも立派な式典に恥ずかしさで顔を真っ赤にしながらもうつむくことはできないと考えて、一生懸命顔を上げる。するととても真面目な表情のキースと視線がばっちりと会った。

(キース様……キース様の……)

 絶対に口にはできない文句を飲み込みキュッと唇を噛むクラリス。そしてひくひくと顔をひくつかせ目の前に並ぶ団員たちへ頭を下げた。


 クラリスが受け取るものを受け取りなんとか式典は終わった。想像以上に大掛かりとなった式ではあったが、忙しい騎士団員たちは式が終わったのと同時にサッと潮が引くように帰っていった。

 ようやく息がつける。そう気を抜いた時、思いがけず後ろからやたらと元気な声がかかった。

「やあ、クラリス嬢。ちょっといいかな?」

「はい。なんでしょうか……」

 振り向くとそこにはやや渋い顔をしたキースと、式典の時にクラリスを見ていた金髪の美青年がにこやかに立っていた。

(ええと、誰かしら?)

 騎士服ばかりの中で一際目立つ黒く長いローブを纏った彼の立ち振る舞いはとても気品に溢れている。

 クラリスは丁寧に会釈をした。

「ああ、僕はアシュリー。アシュリー・レジエンダといいます」

「はじめてお目にかかります。クラリスと申します。レジエンダ様……え、あのっ、もしやレジエンダ公爵家の方でいらっしゃいますか?」

 ただの研究開発者ではないと思っていたが思いのほか大物でクラリスは驚きを隠せない。

 レジエンダ公爵家といえば、アリアテーゼ王国の中でも四家しかない公爵家のうちの一つであり、現当主である公爵は王家の宰相を担っている。

 この年齢になるまで田舎領地から一歩も出たことがなかったクラリスでさえ知っている、王国貴族としての常識だ。

「うん? ああそうそう。とはいえ僕は次男でただの研究者なのでお気になさらずに」

 アシュリーは気さくに答えたが、クラリスからすればそうはいかない。王家に次ぐ地位である公爵の家族というだけで自然と肩に力が入ってしまう。

 しかしアシュリーはそんなことおかまいなしでクラリスへと距離を詰めた。

「ところで僕は王宮で魔法道具の研究と開発をしているのだけれど、最近作った新型の〝ベル〟がなんだか面白い動作をしたと聞いたんだ。なんでも魔力を注いだ者の意志に反した行動をしたのだと。まさかの事態になって驚きを隠せないよ。いや、使用許可を出す前にかなりテストを重ねたのだけれど、こんなケースは初めてでさ。今までに一人で三機同時使用したことはあっても二人以上の〝ベル〟をわざわざ接近させたことはなかったものだから。一応キースからの連絡を受けて再テストしたものの、そういった結果もでなかったしね。そこで今回のレアケースの当事者である君に話を聞かせてもらおうと思って」

 一気にまくしたて有無を言わさぬ勢いで近づいてこられた。

 その隣で呆れたようにキースが「やめないか」と言い、アシュリーの腕を捕まえても全く気にも留めない。

「いいじゃないか。あ! それからその状況を、このキースと共に再現してもらおうと思ってクラリス嬢用に〝ベル〟を持ってきてあるんだ。研究者として僕もその意思を持って行動する〝ベル〟たちをぜひとも見てみたいから」

 いいよね。と、目の前に差し出された〝ベル〟と、艶やかに笑うアシュリー。

「は、はは、はい」

 あまりにも高貴な立場の男性にざっくばらんなもの言いでぐいぐいとこられたことでクラリスは動転してしまい、アシュリーの言葉を考えることもなく、気づいたら首を縦に振っていた。


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