金の小鳥の声を聞くとキースは、すぐに目をパチパチとさせ我に返った。
どうやら思っていたよりはおかしくなってはいなかったように思える。キースはクラリスの肩に乗せていた手を離し、せわしなく飛び回る小鳥を一瞬で捕まえるとぎゅっと握りしめた。
『ぐぇーっ!』
「ああっ⁉」
(そんな、乱暴な⁉)
小鳥がケガをするのではないかとクラリスは一人あたふたするが、ビエゴたち獣人は小鳥が飛び込んできた時に振り返ったものの、いつものことだといった感じで何ごともなかったようにお喋りに興じている。
キースも気にした様子もなく淡々と尋ねた。
「ダイム、要件は?」
『王宮からの連絡があります! 今すぐに執務室まで戻ってきてください』
「連絡、了解した」
簡潔に答えたキースがぱっと手を離すと、小鳥は目の前で羽をばたつかせながら文句を吐き出す。
『ちょっと! 中隊長、痛いですって!』
「何を言っている。魔法道具が痛みを感じるわけがないだろう」
(魔法道具……これがあの、連絡用の〝ベル〟なのかしら? 初めて見たわ)
魔法道具とは主に二種類ある。
一つは道具自体に魔法付与されたタイプ——これは魔力のない者や獣人たちにも使える道具であり、代表的なものとしてはランプなど日常生活で使用するものや、魔法人形のような玩具など。少々値の張る物なら空間魔法付与の付いた鞄などがそうだ。
そしてもう一つは、自身の魔力を込めて動かすことができる道具——こちらは〝ベル〟のような連絡用や、本人以外では開けることができない魔力認証制の金庫など、その用途によりいろいろな設定される魔力回路タイプのものがある。
こちらは魔力を必要とするので当然誰にでも使える代物ではないし、ほとんどがオーダーメイドのため魔法付与されたものよりも高価なものが多い。
ルバック伯爵家でも領主の金庫くらいしか見たことはなかった。
(本当にお喋りできるのね。可愛い。触ってみたいわ。でも……)
聞いていたものとは形が違う? と、クラリスがもじもじとしているうちに、ダイムの〝ベル〟がキースの肩に止まる。
『気持ちの問題ですよ。あんな乱暴に扱われれば誰だって言いたくなります』
そうか? と言いながらぎゅっぎゅっと拳を握るキースの姿に、ピエッ、と両羽根を上げて飛び上がる。
『とにかくお早くお戻りください、中隊長』
それだけ告げるとフッと煙が消えるように金の小鳥はいなくなってしまった。
「……あ」
「どうしましたか? クラリス嬢」
話には聞いていた魔法道具を初めて見て浮き立ってしまったせいで、つい声を出してしまった。
「もうしわけありません。〝ベル〟を見たのが初めてだったものですから気になってしまって。まだまだ珍しく高価なものだと聞いていましたし」
「そうなのですか。騎士団では連携・報告のために団長以下、中隊長には二つ、補佐には一つまで支給されるものです」
キースが腰のベルトに手を当てると、飾りだと思っていた金の鎖に付けられた玉が二つ、銀色に光った。
「本当に離れた場所と会話ができるのですね。ただ思っていたものとは随分とユニークな形だったのに驚きました」
クラリスが聞いていた〝ベル〟とは、小さな玉の形をした魔法道具であり、魔力を込めると指定した相手の前に光の玉が現れ会話ができるというもの。
正直に伝えると、キースは小さく頷いた。
「はい。一般的に出回っているものはその通りですね。しかし騎士団で使用しているものは人により〝ベル〟の形が変わります。その方が誰からの連絡かわかりやすいというらしいのですが」
「そうなのですか」
魔力によって形が変わるというのであれば普通のものよりもさらに特別なのだろう。さすがは王都の騎士団だと、感心しているとキースの眉間に少しだけ皺が寄る。
「……なんというか、開発者が少々趣味に走っているようです」
どうも言いづらいものがあるのか、珍しくキースの言葉の歯切れが悪い。クラリスはむしろただの丸い光よりも面白くていいと思うのだが、キースにとってはそうではないらしい。
「あ、でも、小鳥型というのはとても可愛いと思いました。羽の色は……ダイム様の髪の色と同じでしたよね」
クラリスの言葉にキースの眉がピクリと上がる。
「そうですね。どうやら使用者の特徴が反映されやすいとは言われています」
「まあ、だとしたら……」
(キース様の〝ベル〟はどういう形をしているのかしら? 銀色の? うーん……)
無意識に上げたクラリスの視線がキースとばっちりと合うと、「自分のも見せましょうか?」とほんの少し口角を上げた。
「あ……ええと、……はい。迷惑でなければ」
キースが銀の玉に手を当て〝音鈴〟と唱えると二つのうちの一つがしゅるりと銀の四つ足動物と形を変えて彼の手のひらの上に乗った。
「……!」
「クラリス嬢のところへ」
それだけ言うと、ぴょんっと跳ねたと思った途端、それはもうクラリスの肩の上に乗っていた。
「あら。あの、ここへ来てもらえますか?」
肩の上ではよく見えない。手のひらを上にして両手をくっつけると、キースの〝ベル〟はすぐにちょこんとその上に移り座った。
「犬? いいえ、これは……まあ、銀色の狼ですか⁉」
犬よりも鋭い目つき、がっしりとした首に太い尻尾。何よりクラリスの手のひらの上に乗るほどの大きさだというのに威風堂々としたたたずまい。
その昔、山で災害があった時に下りてきたという狼が敷地内に入ってきたことがあったが、窓越しに見たその姿によく似ていた。
『はい。その通りです』
キースの〝ベル〟から聞こえる声はまぎれもなく彼のものなのだが、大きな口を開けて少しどや顔に見える姿は狼なのにキースよりも表情豊かに見えた。
(ということは……)
「わー、やっぱり格好いい! 狼
「それほど違わないさ、ビエゴ」
横からひょっこりと話に加わってきたビエゴがあっさりと答えを言ってしまった。
(やっぱり、キース様は狼の半獣人だったのね)
納得しながらクラリスは手のひらの上の〝ベル〟をまじまじと見る。
キースの魔力でできているせいか、やはりキラキラと輝く毛並みといい、すらりと長い鼻、鋭いながらも凜々しい瞳など本当に美しい。
きっとキースが狼の姿をしていても目を見張るほどの美形なのだろうと感じるほどだ。
「ね、クラリス様もそう思うでしょ?」
「ええ、とても格好良くて、本当にキース様と同じくらい素敵です」
だからビエゴがそう同意を求めてきたときに、そのまま本音で答えてしまった。
すると後ろの方からひゅーと囃したてるような口笛が飛ぶ。
え? と思って振り向けば、獣人たちがニヤニヤとこちらを見つめていた。
その視線の意味に気がつき、顔が真っ赤になる。キースの頬も心なしか赤く見えた。
「あ、え……違っ、いえ。違いませんが、その……」
何と言っていいのかわからずにもごもごと口ごもっていると、キースの〝狼〟の鋭い瞳がにこやかに弧を描き大きな牙を見せた。
『ありがとうございます。その……嬉しいものですね。格好いいと言われるのは』
(そんな、キース様ならすれ違っただけの人にだって言われるはず。聞き慣れていないはずがないのに……)
しかし目の前のキースは口元に手を置き本気で照れているように見える。それを見ていっそう顔が赤くなるクラリス。二人の間に挟まれたキースの〝狼〟はハッハッ、と嬉しそうに息を吐いている。
(もうっ、どうしたらいいの? このままじゃ……)
もじもじとしたままどうしようかと悩んでいると、ビエゴが狼をつんつんとつつきながら口を開いた。
「人によって違うんだったらクラリス様だったら何の姿になるんでしょうねえ。僕見てみたいです」
「そうだな。確かに……試してみますか? クラリス嬢」
「え、でも……」
キースがビエゴの提案をあっさりと受け、飾りに付いたもう一つの銀色の玉を「どうぞ」と言ってクラリスへと向ける。
こんなことに騎士団の支給品を使ってもいいのか気にはなったが、やっぱり好奇心には勝てなかった。
珍しい魔法道具。しかも騎士団でしか扱えないものということでドキドキしながら右手で触り魔力を注いだ。
「ええと、〝音鈴〟」
キースの真似をして唱えると玉はもこもこと震え始め、ぽんっと音を立てるようにして茶色の子リスとなりクラリスの右手に乗った。
(か、可愛い!)
大きくくりっとした瞳に、ふさふさとした尻尾。小さな前足で顔を洗うような仕草がまた可愛らしさを強調している。一緒になって見ていた獣人たちからも可愛いとか、クラリス様らしいなどという声が上がり、なんだか自分の魔力ながらも照れてしまう。
クラリスの左手に乗ったままの〝狼〟も、ふんふんと鼻を動かし興味深そうにしている。
「あの、どうぞこちらへ」
コホンと咳をして、キースが手を差し伸べた。
(そうだわ。せっかくの〝ベル〟なのだから送らないと……)
「キース様のところへ、いってらっしゃい」
〝子リス〟はクラリスの声に、ぴょこんと後足だけで立つとキースに向かってジャンプした。その躊躇のない飛びつきかたに、これが魔法道具にもかかわらず自分の分身のように思えてなんとなく気恥ずかしさを感じてしまう。
(キース様の〝狼〟じゃないんだから……えっ⁉)
そう思った瞬間、右手の〝狼〟が飛び出し、キースの手に乗る寸前だった〝子リス〟をぱくりと咥えて走った。
「えっ? え、え、ええええっ⁉」
「うわっ! ありゃー!」
「うははっ!」
そしてそのまま獣人たちの使っているテーブルの上に乗ると、キースの〝狼〟はクラリスの〝子リス〟の体を嬉しそうに甘噛みし始めた。〝子リス〟も嫌がる素振りもせず、好きなようにさせている。
「あ? え? ……嘘ぉ」
そんな二匹(?)の姿を見ながら、クラリスは顔を真っ赤に染める。魔法道具は痛みを感じないと、さっきキースがダイムに言っていた言葉を思い出した。
(でも、自分が噛まれているわけじゃないけれども……)
首筋にぞくりとしたものを感じてしまい、クラリスは思わず首に手を置いた。