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第13話 キースの気持ち?

「最近、クラリス嬢に避けられているような気がするのだが、どうしたらいいと思う?」

「それはそうでしょう。あんなことがあったばかりなんですから」

 第五中隊の執務室でキースが両手を前に組みながらダイムに尋ねた。

 先日のやけど事件の〝甘噛み〟以来、目に見えてクラリスから避けられることが多くなったということだ。

 今回あれを目撃したのは第五中隊と獣師団だけではなかったため、ほぼ騎士団全体にキースの行動が広がってしまった。

「ただでさえ中隊長がクラリス嬢を預かる、責任を取ると宣言していたから注目されていましたしね。そのうえでアレですから、恥ずかしいに決まっています」

「たしかにあれは自制できなかった自分が悪い。しかし、だからこそクラリス嬢にはその責任を取らせてもらいたいと思っている」

「いや。だから、避けてるんですって」

「そうなのか?」

 キースが再度しでかしてしまったクラリスへの甘噛みに対し、彼が本気で反省していることはわかる。

 しかしその肝心な甘噛みの理由が本人にもわからないのだから、せめてそれが解明するまでクラリスには近づかないということが責任を取ることにもなるのではないだろうか。

 ダイムはそう考えながらキースを見た。

 伏し目がちに考えているキースの顔は、長い銀色の睫が青い瞳にかかり憂いを帯びたように見え、嫌になるほど格好いい。

 そういうところがなー、と思いながらため息をついた。

「ええ。だから特別用事がない限りあまり近くによっていかない方がクラリス嬢のためです。絶対に!」

 ダイムの忠告に、口をすぼめてしゅんっと小さくなる。

(え……叱られた犬? お、狼だよね、中隊長って)

 こんな姿は初めて見たと、ダイムは感動するべきか嘆くべきかちょっとわからない。

「それに中隊長はいい加減自分の影響力を考えた方がいいですよ。あなたそこにいるだけで相当目立つんですから」

 そもそもの発端は雑用係の二人がクラリスの持ち物を隠したり盗んだりしたことが始まりで、それをクラリス本人に見とがめられモーラに責められたことで起こった。

 それもクラリスへの嫉妬だというから、話を聞いた者たちの口も呆れてしばらくの間ふさがらなかったそうだ。

「自分が? ただの一騎士に影響力も何もないだろう」

「本気で言ってるんですか? 逆に嫌みですよ」

銀灰ぎんかいの騎士〟と二つ名を持つキースは、実力もさることながらその容貌も相まって、騎士団の中でも大変人気が高い。

 全てを燃やし尽くし灰にするほどの強大な魔法を操るにもかかわらず、いっさい態度に出さないクールさが素敵だと評判で、裏では肖像画が飛ぶように売れるほどだ。

 そして例にももれずその二人もキースのファンだったという。

 掃除と称してこそこそと執務室や使用した部屋に入り込み、何かと小物を持っていったりしていたそうだ。

 しかし今までいっさい女性に興味がなかったキースが特定の女性を騎士団本部に住まわせ面倒をみていることで、勝手に夢みていた憧れが怒りに変わった。

 それをクラリスを蔑むことで溜飲を下げていたと告白したのだ。

 しかし知らないと言うことは怖いな、とダイムは思う。

半獣人ハーフだからといって、ある意味舐めてたのかね。中隊長は絶対、彼女たちに手が届くような相手なんかじゃないのになあ)

 キースの実家について考えると、ダイムはぷるぷるっと頭を振った。

 しばらく執務に集中し書類を片付けているうちに、昼の合図を知らせる鐘が鳴った。

「そういえばあの雑用係、騎士ゾルゲの娘と商業ギルド副長の娘ですが、昨日診療所から自宅に戻ったと連絡が届きました。クラリス嬢の処置が早かったおかげで後遺症もなく済みそうです。ただ痕は残るかもとは聞きましたが」

 手早く書類を片付けながら報告をする。

 正直二人の処分はどうでもいいが、騎士団の食事に直結することなので後釜は早く決まってほしいのが本音だ。

「そうか。一応見舞金は送っておいてくれ。ただし人の私物に手を出したことには厳重に注意をしておくように。もしこれ以上誹謗中傷があるようなら注意では済まないこともしっかりと。……しかし早く代わりがくるといいのだが」

「了解です。でもどうでしょうねえ。あの二人だって身元がしっかりしているという触れ込みだったんですけど。なかなか若い人は難しいかもですよ。どうも誰かさん目当てが多くて」

 誰かさん、とは当然キースのことなのだが、当の本人は全く気づく様子はない。

「それでもだ。クラリス嬢にも迷惑をかけてしまうから、できるだけ早く頼む」

「結局そこになるんですよね」

 呆れたようなダイムの言葉はキースの耳に届いていないようだ。

(やっぱり、これはもう決まりかな)

「まあいいですよ。あ、ところで中隊長」

「なんだ?」

「そろそろクラリス嬢の裁決が下りるころではありませんか?」

 ひい、ふう、と指を折りながらダイムが数える。

「そうだな。おそらく明日には王宮から連絡がくるだろう」

 クラリスが騎士団預かりになってから、王宮での公休日を挟んで九日が経っていた。

 どれほど遅くなっても明日の午後にはクラリスの無罪の知らせと共に今回の摘発における功労賞が届けられるはずだ。

 それを手にすれば追い出されるように出てきたルバック領にも大手を振って帰ることが出きる。

 キースはクラリスの冤罪が正式に晴れることを喜ばしいと思いながらも、どこか胸につかえるようなもやもやを感じる。

「だとしたら、クラリス嬢はいつまで王都にいるつもりなんですかね?」

「いつまで? ……いや、それは」

 ダイムのいつまで、という言葉にキースはハッと息を呑む。

 とりあえず裁決が下りるまでという話でクラリスの逗留が決まったが、いつまでとは決めていなかった。

 クラリスにも都合はあるだろうが、あの元婚約者や家族の元に今すぐ帰りたいと思うとは限らない。

「魔法薬やポーションをクラリス嬢が作ってくれるおかげで団員は勿論、経理も喜んでますから、まだしばらくの間は滞在してほしいくらいです」

「そうか、そうだな。……いや、しかし」

「ええ。控えめな方ですのでこちらから言い出さなければ遠慮してしまうかもしれません。ちょっと中隊長が確認してきてもらえると嬉しいんですが」

 ダイムはさらにもう一押しした。

「……それは、特別な用事になるな?」

「そうですね。特別大事な用事ですのでお願いします。騎士団員全員の総意ですから」

 くれぐれも。と、そこまで付け加えて後押しをすると、キースは勢いよく執務机から立ち上がった。

「では、少し席を外す。用があったら〝ベル〟で呼ぶように」

「了解です」

 まるでおあずけをくっていた飼い犬が、〝よし!〟の合図を聞いた時のように軽やかに動きだしたのを見てダイムは思った。

(いつまでも責任って言葉で包んでるけど。多分あれ、自分でも気がついてないんじゃないのかなあ)

 獣人の甘噛みが求愛行動のことは獣師団から聞いて重々承知している。

 生真面目で自制のきくはずのキースが我を忘れるというのはきっと他にも何か理由があるだろうということも。しかし。

「あんな思春期の少年みたいな顔してるんだから、応援したくなるのも無理ないわ」

 キースの姿を思い出すと、ダイムは口元が緩むのを止められなかった。


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