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第7話 責任は取る!

 キース率いる第五中隊は、王都へと向かう街道を通常よりもかなり早い速度で走り抜けていた。

 そのせいか初めは元気に文句や罵声を垂れ流していた危険薬草栽培者たちだが、まともに口もきけないどころか檻の中で重なり合って潰れている。

 ただでさえぎゅうぎゅうに詰め込まれたうえ、容赦ない速度での強行軍では立っていても座っていても休まる時間などない。

「キース中隊長、ペース速くないですか?」

 先頭を走るキースの元に、補佐であるダイムが並び声をかけた。

「そんなことはないだろう、ダイム。騎士団員がこの程度で速いなど」

「いや、速いですって! 檻の中見ました? 全員ダウンしていますよ。そのうち下の方なんて圧死するんじゃないですか?」

 キースは檻の乗った荷車を一瞥すると静かに手を上げた。

「少しだけスピードを落とせ」

 ほっと息をつくダイムたち騎士団員。

 護送している栽培者たちの様子もだが、実際のところこの強行軍で自分たちもそろそろ限界に近い。

 相棒でもある馬だけは体力回復のためのポーションを飲ませて労っているが、残念ながら団員たちにまではその恩恵は回ってこない。

 体力お化けのキースはともかく、皆疲れ果てていた。

「次のクアルト領で荷馬車の馬を替えたら一気に王都まで駆けるからその間までだ」

「うっ……鬼ですか、中隊長」

「仕事だろ。我慢しろ」

 危険薬草栽培は重大な犯罪である。

 隠蔽魔法まで使い、あれだけ大掛かりに栽培をしていたのだから、おそらくかなり組織だった活動をしていたのだと推測される。

 彼らの販売ルートや、誰が裏で糸を引いていたのか、それらを尋問しできるだけ早く解明しなければならないのだ。休んでいる暇などない。

 一刻でも早く王都へ行って調査にかからなくては。

 そう考えるキースの耳に、ダイムの疲れた呟きが入る。

「こんなことならクラリス嬢の方へ付いて行くべきだったかなあ」

「は? 今、何と言った?」

「え、地獄耳?」

「いいから、クラリス嬢が何だと?」

「ええと、獣師団に預けてきてしまったでしょう? 皆言っていましたよ。獣人に会ったのも初めてだったようですし、慣れていないようならば騎士団員が付いていた方が良かったかな、と、……って、中隊長なんか怖いんですが?」

 ダイムが馬に乗ったまま器用にキースから距離を取る。

「皆が、言っていた、だと?」

「え、ええ。だって、心配じゃないですか。婚約を勝手に破棄されて、実家をあんなふうに追い出されるみたいにさせられて。まあ、妹の方は見ためは王都基準でもかなり可愛らしいく庇護欲をそそるようなご令嬢でしたが、ちょっと面倒そうな感じでしたから、クラリス嬢の方が清楚な感じがしていいと思うヤツが多いです」

「そうか。一気に燃やし尽くしたつもりだったが、トリブラの花粉を吸い込んだ者が多かったようだな。王都に戻ったら薬物排出のための訓練をつけてやろう」

 トリブラの毒は多くの幻覚作用を引き起こすが、花粉は特に媚薬作用のある幻覚を引き起こす。

 騎士団員の中にクラリスへのふざけた感情を持つような輩がいるとなれば、それはキースの責任問題にもなる。

 ダイムはキースの手のひらに炎がボッと灯るのを見て慌てふためく。

「はっ⁉ いえいえ、それは無茶ですよ! 皆、口元も隠していましたし、大丈夫ですからね! というか、それなら中隊長が一番問題ありな行動をしているじゃないですか」

 ダイムの言葉に、キースは眉間の皺をさらに深めてぎろりと睨んだ。

 キースの問題行動とは、勿論クラリスへのあの甘噛みのことだ。

 わざわざダイムに言われなくてもキースは十分に承知していた。

 獣人の中でも上位種である狼の半獣人であるため、人に効果がある薬物や魔法の精神攻撃のようなものには非常に耐性がある。

 だからこそトリブラの花粉を少しくらい吸い込んだところで本来ならば何も問題はなかった。実際、炎に舞い上がるトリブラの花粉や香りの中を突っ切ったとしても何も感じなかったほどだ。

 だが――。

(あの時、クラリス嬢を目の前にした瞬間、カッと頭に血が上り、我を忘れてしまった……)

 無茶をしながらも証拠のトリブラの花を守ったクラリスの柔らかく温かな茶色の瞳を見た時、獣人の本能のおもむくままにクラリスへの首筋に噛みついてしまったのだ。

 首への甘噛みは獣人としての求婚行動に当たる。

 そんなことは当然のように知っていたはずなのに、なぜかあの場ではその衝動を抑えることができなかった。

 キースは見た目こそ人そのものだが、身体能力だけでなく考え方も実は獣人の方に近かった。

 それは生まれてからも少年期までずっと狼獣人の母の元で育ってきたからだろう。

 母と父が亡くなり、父の実家に引き取られてからというものは、魔法の才能も開花し、若くして騎士団の中隊長にまでなることができた。

 養父たちのためにも人らしくいようと自身を律してきたが、突然箍が外れてしまったことにはキース本人こそが一番驚いた。

(一方的に婚約破棄され、さらにその元婚約者に冤罪をかけられたばかりの傷心中の令嬢になんてことをしてしまったのか)

 クラリスが応接室へ入ってきたことを思い出す。

 それまで妹のビアンカを中心に、べたべたとくどくまとわりつくような家族の団らんとやらが、彼女の入室で一気に空気が変わった。とはいえ、良くなったわけではなくその反対だ。

 刺々しくクラリスへ当たる婚約者や、そんなことは意に介せず己だけが正しく愛される者だと疑わない妹、そしてそんな彼女を溺愛する父母。

 誰も彼もクラリスを都合のいいように使い捨てるもののように見ているのがあの短時間でもわかった。おそらくクラリス自身も嫌というほど理解していたのだろう。

 それでも精いっぱい我慢し、なんとか自分への冤罪を晴らそうとしようとしたところへ、婚約破棄だ。

 倒れる寸前のクラリスの震える肩を支えてあげたいと思った時にはすでに体は動いていた。

 だからキースは口を出した。

 普段ならば家族の内情など決して口を挟まない。それが王国の法に触れなければ絶対に。そして騎士としての職務を全うしただろう。

 それがどうしたことか。なぜか、そう。クラリスを支えた時と同じように気がつけば彼女の首筋に自分の歯が触れていたのだった。

 今まで獣人と会ったことすらなかった、しかも貴族女性。

 人前であろうがなかろうが、首を甘噛みされるなどどれだけ恥ずかしい思いをしただろうか。

 クラリスへの仕打ちを思い出す度に自身の自制のなさに腹が立って仕方がなくなる。

 だからこそキースには責任がある。

 少なくともクラリスが領地を離れている間は、これ以上些末なことに捕らわれず、心安らかに過ごすことができるようにする責任だ。

 これは面倒をかけてしまったお詫びでもあり、キースができる最大限の償いでもある。

「問題なのはわかっている。なぜああした行動に結びついてしまったか、王都へ戻ったら診察も受け、原因の究明もするつもりだ。そのうえで自分は彼女に対して必ず責任は取るつもりだ」

「え、だったら……」

「つまり、クラリス嬢へとむやみやたらと近づこうとする輩を排除するのも自分の役目だと思っている」

 背の高いキースが馬上からぎろりとダイムを見下ろす。

 普段よりも迫力がある視線に、直接向けられたダイム以外の団員たちも背筋がひやりと冷たくなった。

「それなら中隊長は、その、クラリス嬢に特別な感情はないのでしょうか?」

 団員の一人からそんな言葉がかけられると、キースは馬の足を速める。

「くだらないことを話す時間があるのなら、少しでも先に進むぞ。走れ」

 キースの命令に、「うええ」と溜め息をつきながら団員たちは馬の腹を蹴る。

(特別な感情……? そんなもの、あるわけがない。これは、自分の責任問題だ)

 心の中で強く言い聞かせながら、キースはなぜか熱くなった耳をごまかすように触った。


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