僕たちはずっと「We」だった。
陸上で出会った君は、いつも男子部員と一緒に走っていた。
そして、いつかインターハイに出るんだと、大きくて確かな夢を抱いていた。
中学生になると体格に男女差が現れる。
高校生になったら、基礎能力からして明らかに違う。
それでも。
君は女子だけでなく、男子部員の誰よりも速かった。
男子よりもずっと小さな体なのに、風のように走る君はみんなの憧れだった。
屈託なく笑う顔立ちも涼しげで、カラリとした率直な性格も男同士みたいに気安くて。
短い髪が日に透けて、焼けた肌がしなやかな体つきを少年みたいに見せている。
男女関係ない感覚で、気さくに笑いあえるのが嬉しかった。
毎日顔を合わせて、同じ時間を共有した。
だけど、その気楽さは表向きのものだ。
君はいつか、インターハイに出るだろう。
もしかしたら全国大会にも出場するかもしれない。
同じ陸上部にいる僕たちには叶えることのできない夢を、君は確かにその手でつかんでいるから。
だから、ちょっとだけ君の存在は遠くて。
君の夢は、部員や学校も応援する「みんなの」夢で。
君の話をするときは、必ず「僕たち」になるから。
僕の中の君は、ずっと「We」のままだった。
だけど。
学校からの帰り道、君が泣いていた。
部室の戸締りをする係だったので、一人だけ遅れて校門から出ると。
一緒に帰っていたはずの女子と君はなにか言い争いをしていて、相手が憤慨したように「もういい!」と叫んで立ち去った。
残された君はキュッと唇をかみしめて、その背中を見送っていた。
何かに耐えるよう、拳を強く握りしめていた。
追いかけたいのに、追いかけられない。
その表情はいつもの強い君だったけど。
ぽろぽろと透明な涙が零れ落ちた。
小さな粒が、いつしか涙の筋になっていた。
引き結んだ唇から、飲み込み損ねた嗚咽が、淡くこぼれ落ちる。
肩が小さく震えていて、なんだかほっとけない感じだった。
なんだ、普通の女の子じゃないか。
そう思った。
大会とか夢とか、そんな大きなものだけを抱いてる遠い存在じゃなくて。
「僕たち」の応援を「私たちの」夢だと、無心に走ってる君しか知らなくて。
憧れて、まぶしくて、まっすぐに見れないぐらい距離があると、勝手に思い込んでいたのに。
君はあたりまえに友達と喧嘩をして。
嬉しかったら笑って、悲しかったら泣いて。
くったくのない笑顔を見せてほしい、普通の女の子だった。
ポケットからハンカチを取り出して、僕は歩きだす。
名前を呼んで振り向いた君と、友情の一歩先へと踏み出すんだ。
それは君が、特別な「You」になる瞬間。
【 おわり 】
2014.08.10
応援するだけのモブから、一歩踏み出した僕の気持ちは届くはず……たぶん。