思わず膝を抱えて、泣いてしまった。
ベンチにこもって泣くなんて、情けないとは思う。
県大会の予選で転倒してしまったぐらいで、たそがれてしまうなんて。
自分のせいじゃない。
800m走で混戦から抜け出そうとしていて、目の前の選手が転びそれに巻き込まれたのだ。
右足をくじいてしまって棄権するなんて、それほど珍しい話でもない。
だけど、あんなに練習したのに! という思いが消せない。
ああ、もうやだな。
そんな気持ちが止まらなくて、本戦の応援をする気も起きなくて。
タオルをかぶったまま、閉会式まで泣こうかな。
それでいいのかもしれない。
不意に、ふわりと風が動いた。
ピタリ、と冷たい物が腕に押し当てられた。
無視したかったけれど、強引に握らせようとするので、顔をあげる。
山崎君がいた。
短距離走の選手で、もうしばらくしたら最終レースが始まるはずだ。
ウォーミングアップもせずに、こんなところでなにをしてるんだろう?
そんな疑問がわいたけれど、フイッと山崎君は目をそらす。
「おまえの分も僕が走るから、泣くな」
ぼそぼそっとそれだけ言って、レモンウォーターを私の手に押しつけると、逃げるように去って行った。
驚きすぎて、涙が引っ込んでしまった。
普段が無口で黙々と練習をしている人だから、こんなふうに気づかわれるなんて思ってもみなかった。
特に仲が良かった訳じゃないのに、走り去る山崎君の耳の赤さが目に焼き付いて離れない。
どうしよう?
このぐらいで動揺するなんて、我ながら免疫がなさすぎると思うけど、ドキドキしてきた。
泣き顔まで見られちゃって、なんだか照れくさい。
そうだ、 応援、しなきゃ。
立ち上がって、山崎君のレースが見える場所に移動する。
泣いたばかりで不細工な顔になってる自覚はあるけど、力いっぱい走る山崎君を目に焼き付けよう。
心のファインダーに、今日を残そう。
ちょっと恥ずかしいけど、頑張れって叫んでいいよね。
スタートラインに立った山崎君と、一瞬だけ目があった。
軽くうなずくしぐさに、ドキンとする。
真っ直ぐな瞳が「見てろ」と告げるようで、心が動いた。
大丈夫、あなたならできる。
そう言いたくなるぐらい、綺麗に澄んだ瞳だった。
高まる緊張感に息が詰まる。
レースが始まる前の緊迫感を壊したくなくて、小さな声で何度も「頑張れ」とつぶやいた。
手のひらにじんわりと汗をかいてしまう。
青春の一ページなんて、きっとこんなふとした瞬間の寄せ集めだ。
手の中にあるレモンウォーターみたいに、爽やかな記憶として滑り込めばいい。
そして、スタートの合図が、今、鳴り響く。
【 おわり 】