「いえ、別に?
「ふん、どうだかな!仮にこの俺を脅そうたって無駄だからな。俺の親は財務官……言わば国の上位職に勤めているんだ。貴様のような底辺の人間がいくら喚こうが……む、無駄だ」
そう言っているが、声が動揺で上擦っているぞ、ヤーナ幹部。
「だ、だがまあ?今回の件に関して俺に責任は無くても罪悪感が無いわけではないから?お詫びというのもアレなんだが、何か一つ望みがあるなら聞いてやらんこともないぞ?」
キラーンと、僕は目を光らせる。その言葉を待ってましたと言わんばかりに。
「さあ、俺の気が変わらんうちに何か一つだけ、要望を述べてみろ!無いなら今回の特別報酬として、俺からポケットマネーを今あるだけ全部―――」
金も良いけど、今の僕にとって一番欲しいのが、
「僕に昇級試験を受けさせて下さい。その資格が僕にはあるはずです」
昇級――「成り上がり」だ!
「な、何だとぉ!?」
ヤーナから素っ頓狂な声が上がった。そんなにおかしな要望を言っただろうか。ごく普通でまともなものだと思うのだが。
「や、だってあるでしょ、昇級の機会をもらう資格くらい。ていうか無条件でⅮ級に昇格してくれても良いと思いますけどね。
一人で魔獣がいる森から生き延びて、さらには一人の力じゃなかったとはいえ、たくさんの人の協力を得て元B級傭兵の盗賊を討伐してみせたんだ。昇級試験の一つくらい、構わないでしょ?」
「ぐ……だ、大体貴様がその盗賊の頭を討ったかどうかすら、疑わしいぞ!たくさんの人の協力を得たと言ったな?ならば盗賊を討ったのは貴様ではなく、村の連中だったってことになるだろ?貴様は戦いには参加せず、安全なとこで突っ立っていただけじゃないのか!?」
「もうそうだとしたら、村の人たちは僕にこの首を持たせようとはしなかったでしょうね。討伐の手柄は自分たちのものだって首を保管して、協会か賞金首専門の換金所にでも連絡あるいは直接訪ねてるはず。それが無いってことは、村のみんなは僕の功績を認めてくれたということ。
何なら僕が昇級試験を受けるに相応しいって証拠を、まだ出して見せましょうか?」
そう言って別の麻袋を取り出し、紐を解いて中身を見せてやる。中には森で討伐した魔物たちの剥ぎ取り素材がたくさん詰まっている。
「魔獣から奇跡的に逃げ延びた後、奇跡的な回復を遂げた僕は、村に帰る途中で魔物と何度か遭遇しました。そして全て返り討ちにしてみせました。その証拠がこれです」
「そ、それだってサーキスのパーティが集めたものじゃないのか!貴様が集めたとは限らない以上、そんなものも証拠にはならないぞ!」
まあその通り、これの半分以上はサーキスたちが狩ったやつだけどな。けど実際、村に帰る途中で魔物と遭遇したのは事実だったし、ある程度自分で集めたものもあるから、嘘は言ってない。
「さっきから否定的ですけど、そんなに僕に昇級試験を受けさせたくないんですか?」
「ああ?俺がそんな理由で貴様の証拠品を否定しているとでも?それこそ下らん、馬鹿げてる!
とにかく貴様が昇級試験を受けることは認められん!他の要求にしろ!今なら特別に俺のポケットマネーを全部やっても良いんだぞ!?」
「そうですか。お金には今はそんなに興味無いので、諦めてとっとと監査にこの件を報告することにします」
「!?や、やめろ!それだけは絶対にさせんぞ!大体この前までF級と蔑まれていた底辺の貴様に、魔物や盗賊を倒せるわけがないだろが!」
ガチャとヤーナは僕に拳銃を突き付けてきた。あの銃は特別製で、普通のよりも高威力高速の弾丸を放つと聞く。銃口を突き付けられたら終わりだと、先輩傭兵から聞いたこともある。
「それにさっきから何なんだ!その口調といい目つきといい!最弱の傭兵のくせに、何堂々とした態度で俺と交渉みたいなことしてんだよ!図に乗るな!雑魚が!!」
みたいなじゃなくて実際に交渉してやってんだよ。それにしてもヤーナ・カンディル、こいつの底が完全に知れた。前から嫌な奴だと思っていたが、ここまで程度の低い奴だったとは。相手が平民で階級もドベの僕なのを良いことに、好き勝手言ってやがる。
あの拳銃は脅威だろうけど、それ以外なら奴は今の僕よりも弱いんじゃね?
「自分だって、大した実力がないくせに(ぼそっ)」
そう考えてるうちに、気付けばそうこぼしていた。小声で言ったがヤーナの耳にはきちんと届いていたようで、奴は顔を真っ赤にさせてこちらを睨みつけてきた。
「貴様、今何と言った!?俺のことを侮辱しやがったな!F級の最弱底辺の分際でぇええ!!」
ドゥン! 発砲音。右肩に熱い痛みが。銃で撃たれたのだ。マジかこいつ、館内で発砲しやがったぞ。
「………っ」
「く、くはははははあ!?どうだ、俺の特別の銃撃は!全く反応出来なかったろ!その程度で俺に生意気な口を叩くなど、百年早い―――」
トン―――
僕は一瞬でヤーナの背後を取り、人差し指を側頭部に押し当てながら、殺気を飛ばした。
「な―――なっ!?」
ヤーナの視線は背後の僕と正面を何度も往復させながら、汗をだらだら垂らしていた。
「あれだけ証拠を提示してもまだ信じてもらえないから、もう直接見せてやることにした。で、どうなん?これでもまだ僕が今までの最弱底辺だと言えるの?」
指をさらに強く押し当てる。指先からは魔力が生成され、いつでも弾のように飛ばし、こいつの頭を撃ち抜くことが出来る。まだ殺されてはいないから本当にやる気はないんだけど、こいつのこの後の行動次第では致し方ないと考えている。
「き、貴様………っ」
「別にどうしてもお前の伝手で昇級試験が受けたいわけじゃない。お前がダメと言うのなら別の人にまた頼めば済むわけだし。その時はもちろん、今回お前がやらせてきた任務の顛末を監査に報告させてもらうが」
「ぐ……ぐぐぅーーーっ」
「で、この状況、どうする?その自慢の銃で僕を撃ち殺すか?そうなれば僕はお終いになるけど、お前も今後の人生、破滅だな」
指先の魔力を消失させ、頭から指も離してやる。ヤーナは歯を軋らせて低く唸るだけで、動きは見せず。その時、階段を慌てて上り、誰かこの部屋に近づいてくる気配が。さっきの発砲音を聞きつけてきたのだろう。
僕はヤーナの背後から、奴の正面…テーブルの向かいに戻った。と同時にドアが開かれ、職員が数名入ってきた。
「ああすみません。どうもヤーナ幹部の愛銃が暴発してしまったそうで。見ての通りお互い、特にケガは無いので、どうかご安心を」
職員に尋ねられた僕は笑顔でそう答えてやった。僕の服の右肩部分に弾丸サイズに破けた跡があるが、撃たれた痕も血もどこにも見当たらない。ヤーナの目が驚愕に大きく見開かれた。
「それで、ヤーナ幹部。お返事の方は今聞かせていただけそうですか?」
語気を少し強めてそう尋ねる。職員たちが訝しげに見る中ヤーナはしばらく体をわななかせた後、
「………分かった。F級傭兵ラフィ―――」
「
「ぐ、う―――!E級傭兵………ラフィのⅮ級昇級試験を受けることを、認めよう」
Ⅾ級か。今回の実績を見ればⅭ級試験を受けさせても良いくらいなんだろうけど、そこはまあ目をつぶってやろう。ここでゴネればさらにめんどくさい事になるだろうし。
「分かりましたー。ありがとうございまーす!」
僕は嫌味ったらしく笑ってみせた。
「………試験の詳細は、後日また知らせてやる。とっととここから出ていけ!!」
言われた通り、とっとと部屋から出てってやった。