サーキスら傭兵パーティのそれぞれの遺留品と、襲ってきた盗賊のお頭(名はドルゴンというらしい)の首と何か装飾品をいくつか回収した後は、サーキスたちが使っていた民家を使わせてもらい、そこで夜を過ごした。
翌朝になると村人たちに朝飯をもてなされたのでそれを堪能してから、僕が暮らす町ではなく都会街フェナーシェに帰ることにした。未成年であるうえ車の運転は未経験なので乗れなかったが、代わりに盗賊が置き去りにしたモーターバイクで帰った。
朝に出発して、都会街に着いたのが陽が正午の位置まで上った頃の時間(=正午)だから、約3時間かかった。バイクは街の通行管理区画で引っかかり、没収されてしまった。まあこんな乗り物僕には必要ないし、処分の手間が省けて良かった。
お腹はそんなに空いてないし特にやることもないので、すぐに傭兵協会のところへ向かった。館の扉を開けるとロビーには以前変わらず色んな階級の傭兵たちが、それぞれグループを形成して何か話していた。
「お………ラフィだ!?こいつ、帰ってきやがった!てかまて、お前、生きてたのか!?」
「あー、おはようございます……。あのー、生きてたのかって?」
「ああ!?だってお前、ミグ村の離れの森の深部で魔獣と遭遇して、サーキスたちを逃がす為にお前が一人囮になったって聞いたぜ!」
あいつらがついた嘘が、既に協会の傭兵たちにも知れ渡っている…?
「今日の朝、幹部のヤーナさんがお前が殉職したって話をここでしてたんだよ。それを聞いた受付嬢のキャロルさんは体調を悪くして早退しちまったぜ」
「ああでもそういや、ヤーナ幹部、サーキスの奴と連絡が繋がらなくなったとかぼやいてたっけ」
「つうかお前一人で先に来たのかよ?サーキスのパーティはどうした?まさかどこかで昼間から飲んでるんじゃねーだろな?だとしたらA級昇級試験を前に余裕な奴だぜ、ったく」
「………………」
ちょっとめんどくさい事になりそうだなー。キャロルさんには後で元気な顔を見せに行ってあげないと。出発前にそう約束したし。
それよりまずは色々報告と、確かめないといけないことがあるから、そっちを優先するとしよう。
「あの、ヤーナ幹部ってまだ館内にいますか?誰か、彼のこと分かる方いませんか?」
辺りを見回しながら誰にともなくヤーナのことを尋ねてみる。すると人相がちょい悪めの髭面の傭兵が僕の前に立ち、威圧するように見下ろしてきた。仲間も連れてきて、みんなも僕を睨みつけてくる。
「ラフィよお、さっきから気になってることあるんだが」
「何ですか?Ⅾ級上位の、ゴッチ先輩」
「何なんだその目つきは?ここに入ってきてからずっと、ぎらついた目で俺らを見やがって。喧嘩でも売ってるつもりか?あ?」
ゴッチにそう言われて、僕は自分の目元に手をやる。僕の目はそんなにぎらついてるのか?つり上がってたり鋭くなってたり三白眼になってたりしてるのか……?
「何だその目つき、こっちはてめえよりずっと上の先輩だぞ!」
「いや、僕はそんなつもりは全く………」
あーあ、難癖つけられちゃったよ。僕の目つき、そんなに感じ悪いものになってるんですかね?これも「不死者」になったことの影響なのかな。
「その目だその目!俺たちに喧嘩売ってんだろその目は!」
怒声とともにゴッチは僕の胸倉を掴みにかかる。最初に話しかけてきた傭兵(名前はデイヂ、Ⅽ級傭兵)がゴッチを後ろから引き剥がしてくれたから、暴力沙汰には及ばなかった。
周りの傭兵たちは相変わらず揉め事に発展しなかったことを残念がっている。
「ゴッチの奴昨日の仕事しくじって機嫌悪いからな」「F級の奴もタイミング悪いよな」「つうかラフィの目、確かに鋭くてギラギラしてるよな」「言われてみれば確かに、何か誰の喧嘩も買ってやるぜって顔してる」「なに睨んでんだよラフィてめえ、F級のくせに!」
などと野次馬よろしく、好きなように喋ってるだけだ。
「騒がしいな。何をやってるんだ?」
館内が喧噪に包まれたところで、上の階から人を見くだしたような声がかかり、見上げると目当ての人物を発見した。
「………ん?そこにいるのはまさか…っ、F級のラフィか…!?」
薄毛の人相悪そうな男……傭兵協会の幹部であるヤーナ・カンディルが、僕を驚いた目で見下ろしていた。
僕はこの男が誰よりも嫌いだ。この男が僕に「F級傭兵」などと屈辱で不名誉な称号を与えた、元凶なのだから。そのせいで協会中でも都会街でも僕に対する「F級傭兵」呼びが定着してしまい、嫌な思いをし続けている。
「どうも、ヤーナ幹部。あなたには色々報告と確認しなくちゃならないことがあるんですよね。お話ちょっといいですか?いいですよね」
今の僕は目つきが悪いとのことらしいから、表情を柔らかくして、目元も緩めてやって、それで…笑顔っぽい顔に―――
「貴様………何だそのふざけた顔は。いやそれ以前に何故、貴様が……?
いいだろう。話を聞いてやる。俺も貴様に聞きたいことが出来たからな。
上の応接室に来い」
そう答えてヤーナは再び階段を上っていった。僕も奴に続いて階段を上ろうとすると、僕の目つきに腹を立てていたゴッチに肩を掴まれる。
「待てやF級野郎。一つだけ聞かせろや」
「何ですか?目つきのことでしたらすみませんね。昨日サーキス先輩に無理やり連れられた任務で色々あったせいでこんな目になっちゃったんだと思います」
「そのサーキスさんはどうしたんだよ?別行動にしては協会に来るのが遅ぇんじゃねーか?あいつらはどうしてんだよ」
とりあえず喧嘩する気は無いらしいので、僕も微かに発動していたアクティブスキルを引っ込めて、さらっと答えてやる。
「サーキス・マーキス、と他三名……彼のパーティは昨日泊まった村を狙いに襲ってきた盗賊に、殺されちゃいました。生き残ったのは僕だけです」
唖然とするゴッチや他の傭兵たちに「それじゃ、急いでるんで」と告げると、固まってる皆をほったらかしにさっさと階段を上って行った。
応接室に入るとソファに座り葉巻を吹かしながらくつろいでいるヤーナが目に入った。ヤーナが座れと促した通り、僕も向かいのソファに座った。
「貴様のような下賤の身分かつ傭兵としての実力も無い奴にとって、こういう部屋に来ること自体が初めてであろう?どうだこのソファの座り心地は、貴様の稼ぎでは一年くらいかかってやっとといったところか―――」
「ヤーナ幹部に報告というか、見せたいものがあるんですけど。ここに出して良いでしょうか」
下らない嫌味を遮って、さっさと本題に入らせようとする僕を、ヤーナはぎろりと睨みつける。
「貴様、せっかく上級国民の俺が話し相手をしてやってるのに、何だその態度は!その目つきも気にくわないなぁ、え?」
チャ……… ヤーナは懐から拳銃を取り出すと銃口をこちらに向けてきた。
「目玉をぶち抜いてやろうか?ああだがそうすると脳みそまでやっちまうか。残念だ、クク………」
僕はドン引きしていた。この男、しょっちゅうこういうサイコな発言をしたり癇癪を起こしたりすることがあるから、職員たちからは地雷幹部って呼ばれてるんだっけ。
「ちっ、まあいい。貴様に割いてやる時間が惜しい。さっさと報告を済ませろ。その後は俺の質問に答えてもらうからな」
「はい。ではこちら―――サーキス・マーキスと他三名の傭兵……合わせて四名それぞれの遺留品になります」
ガタッ ヤーナが膝をテーブルにぶつけたようだ。