殺したいと思うのと、本当に殺すのとは全く別ものであると、時がだいぶ過ぎてから気付かされた。
サーキスたちのことは元々許せない存在だった。協会ではこいつらがいつも率先して僕をいびっていた。人前で馬鹿にするのは当たり前、街で仕事をしている時も嫌がらせのちょっかいをかけてくるし、人がいないところでは直接暴力を振るわれたこともあった。
前からこいつらのことは憎いと思っていたし、死んでほしいと願ってもしたし、叶うことならこの手で殺してやりたいとすら思っていた。
しかしそうは言ったところで、実行に移すとなると話は違ってくる。言うは易く行うは難し。実際に人を殺すとなると自然と踏みとどまってしまうもので。まあ僕の場合そもそも非力なわけだから、返り討ちに遭うのがオチだろうし?
とにかく今までに何度も「サーキスを殺したい」と口にしていたあれは、ただの妄言に過ぎないということが、今になって分かったのだ。ついでに日頃協会の館内で傭兵同士が衝突して「殺すぞ!」って口に出していたあれも、蓋を開けてみればただの脅し・冗句であることも分かった。
何故ならあの頃の僕や彼らには、人を殺す「覚悟」というものがまるで備わってはいなかったからだ。覚悟が無いくせに殺すぞなんて口にしても、相手からは本気にされない。
僕も殺したいと口にしてはいても、サーキスに対する殺意は本物ではなく、殺す覚悟も殺される覚悟も無かったんだ。
だけど、今の僕は以前までの僕とは違う。こうしてサーキスたちを物言わぬ屍へと変えてしまっている。
首から先が無くなったサーキスの死体を見ると今でも手によみがえってくる……こいつの頭を粉砕した感触が…。
「………!」
以前の僕だったら、ここで堪え切れず嘔吐するなり声を上げてパニックを起こすなりしていただろう。今の僕は神経が昂ってはいるものの、狼狽もしないし震えもこない。冷静さを取り戻したことで押し寄せてきていた動揺も、今はだいぶ収まり、この死体をどう処分しようかと考える余裕すら生まれていた。
「初めての殺人なのに、どうして僕はこんなにも、落ち着いていられるんだろう………って、そんなの自分で分かってることじゃないか」
殺人を犯した直後だというのに落ち着いていられてる理由、そもそもサーキスたちを殺害出来た理由。そんなの決まっている――サーキスたちに対する強い殺意と、奴らを殺す覚悟があったからだ。
「あの森で………デッドエンドとかいう魔獣に何かされてから、僕の心とか思考とかも色々変わっちゃったんだろうな。例えばこんな風に、殺人に踏み込めるようになり、殺した後も平然としていられる人間になっちゃった、とか」
自嘲するようにそうこぼしながらサーキスたちの死体を順に眺める。
………うん。やっぱり後悔は湧いてこない。だってこいつらは、こうなって当然だと言えるくらいの事をしてきたのだから。
自分を殺しにきた人間を許す気は無いし、殺しても罪悪感なんか少しも湧かない。むしろ、清々している。
サーキスに至っては前から特権意識を持っていて、弱いものは虫けらのように扱っていいと言わんばかり下の階級の傭兵、あとは僕みたいな平民も見下していたし、実際に虐げもしていた。
こんな人間のクズを、何故みんなは放っておいていたのだろう。こんな奴野放しにしておいても、僕や僕みたいに苦しむ人間が増えるだけだろうに。こんな連中が大手を振って街を歩いているなんて、あの国はどうかしている。
いや、実際にあの国…アスタール王国はどうかしているんだ。国王が人を見下すのが大好きなクソ野郎だから、そのせいで王族や上級貴族を中心に間違った上下関係が王都や都会では当たり前となってしまってる。
サーキスもその悪しき風習にあてられた一人。だからといって許す気は毛頭無いけど。こいつはもとからこういう下衆な奴だったろうし。
とにもかくにも、元々僕よりも強かったサーキスをこうして殺すことが出来たのは、こいつらが殺される覚悟を持ってなかっただからだろうな。殺す覚悟はあったけど、僕に返り討ちに遭う覚悟は無く、予測もしてなかったんだろうな。だから僕に敗けたんだ。
殺す者は、殺される覚悟も必要。それが僕にはあってこいつらには無かった。それだけの話だ。
「……ところで、この死体どうしようか。火を使ったら村人に気付かれるだろうし。めんどくさいけど森まで運んで、埋めるなり魔物のところに放るなりして遺棄を―――」
サーキスたちの死体遺棄について考えていると、村の外の向こうからブロロロ……と、エンジンか何かの駆動音が聞こえてきた。加えて、人の……大勢の声も混じって聞こえてきた。どんどんこっちに近づいてくる………。
「…こんな夜の時間にあんな音を出しながら移動してるのは大抵、良くない連中だって決まってるんだろうけど……………」
僕の偏った考えのもとの予想は、果たして当たったようだ。いくつものモーターバイクを乗り回しながらやって来た、柄の悪い男の集団を見て、そう確信した。
「ひゃっひゃっひゃーーーっ!久々に奪いがいがありそうな村をはっけーん!お頭の言った通りになりましたね!」
「あたぼうよ!野郎どもー!好きに暴れて、食い物と酒と金目になりそうなものをありったけ奪ってこい!あと、見た目の良い女もさらってこい!!男と老人は殺してかまわねぇ!!」
「「「「「ひゃっはーーーーーあ!!」」」」」
………などと見た感じ通りの下衆な指示を出すいかついオッサンと、ターバンを巻いたゴロツキ連中が下卑た笑いを上げて士気を高めている。うん、思った通り、こいつらは村を襲いに来た盗賊だった。
これだけ騒いでたら村の人たちもそろそろ気付くだろうなあと思っていたら、賊の若い奴の一人に気付かれてしまった。
「………ん?お頭ぁ、柵の方に誰かいますぜ!」
「ああん?用心棒か何かか?他にも四人程いるようだが………倒れてやがるな」
お頭と呼ばれている、この賊のリーダーであろういかついオッサンは訝しそうにこちらを眺めていたが、バイクから降りるとこちらに歩いてきた。部下たちもそれに続いて、僕を取り囲むのだった。
「おい兄ちゃん、もしかしてこの村の用心棒か?」
「用心棒ではないけど、別の仕事でこの村に滞在している身だ」
「へえ?なら運が悪いなあ兄ちゃんよお。俺たちは見ての通り、盗賊ってやつなんだが………ってうお!?こいつら、よく見りゃあ死体じゃねーか!?」
お頭がサーキスたちが死体であることに気付き、ギョッとする。部下たちもざわめきだす。
「まさかこれ、兄ちゃんがやったのか?」
「え………あー、これは―――」
正直に言おうか淀んでいると、槍や鍬を持った男の村人たちが群れをなしてやってきた。
「や、やっぱり……!盗賊だーー!!盗賊が村を襲いに来たぞーーー!!」
男たちは村の中に向かって声を張り上げて、盗賊の襲来を皆に知らせた。女子供と老人たちは家の中で避難しているのだろう。
「………あ、そうだ」
盗賊の襲来という事態に遭遇した僕は、良いことを思いついた。村の人たちには悪いけど、ちょうどいいところに盗賊が来てくれた!
僕はすうぅと息を吸って―――
「へっへっへ、そうだとも!俺たちは盗賊だ!命が惜しけりゃ、大人しく食い物と酒と金、そして顔と体が整った女を俺たちに寄越しやがれ―――――」
「くそっ!おのれ盗賊め!!よくも、よくも僕の仲間たちを殺したなーーー!!絶対に許さないぞーーー!!」
「はあーーーーーっ!?」
ありったけの声量でそう言ってやった。そうだ、サーキスたちを殺害したことは、