「あ、れ………?」
口の端から血がつぅと垂れてくる。腹部からは焼けるような痛みと、途轍もない苦しみが生じて、立っていられなくなる。
「ま、マーキス!?お前、何やってんだ………!?」
「うるせぇ!こうなりゃあ口封じとして殺すしかねーだろが!」
「だ、だとしても何も殺すまでする必要あったのか!?タブレットを奪えば良いだけだったんじゃあ?F級の雑魚の腕力なんざたかが知れてるしよお」
「そうかもしれねーが、いいだろ別に!つうかめんどくせー!何でF級のカス如きに頭使わなきゃならねーんだよ!それにこんな奴死んだって誰も気にかけりゃしねーよ!
あとさっきヤーナ幹部にもこいつは死んだって報告したんだ、だったら本当に死んでもらう方が後からも帳尻合わせも楽だ…!」
サーキスたちがわーわーと言い合う中、僕は地面に倒れ、身体をがくがく痙攣させていた。意識が遠のいていく………。
「へっ、ざまあみやがれ!いいかF級野郎。傭兵の世界じゃあ、何が起こるか分からねーもんだ。特に魔物とか盗賊とか、敵の巣窟から帰らねえなんてのはよくある話さ。
だから俺たち戦う奴はみんな、強くなくちゃいけねー。自分の身は自分で守る、それが傭兵…戦う男ってやつだろ?相手が魔物でも、
サーキスは僕のところにしゃがみ込むと、腹に刺さった短剣を引っこ抜く。血がどばっと出て、さらに苦しくなる。
「この業界の中で命を落としたとて、それは全部自己責任になるのさ!それが納得できねぇってなら、初めから傭兵なんざやるんじゃねぇって話だろがよ!お前らもそう思うだろ!?」
サーキスが尋ねると仲間たちは「お、おお……そうだな」と肯定する。
「まあそういうことだ。お前はミスを犯したんだよ。どうやったかは知らねーが、せっかくあの絶体絶命の窮地から逃げ延びられたのなら、俺たちの罪を摘発せずに、大人しく一人で都会街まで帰ってりゃ良かったのさ!
残念だったなー。運が悪かったなー。F級の底辺傭兵くんよお!!」
ドシュ! 同じ短剣で今度は僕の首筋を突き刺した。僕は目をカッと見開き、ごぼりと血を吐いて、そのまま意識を手放した―――――――
―――――――――――
***
「ちっ、きたねーなぁ。誰か後で井戸から水を汲んでくれ。こいつの返り血を洗い流さねーと」
ラフィの首に突き刺した短剣を引き抜くと、サーキスは自分の服が彼の血で汚れたことに愚痴をこぼす。
「それはいいけどよお、マーキスお前、とうとうやっちまったなぁ。人を直接殺したの、これが初めてだよな?」
「たりめーだろ。数か月前も似たような状況があったが、体よくそいつを撒き餌にして、上級の魔物を討伐出来たんだ。いいか、こいつを生かしておくのは俺たちにとって非常にマズいことに繋がりかねなかったんだ。だから殺した。いいな?」
「わ、分かったよ。確かに仕方ねーことだよな。下手すりゃあ今までの事までバレかねないし」
「そうさ。ったく、底辺の分際で、下らねー知恵を回しやがって!」
短剣の血を布で拭き取った後、サーキスは最後の証拠隠滅とばかりに、ラフィが手にしている携帯タブレットに手を伸ばす。
「こいつをバキバキに粉砕すりゃあ、俺たちのやらかしは完全に隠蔽出来るってわけだ―――」
サーキスの指がタブレットに触れようとした―――その時だった。
がしっっ 「は―――?」
サーキスの手首が、
「あ…!?なっ―――――はぁあーーー!?」
あまりの不測の事態に、サーキスは手首を掴まれたまま狼狽の声を上げた。仲間たちもギョッとした顔でその様子を凝視していた。
「ば、馬鹿な……!?腹と首一箇所ずつ、致命的な傷を与えたはず!何でまだ動けるんだよ!?ってか、何だこの力は…っ、振り解けねぇ!?」
もう片方の腕で掴まれている腕を引っ張るが、それでもラフィの手による拘束が振りほどけない。
「こ、の、、、死にぞこないがぁああーーーっ!!」
痺れを切らサーキスは短剣を手にして、ラフィの心臓目がけて振り下ろした。
ガッッ 「困るなぁ。
胸部を狙った短剣の一刺しも、ラフィの左手で止められてしまった。ぎょろりと、ラフィの二つの目玉が、サーキスの顔を凝視していた。
「う、、、わぁああああああ!?」
サーキスは驚きのあまり短剣を手放してしまい、その場にへたり込んでしまった。そんな彼の呆然とする時間を、ラフィは与えることを許さなかった。
ぐい―― 「へ………っ!?(ドキャア!)ぐぶぉあ!?」
サーキスの顔面に、ラフィの硬い拳がめり込んだ。手首を掴んだままなので吹っ飛ぶことはなく、その場でがくんと首をのけ反らせるサーキスだった。
「今のは腹を突き刺した分。そして次が、首を突き刺した分―――」
手首を掴んでいる手に力を入れると、サーキスの全身がふわっと宙に浮き上がった。そしてラフィが手をぐいと勢いよく降ろすと、サーキスの体が地面に強く叩きつけられた。
「ぐ―――はぁ……っ」
「これでちゃらに……なんて思わないでほしいね。だってお前さ、僕のこと殺したでしょ?」
サーキスの手首を放したラフィは彼の顔を覗き込んで、こう言った―――
「 僕を殺したんだから、お前も殺されても文句はないよな 」
***
首を突き刺された―――ちょー痛い。滅茶苦茶痛い。意識が千切れ飛びそうなくらいに痛い。
だけど、僕は―――――
アクティブスキル「
すると腹と首の深い刺し傷が一瞬で完全に塞がり、治った。初めて使った、アクティブスキル……何だか感動的だ。
アクティブスキルは本人の意思により発動されるスキルで、体力や魔力が持つ限りは何度でも発動出来る。
あ、サーキスが僕の携帯タブレットを取り上げようとしている。そうはさせない――!
またもアクティブスキル――今度は「
力いっぱい奴の手首を掴んで、ぎりぎり締め上げてやる。すると奴は短剣を手にして、僕の心臓目がけて振り下ろしにきた…!
その刃を僕は問題無く掴んで止めてみせた。サーキスが驚きのあまり尻もちを着いたので、隙ありとばかりに固めた拳を顔面に叩き込んでやった。
これはお腹を刺された分。次は首をやられた分―――サーキスを宙に持ち上げて、思い切り地面に叩きつけてやった。
もちろん、これで僕の仕返しが終わりなわけがない。こいつらは僕を殺したのだから―――
「僕を殺したんだから、お前も殺されても文句はないよな」
同じように殺してやらないと、不釣り合いというものでしょ!
「がはっ…!何、言ってやがんだ!お前、生きてやがんじゃねーかよ…!」
「うん。確かに僕は生きている。だけど僕は一度、お前に殺されたじゃん」
「だから………何を言ってやが―――ぐはっ!?」
ぎゃあぎゃあ喚くサーキスの背中を踏みつけてやる。
「うるさいなぁ、今の説明で分からないの?前から思ってたけど、お前って力はあっても頭はかなり低脳だよね。文学の成績僕よりも下でしょ」
「ん、、だとぉ!?その足を―――どけろぉ!!」
サーキスは怒りを爆発させて、力づくで起き上がって僕の足を払いのけた。僕と同じ「身体強化」をかけたようだ。
「その力……お前も身体強化が使えるようになったみてぇだな?だがな、そんな基礎スキル、俺も当然使えるんだよ!へはは、力比べでもしてみるか?体格差からして俺が圧勝するだろうがなぁあーーーっ!!」
そう言ってサーキスは大筒を背負ったままからキレの良いパンチを放ってきた。確かに同じ「身体強化」だけでぶつかったら、サーキスが勝つだろう。
――殺される前の僕だったら、確かに負けていたかもな!!
ドガッッ 「ばか、な―――っ なん、で………?」
僕のカウンターパンチをくらったサーキスは、苦悶の表情で疑問の声を漏らしながら、再び地面に崩れ落ちた。