「そういうマーキスだって大概だろうがよ。ラフィの奴をわざと突きとばして、魔獣の撒き餌にしたんだからよぉ」
「ばっかお前、村人に聞かれたら面倒になるだろが。あんまデカい声でそういうことは―――」
ああ、やっぱりな。こいつらは最初から、ピンチの時は僕を魔物の餌にするつもりでこの仕事に連れてきたんだ…!
携帯タブレットの録音モードを終了させたところで、ドアをバンと強く開け放って、サーキスたちと数時間ぶりの対面を果たした。
「今の話、やっぱり最初から捨て駒にするつもりで連れて来たんだな」
「な………ラフィ!?生きてやがったのか!?」
全員、驚愕に満ちた目……お化けでも見たような目で、僕を見ていた。
―――
――――
―――――
僕はサーキスに外に出されると、そのまま村の外まで連れて来られた。パーティメンバーも全員同行している。
「俺らが借りてるあの民家は村の端にあるから、少し騒いだところで誰にも気付かれないだろうが、念の為だ」
「念の為、ね」
にやにやとしているパーティメンバーを一瞥して、小さなため息をつく。
「それじゃあ話をしようか。まず聞かせろ。お前、どうやってあの窮地から生き延びやがった?」
「その前にまず、僕を突き飛ばして、魔獣の撒き餌にしたことについて、何か言うことあるんじゃないの?」
「は、はあ!?いったい、何のことやら!」
サーキスは微かに声を上擦らせたのを、大きな声で誤魔化そうとしている。
「魔獣から逃げる際、僕は誰かに背中を強く押されて、魔獣のところまでとばされてしまった」
「何を寝言いってやがる!?お前がドジってこけただけだろ?」
「転んだくらいであんな吹っ飛び方はしないだろ。それに僕は憶えているぞ、誰かに背中を強く押された感触が。あの時後ろを見てなかったけど、周りにグレイクたちの顔が見えたから、僕を突き飛ばしたのはサーキス、お前なんじゃないか?」
そうでしょ?と目線でグレイクたちに問いかけると、彼らは気まずそうに目を逸らした。図星か、あるいはこの中に真犯人が潜んでいるのか。いずれにしろ、この中の誰かが僕を突き飛ばしたことは確定で、その瞬間も僕以外全員が目にしていたと確信しても良いだろう。
「どうしてそんなことをしたのか……は聞くまでもなさそうだね。僕を囮にして、自分たちだけ助かろうとした。というより、初めからそうするつもりだったんだろ?
自分達がピンチになれば逃げられるよう、僕を魔物の生贄にする……。最初からそのために僕を無理やり森の魔物討伐に連れて来たわけだろ。なあそうなんだろ!?」
「う、うるせぇ!そんなわけないだろ!」
僕の詰問にサーキスは大きな声で否定するだけで、さっきから何一つ論理的な反論を用いてこない。自分がやってないって証拠が無いのがバレバレだ。それもそうだろう。だってこいつが僕を突き飛ばしたのだから!
「あ、あいつ……あんな鋭くギラついた目つきだったか?」
グレイクが僕を見て仲間たちにそう尋ねてる間も、僕とサーキスは睨み合っていた。
「自分たちが逃げる時間を稼ぐために、人を魔獣の前に置き去りにした。これはれっきとした殺人にあたるんじゃないかなぁ。この後都会街に帰って、法律の本を漁ってみよう。きっと到底許される事ではない…って結論が出ると思うけど」
「ぐ……ぅ、ぐぐぐっ」
サーキスは額から汗を垂らし、便が出そうなのを堪えてるかのような面白い形相で、くぐもった声を出した。笑いそうになるのを堪えていると、先にサーキスが笑い出した。
「何がおかしいの?」
「はぁーーーっははははは………!おいF級傭兵、絶対勝てねぇような強敵に出会っちまって、誰かが犠牲にならねえとパーティが全滅するとなったら、お前ならどうする?」
「はあ?いったい何を言って………」
「経験者で高ランクの俺らが時間を稼いで、新人や弱い者のお前を逃せってか?それで高ランクの俺らが犠牲になってお前みたいなのが逃げたところで、森を抜けられず、結局全滅になるだけじゃねえのか?」
確かに以前の僕だったら、一人であの森を抜けられるかどうか怪しいかったかもね。
「全滅を防ぐため、誰かが犠牲になる必要があるなら、“無能”な奴を犠牲にして、有能な人材を生き残らせるほうがいいに決まってんだろ!それが正しい判断ってもんだろうがよ!」
「一を切り捨てて十を救う…っていうよりは、弱い奴を切って強い奴を生かすってこと?そんなことばっかやってたら、いつまで経っても若い新人が育たなくなると思うけど」
あまりにも自分たちに都合が良すぎる選民思想だ。それがまかり通るならそれこそ僕みたいな底辺ランクの傭兵はすぐに死ぬことになるじゃないか。
「うるせぇ!お前がとやかく言える立場か!弱いくせに!だいたい、使い捨てられるのが嫌なら、さっさとランクを上げりゃいんだよ!万年F級の底辺は大人しく俺たちが助かる為の生贄になってりゃあ良かったんだ!」
グレイクが指差してそう吠える。仲間たちも同調して僕に幼稚な野次を飛ばしてくる。
「ていうか、今の話ってさあ、僕を魔獣の生贄にしたこと、認めたってことで良いのかな?」
「へっ、この先お前がどう足掻こうが無駄だろうから、せめてもの情けとして教えてやるよ―――全部お前の言う通りさ!
お前をうちのパーティに加えたのは、お前をいざという時切り捨てられる雑魚だったからだよ。でなけりゃ誰が望んでお前なんかF級の底辺野郎をパーティに入れるかよ!ちなみにお前を突き飛ばしたのも、俺さ!」
中指を突き立てながらサーキスは罪を認めたのだった。その割には随分と余裕そうではあるけど、何か秘策でもあるのかな。
「おいおい良いのかよマーキス。言っちまってよお」
「構わねーよ。どうせこいつに何言っても誤魔化せはしねーんだし。それに第一、こんな奴の証言だけで、俺らが罪人になりゃしねーよ!確たる証拠もないしなぁ?」
サーキスは僕に悪辣な笑みを向けながら、そうこぼした。仲間たちも「そうか」と納得して、またニヤニヤと笑って、余裕を取り戻した。
「F級の底辺傭兵の言うことなんざ、協会の誰が信じるよ?傭兵協会は実力社会だ、弱い奴のよりも強い奴の言葉の方をみんなは聞くようになってるのさ!
そういうわけだらよぉF級傭兵、お前一人の主張だけじゃあみんなに信用されやしねーんだわ!他に高ランクの傭兵の証言でもあれば、別だが。まあそんな奴、後にも先にも俺たち以外誰もいないんだけどなーーーっ!」
そう言ってサーキスたちはゲラゲラと笑うのだった。
「あーあ、笑った笑った~~。いずれにせよ、あれは故意じゃねぇ、事故だよ事故。仕方がなかったんだよ!
って俺たちが言えば、事故で片付くのさ!はい残念でした~~~!」
まだ言い足りないのか、サーキスは一人僕に詰め寄り、また煽り散らしてくる。
「………………」
「それより、いい加減聞かせろ!お前はどうやってあの森から脱出できたんだ!?魔獣はどうしたんだ!その足は何だ!?お前確か、足は魔獣に切り飛ばされたはずだろ!」
サーキスの質問に仲間たちも「そういえば………」「こいつ何で普通に自分で歩けてるんだ?」と疑問の声を上げる。
「………………」
「おい、シカトこいてねーで、さっさと答え………」
「お前らってホントに、馬 鹿 だ よ ね えええええええええ!!」
僕は突然そう罵倒すると、ポケットから録音中の携帯タブレットを取り出して見せた。
「あ………なっ!?それは、まさか!?」
「そ。今までの通話、全部録音してましたーー!お前ら……特にサーキス・マーキスさんの言質もちゃんとここに録ってあるので、言い逃れはもう出来ませんからねー!後はこれをしかるべき機関に提出するだけで―――――」
ドスッ
僕の腹部に、短剣が深く突き刺さっていた。