森林の深部に入ると上級の魔物と遭遇した。サーキスたちは苦戦することなく、彼を攻撃の主軸とした連携の攻めで、上級魔物であるユニコーンを見事討伐してみせた。
そんな感じで、序盤の探索は順調に進んでいったのだが………
「な………!?」
「まじ、かよ…っ」
「う、、ぁあ……っ」
「「「「何だこの怪物はぁぁーーー!?」」」」
「その怪物」と遭遇したサーキスたちは全員、驚愕と狼狽に満ちた第一声を上げたのだった。
「あ……あぁぁぁあああ―――っ」
もちろん僕もその瞬間はサーキスたちに混じって、掠れた悲鳴を上げていた。仕方がないだろう。B級パーティのサーキスたちだって狼狽えるくらいなのだから。
それに誰だって、
『グォオオオオオオォォ―――――ッ」
その怪物は龍の面と狼の顎といった相貌。熊の手のような前足と獅子の胴体と足、背には鷲の翼。そして虎の尾と―――とにかく何かもう、色んな猛獣の特徴を混ぜ合わせた合成獣みたいだった。
嘘は言っていない。サーキスたちもきっと同じ感想を思っていたはずだ。
「ま、マーキス!こいつ、まさか――」
「………“魔獣”って言いてェのか?ああ、そう思って良いだろうぜ。あんなのは魔物とは呼ばねぇ。魔獣に決まってやがる。存在感も今までの魔物とは大違いだ」
“魔獣”―――まさかここでそいつと遭遇することになるなんて……っ
より強力で凶暴な魔物を魔獣と言い、どの国でも危険指定生物とされている怪物だ。脅威度は最低でも上級と定められているが、その実ほとんどの魔獣が―――
「まずいぜマーキス!この魔獣、恐らく特級か、そのさらに上の災害級かもしれねぇ!A級一人じゃあ太刀打ち出来ねぇバケモンだ!!」
そう、これまで確認されてきた魔獣の脅威度はどれも特級以上とされている。特級の討伐に必要とされる戦力の目安は、A級の傭兵が五人以上もしくはS級の傭兵一人とされている。災害級に至ってはS級傭兵が複数人、王国の騎士全軍出動が必要とされるくらいの力を有していると聞いたことがある。
「くそ……おいF級!魔物の生態が記された図鑑本を出しやがれ!」
パーティの一人、グレイクに言われて、慌てて図鑑本を取り出すとサーキスにひったくられた。
「………何だよこれ、こいつに関するデータがどこにも記されてねぇ!生態も強さも、名称すらも………何もかもが不詳じゃねーかよ!」
「お、おい………それってつまり、未発見の魔獣ってことなのかよ」
「こいつが何なのかも分からないんじゃあ、マジでお手上げじゃねーかよ!さっきから半端ない存在感と、さ……殺気まで放ってるしよ……ぉ」
グレイクらパーティメンバーはすっかり消沈し、弱気になってしまっている。サーキスも武器の大筒を構えようとしたが、背中のホルスターにしまって武装を解いた。
「ちっ、せっかく手柄を立てようとしてたのに、こんな想定外のバケモンと遭遇するとか、とんだ不運だぜ!仕方ねぇ、探索は終いだ!とっととここからずらかるぞ!!」
サーキスが撤退の判断をしたことに、僕は安堵した。さすがに自分の命やパーティの危険を晒してまでの無茶はしないでいてくれた。もっとも、僕の安全に関しては勘定に入れてなさそうだったけれど……。
そういうわけで僕たちは名前も知らない魔獣から逃げて、森から撤退することになったわけだが、魔獣からは逃げ切れず、とうとう追い詰められてしまった……。
「く、くそぉ!?あの巨体でなんつー敏捷性してやがんだ!」
長い間逃げ回っているうちに、僕たちは陽の光が差さないさらに深い森の中に追い詰められていた。というより、この魔獣に誘導されてしまっていたのかもしれない。その証拠に、あの魔獣、口の端を笑みに歪めているように見える……。
「ち、ちくしょう、あいつ、笑ってやがるぜ……!?俺たち、ここに誘導されちまったんじゃねーのか?」
「馬鹿な、魔獣にそこまでの知能があるってのかよ!?」
「じゃないとこの状況の説明がつかねぇ……ってそんなことよりどうすんだよこれ!このままだと俺たち、全滅するぞ……っ」
全滅―――頭の中にその言葉が反響する。そんな最悪の未来が、もうすぐそこまで迫っているのだと思うと、絶望する他なかった。
「………こうなったら仕方ねぇ。おらぁ―――――!」
ドン!「え……!?」
魔獣を見つめたまま硬直していたせいで、自分が何をされたのか、把握するのに時間がかかった。
まず分かったのが、背中に強い衝撃。続いて僕自身がその衝撃でつんのめって、地面に倒れてしまったこと。そのせいで、魔獣との距離がさらに縮まってしまったこと。
あれ……?何が起きたんだ?誰が僕を?どうしてこんなことを―――?
「うそ……まさか」
突き飛ばされのだと分かって、咄嗟に振り返った頃には、サーキスたちは既にはるか先まで逃げていた……っ
「そんな!?みんな、待って――――――」
すぐさま立ち上がって、みんなのところへ駆け出そうとした、その時だった。
ヒュン ヒュン
後ろから、風切り音が生じた。
直後、足下からザシュと、抉り切った音が。
同時に、足が地面につかなくなり、つんのめって倒れてしまった。
「あ、れ………?どう、なって―――――――」
振り返って足下に目を落とした瞬間、僕は凍り付いたように動きをとめた。直視しなければ良かったと、すぐさま後悔がよぎった。
それほどまでに、ショッキングな光景だったから。
自分の足が、切り飛ばされていたなんて―――
「あ、あああああぁぁぁぁぁぁぁ!?うぁあああああああああああ!あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ”ーーーーーーー」
気が付けば勝手に口から悲鳴や絶叫が出ていた。止めようと思っても止められない。なので声の制止は諦めた。そんなことよりまずやることがあるだろ……!
「あ、足っ、僕の、足足あしあしあーしぃぃぃ……!ち、血が……っ……!………!」
あまり綺麗でない切断面からは骨を覗かせ、血が多量に出てきている。僕は震える手で上着を破いて、足首に巻き付けて止血を試みる。
ダメだ、激痛に加え何故か力が入らず、上手く体を動かせない。起き上がることすら、出来ない……っ
「よ、よし!あの化け物、あそこに捨ててきたF級雑用に気をとられてる!へへ、みんな、今のうちにここから脱出するぞ!」
その時、後退方向からサーキスの声がした。今……あいつは何を言ったんだ?咄嗟に顔を上げると、サーキスたちが僕を置いてこの深い森から出ようとしているのが、目に映ってしまった。
「へへっ、そういうわけだ、F級の雑用くん!悪いが俺らが無事逃げ延びる為の生贄になってくれよな。
その代わりに、協会のみんなにはお前が俺たちを逃が――に、化け物に勇敢に――向かっ――ぜ。お前のことは―――の人柱……じゃなかった、――として語り―――!」
サーキスは走る足を止めることなく、僕を生贄だの人柱だの何か言っている。奴の声が段々遠ざかり、上手く聞き取れなくなってくる。
ただ、僕はあいつらがここから無事逃げ延びる為の、魔獣への生贄にされたということ。これだけははっきりと分かることが出来た………。
「な、何だよ………それ―――っ」
「じゃあなF級の………誰だっけ!?はははっ、あばよ―――――」
サーキスは最後に僕を嘲笑い、そのまま姿を消したのだった。そして、誰の足音も、何も聞こえなくなった―――。