ボヤけていた意識が徐々に明確になって行く。
身体が液体に包まれている様に気持ちが良い。俺のベッドでこんな柔らかかったっけ?
そんな違和感を感じながら目を覚ますと、そこは暗い部屋の中だった。
だが、何か可笑しい。何でこんなに暗くて狭いんだ?
俺の部屋は3LDKで、彼女が出来たらいつでも一緒に住める様な広さで、ベッドはクイーンだ。昨日は30歳の俺の誕生日&無事に魔法使い(泣)になった事を記念して、俺は1人で飲み屋を飲み回っていた……筈。途中から記憶が無いがまさか、変な所で寝たか?
身体を無遠慮に動かしていると、突然視界が開ける。
『……ん? って!?』
俺はその光景を見て、直ぐ様息を止めた。
自分の周りから吹き出したかの様な空気の泡、苔むした岩場に、そして前を優雅に泳ぐ魚達。
何で俺が水中に!?
焦りながら俺は360度辺りを見回す。あったのは果てしない青く暗い水に、辺りを泳いでいる俺と同じぐらいの魚達、そして何か白い卵の殻の様な物体のみ。
と、兎に角、上に!! と考えた所で俺は自分の身体に違和感を感じ、決定的に可笑しい所に気付いた。
『…………何でヒレなん?』
自分の視界に入る白いヒレ。何故かほぼ360度見渡せる視界。疑問が疑念に代わり……そして嫌な予感が当たる。息が、出来た。
つまりーー
『俺、魚になってね?』
俺、魚になってました……はい。と言う事でね、随分ハッキリとした夢ですよねー、これ。夢なら早く覚めてくれよ、今日もまた仕事なんだからよ。
俺が地面に着き眠りに着こうとすると、突然だが近くで車が横切ったかの様な音が鳴った。
『うおっ!?』
目を開ければ先程までの透き通った水中が、砂が舞い上がって視界不良になっていた。
『どうなってんだこりゃ……』
俺が彷徨っていると、何かデカい物が通り過ぎた。
い、今のって……
視界の隅。見えたのは自分の体長のと同じぐらいあるであろう尾ビレ。
そう。目の前を通り過ぎたのは大きな魚、その口だった。
『なっ!?』
直ぐに俺はどのような状況に陥っていたのか理解する。俺は今あの魚に食われる所だったのだ。
慌ててそこから離れる。
思考の隅に、もしかしたら食われれば夢が覚めるかも? とも思ったが寝起きが魚に食われた目覚めなんて最悪過ぎる。
どうせなら逃げ切ってやるぜ! こう見えて俺はスポーツが出来た方なんだよ!
そう意気込み、さっき周囲を確認した際にあった、大きな魚が入れなそうな岩場の方へと泳ぐ。
砂埃を抜け、岩場の影へと移動すると、先程の魚が居たであろう所を伺う。
『あちゃ〜、他の魚食われちまってるよ。マジで逃げれて良かった〜っ』
他人事のように眺めていると、大きな魚が粗方アソコに居た魚達を食い終わり、こっちに近づいて来る。俺がこっちに居るのを分かっていたみたいだ。
ふふっ、だがお前の体格じゃこっちまでは来れまい。バカめ。
そんな余裕をぶっこいていた俺だったが、次の魚の行動に俺は呆然とした。
『な、何だ? 魚の前に水の球?』
不自然な水の塊が急に魚の前に現れ、凄いスピードで此方へと飛んでくる。俺はそれを危機一髪の所で岩場の奥へと逃げ込んで避ける事に成功する。
何度か水の球が飛んで来ているのか、衝撃で岩場が少し揺れている。
『な、何だよ今の!?』
アレって普通の魚じゃないよな?
水の球が岩場に当たり飛び散ったのか、石が身体を掠り、ジンジンと痛みを感じる。
そんな中、俺の頭にある事が思い浮かぶ。
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名前:
種族:アクアフィッシュ
スキル:水魔法 Lv2
称号
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これは………うわぁ。
気付いたと同時に、色々な考えが交錯し、最終的には俺の身体から血の気が引いて行く。
『此処……もしかして異世界?』
その認識が合っていたかのように、また俺の頭に同じような物が思い浮かぶ。
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名前:
種族:ウオ
スキル:悪食 毒無効 異言語 鑑定
称号:世界を渡し者
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これを見た瞬間、俺は絶望した。
これ絶対巷で噂の異世界転生ってヤツだ、と。
俺は独り身で友達も少なかった所為か、家で暇を潰す事が多かった。その中でも漫画やアニメ、ラノベは俺の趣味とも言えるもの。こういう展開はありきたりだ。
しかし、その知識をフル動員させないでもこれは分かる。
俺は頭の最後に出て来た部分に意識を向けた。するとーー
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世界を渡し者:他の世界から
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まさかの詳細表記。そして、"死世界を渡ってこの世界へとやって来た"という説明。これで確定した。
『俺、死んだのか……』
前、俺がどんな死に方をしたのかは分からない。だが、自分の身体の傷がこれは現実だと訴えかけて来る。
『…………まぁ、なっちまったもんは仕方ないか。折角の異世界だし、楽しんで生きてくしかねぇな〜』
マイナス思考で考えても仕方がない。自分のステータス以外にも、相手のステータスが分かるとか、異世界無双出来んじゃね? その為にも今の俺のステータスを確認しとくべきだな〜。
気分を無理矢理に上げた所で、俺が隠れていた岩場が先ほど以上に大きく揺れる。
何事かとコソッと外を見た、その光景に俺は身をすくませた。
通り過ぎた後なのか、何百メートルか先に何かが見えた。
深い蒼の鱗に包まれた、蛇の様な形をした生き物。遠過ぎたのか、ステータスは見る事が出来なかった。しかし、その泳いでいる生物の余波に、未だに俺の隠れている岩場が大きく揺れている。
『…………寝よ』
俺は太陽が上がるまで、震えながらそこの岩場で寝るのだった。