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第10話:孔明の弱点

 孔明はスッ……とソファーから立ち上がる。応接室に集まる皆の視線が一斉に孔明へと向いた。そんな彼らに対して「ふふっ……」と意味ありげに呟いてみせた。


「どこに行かれるのですかな!?」


 木っ端役人のレイが問いかけてきた。わざとらしく口元を羽扇で隠す。そうした後、ゆっくりとその羽扇を適当に西の方へとかざした。


 驚きの表情をレイと領主のショーがその顔に浮かべている。そんな彼らに向かって、はっきりとした声で告げた。


「ショー・リュウ殿。ゴモラの街が重税で苦しむというのであれば、税を取れる領土を増やせばいいのです」

「えっ? 言っている意味がわかりませんぞ!」

「おやおや……それは考えることを放棄したいだけですよね? この街は水運業をしている。その相手となれば」

「まさか、川向こうのソドムの街を占有しようと!? あそこは辺境伯の飛び地ですぞ!」

「なるほど……ソドムの街と言うのですか。では、統合してゴモラソドムの街と改名いたしましょう」


 ここまで言うと、河童頭となってしまったショーが蟹のように口から泡を吹いて倒れてしまった。


 レイはおろおろと迷っているように見えた。こちらとショーに何度も視線を移動させている。


 そんな彼を後押しするかのように、言葉を投げかけてあげた。


「ついてきなさい。歴史には語り部が必要です。共に来ることを許します」


 ここまで言い切って、孔明は応接室から退出する。こちらにつられて、後からルナとレイがついてきた。


 領主の館を出て、さらに街中を抜けていく。行き先は港湾施設だ。ルナは最初は黙っていたが、ついにその重い口を開く。


「ねえ……孔明。ソドムの街を襲撃するってこと? それって、大丈夫なの? 継承権争いに首を突っ込むことになるよ?」


 ルナに問いかけられ、こちらは足を止める。彼女の方は見ない。わざとらしく、ここではない、遠いところを見ている顔つきになりながら、彼女へと返答してみせた。


「私には夢があります。王を補佐する地位に昇り詰めることです。これは良い機会だと捉えることにしています」

「えーーー!? それって、今の宰相を蹴落として、次の王を選出するってことになるんだよ!?」

「そういうことになるかもしれませんね。しかしながら、国が安定していない今こそ、出世する絶好の機会なのです」


 言い切った後、ようやくルナへと顔を向けた。そして、にっこりとルナにほほ笑んだ。彼女は呆けた顔になっていたが、だんだんと頬が紅潮していくのが見えた。


 ルナの反応に合わせて、こちらはニヤリと口の端を歪ませてしまった。彼女から見れば、こちらは大層、悪い顔をしているに違いない。


 民草のために重税をどうにかするという気持ちは持っている。だが同時に、この機会を自分の野望のために利用したいという気持ちも持っている。


(ふふっ……昂りますね。果たして、野望100の私は軍師や丞相の地位で満足できるのでしょうか? その時はその時。野心にこの身を委ねるのも一興)


 昂る気持ちに対して、忌避感はほとんど感じなかった。生まれ変わる前までなら、自分を律していただろう。


 だが、今は新生・諸葛亮孔明だ。自分の夢のために自由に生きる。


 そのためのチート付与もしてもらった。孔明ビーム撃ちたい放題の無双ゲージ無限大となった今ならば、どんな夢でも叶えれそうな気がしてならなかった。


 そして、どんな敵が目の前に現れようが、孔明ビームで焼き払ってしまえると信じていた。港湾施設にやってくると、ちょうどいい感じの敵が自分の前に現れてくれた。


「キシャァァァ!」


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名前:クラーケン

脅威:S

特徴:とっても大きいダイオウイカ

備考:かなり狂暴

   生食は危険。寄生虫に注意。

   イカフライにすると1000人前になる。

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「おやおや。これがクラーケンですか。ただのダイオウイカじゃないですか」

「油断しないでください、コーメイ様! 奴の墨を喰らえば、魔法を封じられてしまうのです!」

「レイくん、助言をありがとうございます。しかし、私の孔明ビームは魔力ではありません。無双値です」

「……はぁ?」


 後ろに立つレイは、魔力と無双値の違いがよくわからないという雰囲気を醸し出している。


 どうやら、この世界には無双値という言葉がないことが、彼の雰囲気から察することが出来た。


「まあ、実際にその目で見てください。孔明ビームと魔法は違うことを教えてあげましょう。孔明ビーム!」


 今回はオーソドックスに構えた羽扇の先から孔明ビームを発射した。クラーケンの墨がなんぞとばかりにまっすぐに孔明ビームが伸びていく。


 海から胴体のほとんどを出しているクラーケンがこちらに気づいたようだ。急いで、土管のような口から真っ黒な墨を発射してきた。


 孔明ビームとクラーケンの墨が真正面からぶつかる。孔明ビームは墨を四方八方へと吹き飛ばしながら、クラーケンの身体へと直進していく。


「ウギャァァァ!」

「す、すごい! いったい、どんな原理の魔法なんですか!?」

「いや、だから。魔法とは別物なのです。孔明ビームはこの世界のルールに縛られることはないのですよ」

「……さっぱりわかりません」


 なんとも察しの悪い男だ、レイは。頭でっかちの役人らしい。自身の常識を打ち破る術をもっていないようだ。


 しかし、今はそれに言及している余裕はない。


 孔明ビームを喰らって、ぶすぶすとイカ焼きのいい匂いを辺りに漂わせているというのに、怒った顔でクラーケンがこちらに鋭い視線を飛ばしてきている。


「ルナくん。今日の夕飯はイカメシにします? それともイカフライ?」

「あのサイズだと味がおおざっぱそうだね。イカメシにして、じっくりタレの味を染み込ませるのが正解だと思うよー!」

「そうですね、それではイカメシで決まりです。孔明ビー――……うぐっ!?」


 次の孔明ビームを発射しようとした瞬間、眩暈を感じてしまった。身体から急速に力が抜けていく。


 はっとした顔つきになりながら、羽扇の柄にはめ込まれた赤い宝石を見た。


 その赤い宝石が点滅しながら「ピコーンピコーン」と不気味な警告音を鳴らしていた。「ぐっ! ガッツが足りない!」と唸るしかなかった。


 さらには立っていられなくなり、その場で膝をついてしまった。心配したルナとレイが駆け寄ってくれた。


 そんな彼らに肩を貸してもらって、なんとか立ち上がる。ルナがこちらに心配そうな顔を向けてくる。


「すみません。無双ゲージ無限大にしてもらったのはいいのですが、無双値を回復させておくことを忘れていました」

「えっ!? 魔力とは違うって言ってたけど、それって睡眠や休息では回復しないの!?」


 ルナは驚いている。どうやら、この世界では魔力は休息を取ることで回復できるようだ。


 やはり、無双ゲージや無双値という概念そのものが、この世界のルールとはまったく異なっていることを改めて確認できた。


「レイくん。申し訳ありませんが、丼村屋のあんまんを買ってきてくれませんか? こちらの世界にも丼村屋があることは、街中を抜けてくる際に確認しています」

「えっ!? お腹が空いて元気がでないよー状態と理解すればいいのですか!?」

「言い得て妙ですね。そうです。孔明ビームの元となる無双値は丼村屋のあんまんを食べることで回復させることができます」

「わかりました! すぐに買ってきます!」

「つぶあんはダメですよ! こしあんで頼みますね!」

「注文が多いですねっ! 行っていきます!」


 レイはこの場から走って去っていく。彼の後ろ姿に頼もしさを感じながら、次にクラーケンの方へと視線を移した。クラーケンは海面からにょろにょろとたくさんの触手を出してきた。


 さらに海面が盛り上がる。そこから巨大なイカの頭がにょっきりと突き出てきた。


 孔明はこの世界にやってきてから、初めての危機に陥った……。

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