◆ ◆ ◆
孔明はマスコットキャラ化したヨーコに回復魔法をかけてもらった。腫れあがった左頬からみるみるうちに痛みが引いていく。さらに十数秒後にはすっかりと腫れも収まっていた。
左頬を右手で軽くさすりながら立ち上がる。首無しハーピーと丸焼けハーピーを手に入れたのは良いが、運ぶ手段がなかった。
「どうするんじゃ、孔明」
「ハーピーの肉を初期のお金稼ぎに使おうと思っているのですが……荷車は出せませんよね?」
「うむ、無理じゃな。今の
孔明と彼の左肩にちょこんと乗っているヨーコが辺りをきょろきょろと見まわした。
彼らの目には荷車をよいしょよいしょと汗を垂らしながら引いている赤髪の褐色ロリの姿が見えた。
孔明とヨーコはニヤリと口角を上げた。赤髪の褐色ロリもこちらに気づいたようだ。荷車を引っ張るスピードを一気に加速させた。
ヨーコへとこくりと頷く。ヨーコもこちらと同じ気持ちのようであり、頷き返してくれた。
「待って―――! 怪しいものじゃないですからー!」
「待てと言われて待つヒトなんていませんよー!」
荷車を引いたまま、褐色ロリはさらにスピードアップした。とてもではないが、女手ひとつで出せる馬力には見えない。ぐんぐんと距離を離された。
「やれやれ……実力行使はしたくなかったのですが。口から孔明ビーム!」
「きゃああ!」
もちろん、直接ビームを当ててはいない。荷車の真下の地面をビームで穿っただけだ。大量の土砂が空中へと巻き上がる。荷車と褐色ロリもセットでだ。
白羽扇を軽く振る。すると、風が巻き起こった。暖かくて穏やかな風でふわっと荷車を包み込む。これで荷車が地面に衝突して壊れることはない。
今度は自分の身体を風で包み込み、空中で目を回している褐色ロリをジャンプしてお姫様抱っこする。
着地したと同時に、にっこりと褐色ロリにほほ笑みかけるのも忘れない。
「お騒がせして申し訳ありません、素敵なお嬢さん。私の名は諸葛亮孔明」
「えっ、えっ、えーーー!?」
褐色ロリは何が起きているのか、理解していない様子だ。それでも孔明は「ふっ……」と優しく彼女の赤い前髪に息を吹きかける。
褐色ロリは男慣れしていないのがありありとわかる。真っ赤な顔になりながら、前髪を両手で押さえていた。
「おっと失礼。お嬢さん。手頃な荷車を引いていましたので、それを貸してもらおうと思いまして」
「う、うん。てか、なんで目と口からビームが出るんです? あなた、魔族なんです?」
「いや……私はビームが撃てるだけのどこにでもいるただの軍師です」
「はぁ? 軍師ってビームが撃てるのがデフォルトだったっけ? まあ、いいわ。見た感じ、角も羽も無い。魔族じゃなさそうね。降ろしてちょうだい。荷車が壊れてないか、確認してくるから」
褐色ロリに言われるがまま、彼女をそっと地面の上に立たせる。彼女は白のポロシャツを着て、その上から茶色の皮ジャンを羽織っている。
プリっとしたお尻が黄色のショートパンツによって、より強調させられている。彼女のその見た目から、何かしらの技術者であろうと予想できる。
そんな褐色ロリが荷車の近くでしゃがみ込み、さらには荷車の下へと潜りこんでいく。孔明は腰を折り曲げて、彼女の作業している姿をまじまじと見ていた。
数分後、褐色ロリが荷車の下から這い出てきて、ぱんぱんと衣服についた土を払っている。そんな彼女に近づいて、声をかけた。
「壊れてはいませんでしたか?」
「うん、大丈夫。あちこち小石で細かな傷がついてる程度かな。さて……」
褐色ロリが身体全体をこちらに向けてきた。孔明はこう言ってはなんだが、褐色肌の女性が大好きだ。
にまにまといやらしい顔になりそうなのをこらえながら、こちらに差し出された手を右手で握る。
「あたしの名前はルナ・ユエン。コーメイだっけ?」
「はい、その通りです。荷車を貸してもらえるでしょうか?」
「いいよ。てか、ハーピーをビームで撃ち落としてたけど……まさか、あれを街で売るつもり?」
「察しが良くて助かります。調べたところ、色々と使える部位だらけみたいなので。それらを換金しようと思うのです」
ルナ・ユエンと名乗った褐色ロリは「ふ~~~ん」と意味ありげな息を吐いている。「はて?」とばかりにこちらは首を傾げてみせた。
「あたしのスーパー荷車なら、もう2~3体は乗せられるよ? どうする?」
「それは願ってもないですねっ! では……目から孔明ビーーーム!」
さっそくとばかりに孔明は空をばっさばっさと我が物顔で飛んでいるハーピーの顔をビームで破砕した。次々と首無しのハーピーが空から落下してくる。
ルナが荷車を引いて、ハーピーに近づいていく。その後ろを孔明はついていく。彼女といっしょに荷台に首無しのハーピーを次々と乗せた。
丸焼きのハーピーが1体。首無しハーピーが4体だ。合わせて5体のハーピーが荷台に乗せられることになった。それでもルナは涼しい顔である。
「先ほど、この荷車、とんでもないスピードを出しましたけど、何か仕掛けがされてるんですか?」
「うん。あたし、これでも発明家なんだ。でも、開発資金が無くなっちゃったから、この炎陣付きの荷車を売っちゃおうと街に向かってた最中なの」
「なるほど……炎陣とはまた男心をくすぐる響きです」
「見ててごらん。音も最高だよっ!」
ルナは荷車の御者台の近くにある真っ黒な棒を指差した。その棒を握ると、それを上下に動かしてみせた。
すると、驚くことにドルルン! ドルルン! と荷車の底から男心が奮い立つ音が響き渡ってきた。
荷車の下側から後方へと鉄の管が2本、ニョキっと伸びていく。さらには白い煙がブオオン! と勢いよく吐き出された。
「炎陣にばっちり火がついたよっ! さあ、乗った乗った!」
「え? 私も乗っていいんですか?」
「うん、理論上は300馬力は出るから、全然いけるはずなんだっ!」
ルナに言われるがまま、恐る恐る荷台に乗る。しかしながら、腰を下ろす場所もない。中途半端な姿勢のままでいると、ルナが「行くよー!」と声を掛けてきた。
その途端、孔明の身体は荷台の後ろへ勢いよく飛んでいきそうになった。慌てて、荷台にしがみつく。
「ちょっと振り落とされそうなんですけどぉ!」
「なにー? 聞こえないー! 炎陣の音がうるさくてー!」
御者台に座るルナはこちらを振り向こうともしなかった。彼女はただただまっすぐ前を見ていた。まるで、スピードに魂を売ったような顔つきをしている。
がたがたの道で荷車が大きく跳ねた。それによって、身体にふわっと嫌な浮遊感を感じてしまった。
「ちょっと、怖いんですけどぉぉぉ! スピードを緩めてくださーーーい!」
「何言ってんの、これからがこのスーパー荷車の凄いところなのよ! どっかんターボ、スイッチおーーーん!」
ルナが棒ハンドルのすぐ横にある何かのボタンを押したようだ。その途端、荷車の下からニョキっと飛び出していた鉄筒がさらにその長さを伸ばした。
それだけではない。荷台の横側には三角形の翼と思わしきものが生えてきた。
「うっひゃーーー! 最高ーーー!」
「うぎゃあああ! 死ぬぅぅぅ!」
孔明は荷台から振り落とされないように必死にしがみつく。彼らの行く先には街が見え始めていた。
しかし、今の孔明はその街に視線を向ける余裕など、何一つ無かった……。