サクラに案内されて連れてこられたのは、城の1階にある小さな部屋。
ここも床や壁は白を基調として明るい雰囲気だが、飾り気はなく簡素なベッドと小さなテーブルくらいしかない。
今日は強風のためか、1つだけある大きめの窓はピンク色のカーテンで閉じられている。
シルクを先に部屋に入れると、サクラも後ろから続いて部屋に入りドアを閉める。
「ここは女性専用の仮眠室です。浴室もありますので、どうぞお使い下さい」
「ありがとう。でも、いいの? 私がこんなに親切にしてもらっちゃって」
「ご遠慮なく。ハル様も仰っていたでしょう、女神様だって」
冗談は言わなそうなクールなサクラが、お茶目な仕草で可愛らしく笑った。
つられてシルクも一緒になって笑うが、無意識にサクラに対してもタメ口になっている事に気付いていない。
「シルク様。まずは、ご入浴されてはいかがでしょうか?」
サクラは、シルクがシーズン国で倒れていた事を気遣った。きっと服も泥で汚れているに違いない。
……かと思ってシルクを見ると、純白のドレスは汚れも破れも全くない。
不思議そうに自分を見つめるサクラの視線に気付いて、シルクも改めて自分のドレスに注目してみる。
「……あれ? これって何かな」
その時、初めて気付いたが、シルクは肩から斜めがけのポシェットをかけていた。
それはドレスと同じ素材の白い生地で、今までずっと腰の横に下げていたが、軽くて小さいので気付いていなかった。
サクラも、そのポシェットに興味を示す。
「何が入っているのですか?」
「えっと、これは……本、かな?」
ポシェットの中から取り出された白い本は、手帳よりは大きくノートよりは小さい。本にしては厚みがなく、表紙に絵柄もなくシンプルだ。
シルクが身に纏っているドレスもポシェットも新品同様の綺麗な純白なのに、この本だけは薄汚れていて経年劣化を感じる。
本を手に持って見つめるシルクは、中を見なくても直感で何かを感じ取った。
「これは日記のような気がするの」
「日記ですか? という事は、シルク様が書いたのですね」
「うん。覚えてないけど、私の日記だと思う」
シルクが女神だというなら、その日記は女神シルクが書いた事になる。いずれにしても、それは記憶を失う前のシルクを知る唯一の手掛かりになる。
ようやく本を開いてみるが、中身を見たシルクの表情が険しくなる。
「……読めない。サクラさん、これ読める?」
シルクはサクラに本を手渡すが、今度はサクラが同じように目を細めて険しい顔をする。
「私にも読めません。シーズン国の独自の文字だとしたら解読は不可能ですね」
遠い昔に滅んだシーズン国の文字を解読するには、シルクが記憶を取り戻すしか方法がない。だが、それもシルクがシーズン国の出身であればの話だ。
サクラはそっと日記を閉じるとシルクに手渡す。
「そのうちシルク様が読めるようになるかもしれません」
「そうね、後でゆっくり読んでみる」
「では、私は仕事があるので失礼します。代わりにメイドを部屋に呼んでおきます。浴室はあちらのドアになります」
「あ、うん。サクラさん、ありがとう」
「……いいえ。ふふ」
なぜサクラが笑ったのか、シルクにはその意味が分からない。シルクが自然とタメ口で話してくるのが、なぜか面白くて嬉しいとサクラは感じた。
部屋を出て行くサクラの背中を見送ると、シルクはようやく一人の空間で肩の力を抜いて息を吐く。
それにしても、部屋を使わせてもらって、お風呂にも入れてもらえて、メイドまで呼んでもらえるなんて……。
シルクは身元不明の記憶喪失で、女神だという根拠もないのに、まるで本物の女神のような扱いをされているようだ。
そんな事を思いながら、教えてもらった浴室のドアを開けて脱衣所へと入る。
(この後、ハルくんの部屋に……)
先ほどハルは、自分の部屋にシルクを連れて来いと言っていた。ドレスを脱いでいたシルクの手が、ハッと何かに気付いて止まる。
(なんか、これって……)
入浴で身を清めた後にハルの部屋に行くなんて、まるで夜伽のようだと。
今は時間的には昼だが、先ほど突然抱きついてきた彼を思えば……ありえるかもしれない。やっぱりハルは単に女好きな神様なのだろうか。
服を脱ぎ終えたシルクは、悶々としながらも浴室のドアを開ける。ふわっとした温かい湯気と、甘い花の香りが一気に思考を浄化させた。
やっぱり、ここも真っ白な床と壁。白い浴槽には薄いピンク色の湯が張ってあり、桜の花びらが浮いている。
(桜の香り……ハルくんみたい)
ハルに抱きしめられた時に感じた甘い香りは、桜の香りだったのだと気付いた。