シルクは、サクラにお姫様抱っこをされてシーズン国の上空を飛行している。
眼下に広がる景色は経年により崩れ落ちた家屋などの残骸や草木の生えていない土の地面ばかり。
空を見上げれば灰色に淀んでいて、少しも日は射していない。
(これがシーズン国……どうして、こんな風になったの?)
生命も色も季節も時間すらも失った世界。そんなシーズン国の景色を見ていると、シルクは耐え切れないほどに胸が痛くなる。
シルクは視線を眼下に向けたまま、前を向いて飛び続けるサクラに問いかけた。
「あの……この国は、なんで滅んだのですか?」
「伝説では女神シルクが関係しているらしいですが、シーズン国の生存者も記録もなく定かではありません」
伝説化するくらいだから、おそらく何百年も前の事なのだろう。
一体、シーズン国と女神シルクに何が起こったのか。シルクは自分の過去の記憶よりも、なぜかシーズン国について知りたくなっていた。
しかし、その間もなく、サクラが目的地の到着を告げた。
「国境に着きました。降ります」
シルクが前方に視線を移すと、向かう先には巨大な灰色の壁が迫ってきていた。
(あれが国境? 壁みたい)
シルクはその壁の果てを探そうと前方上空を辿って眺めるが、空の彼方まで続いていて、文字通り果てしない。
高さだけでなく横幅も延々と続いており、シーズン国は完全に国境の壁で区切られている。
サクラは地上に降りると、そっとシルクを地面に下ろした。
シルクは、その巨大な壁を目の前で見上げる。これほどの規模の壁を人力で作る事は可能なのだろうか。
「あ、シルク様。危ないので壁には触れないで下さい」
「え?」
サクラが注意した時には、すでに遅い。シルクは壁に片手を突いて完全に触れていた。
……だが、特に壁にもシルクにも変化がない。これにはクールなサクラも驚いた。
「シルク様、何ともないのですか? これはただの壁ではなく、結界魔法の壁です。一般人が触れると危険なのですが……」
「そうなんですか? う~ん……何ともないです。不思議ですね」
不思議に思うのはサクラの方だ。シルクは感情に乏しく表情に変化はないが、どこか神秘的なオーラを感じる。
もしかしたら本当に女神……とまでは言わないが、関わりがある血筋なのかもしれないと思った。
サクラは前方の壁に歩み寄る。灰色の壁が、そこだけは薄いピンク色に染まっている。縦長の長方形で、これがドアなら人が一人通れるくらいの大きさだ。
「この先がスプリング国です。結界の壁を越えますので私から離れないで下さい」
「あ、はい」
緊張感のある眼差しで言われたので、シルクはサクラにピッタリとくっついた。それでも不十分なのか、サクラはシルクの肩を掴んで抱き寄せた。
(サクラさん、なんか、かっこいい……)
先ほどのお姫様抱っこといい、黒のスーツ姿といい、サクラは美女というよりもイケメンという言葉が似合う。
壁を越えるだけなのに、まるで決死の覚悟のようにサクラが険しい表情になる。
「シルク様、行きますよ」
「はい!」
サクラの気迫につられたシルクも真剣な顔で強く返事をした。
だが、シルクの脳内は意外と冷静で呑気な考えが巡っていた。
(春の国って言ったら、暖かく穏やかで美しい景色なんだろうなぁ)
ちょっと楽しみになって期待しているシルクの横で、サクラは片手を伸ばしてピンク色の壁に触れる。
すると反応したかのように、ピンク色の壁の部分だけが眩しく光り輝いた。これが国境を通るための出入り口なのだ。
その光の中へとサクラが歩を進めたので、シルクも一緒になって歩き出す。
光の中を通り抜けている間は眩しさで何も見えなくなるが、すぐに視界が戻って別世界の景色が見えてきた。
次の瞬間、目にした光景にシルクは絶句する……暇もなかった。
「きゃあっ!?」
春の国へと足を踏み入れた瞬間、激しい突風の音と共に、折れた木の枝がシルクの顔面めがけて襲ってきた。
しかし直撃はせず、それはギリギリの至近距離で跳ね返された。まるで見えないバリアに当たって弾き返されたように。
「大丈夫ですよ、シルク様。私が結界で守っていますので」
「……全然大丈夫じゃないです」
サクラは結界魔法をバリアのようにして自身とシルクの身を守っている。自分から離れるなという注意は、そのためだったのだ。
しかし、この吹き荒れる異常な強風は何だろうか。たとえ春一番の風でも、ここまで吹くと災害級だろう。
サクラの結界で体に強風の影響は受けないが、シルクは自身よりもスプリング国の現状が大丈夫じゃないと思った。
「ここ、本当に春の国ですか? すごい風で、これじゃ誰も歩けませんよね」
「そうですね、今日は風が強い日ですね。こういう日は一般市民は外を歩きません」
サクラは表情を変えずに淡々と答えている。どうやらこれは普通の事らしい。
それにしても、結界魔法を使わないと歩けないほどの強風とは……それはシルクが知る『春』の気候とは一致しない。
「春は暖かくて、お花が満開で……もっと穏やかな季節なのに、どうして?」
「シルク様は本来の春をご存知なのですね。スプリング国はもう長い事、異常気象でこれが普通です」
サクラは先ほどと同じように突然、シルクを抱き上げた。再度のお姫様抱っこである。
「え、きゃっ……」
「すみません。結界魔法は長く続かないので、このまま急いで王宮の城に向かいます」
サクラは早口で告げると、背中に再び桜の羽を出現させて飛び立つ。
今度はスプリング国の上空から眼下に広がる景色を眺めるが、シルクは言葉を失った。
美しい春の風景など微塵も感じさせない。枯れた木々、草木のない地面、人の姿のない街並み。見えてくるのは、そんな寂しい風景ばかりだ。
シーズン国の廃墟ほどではないが、いずれ同じ道を辿りそうなほどの危機感を覚える。
(どうして、こんな事に……どうにかして、この国を救えないの?)
シルクが真っ先に思ったのは、哀れむよりも先に、なぜだか『救いたい』という使命感であった。