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第2話 春のサクラと夏のアラシ

 その男女二人は会話をしながら並んで歩いていたが、シルクの姿を見た途端に驚いて同時に立ち止まる。

 まず女性の方がシルクに声をかける。


「そこに誰かいるのですか?」


 その女性はピンク色の長い髪に赤い瞳という派手な容姿だが、黒のスーツを着ていて大人の落ち着きを感じさせる。

 そして、その女性の隣にいる男性も驚きに声を上げる。


「お、こりゃ驚いた。まさか、オレとサクラちゃんのデートを見られちゃうとはなぁ」


 その男性は褐色肌でオレンジの瞳。少し長めの赤い髪を後ろで1本に結んでいる。彼も派手な色味の容姿だが、着ている黒のスーツは戦闘服に近い。クールそうな彼女とは逆に活発そうな印象を受ける。

 二人ともシルクよりも少し大人っぽく見えるので、20歳くらいだろうかと推測する。

 彼に名前を呼ばれた事で、女性の方の名前は『サクラ』だと分かった。

 だがサクラは、それを聞いた途端に横の男性の方を向いて睨みつけた。


「黙れアラシ。いつ私がお前とデートした?」

「え~! 今、してたじゃん。素直じゃないなぁ、サクラちゃんは」

「うるさい。デートではない!」


 どうやら男性の方は『アラシ』という名前らしいが、この二人はカップルには見えない。もしくはアラシの片思いなのか。

 ……なんて、シルクはそんな呑気な事を考えている場合ではなかった。今はとにかく状況を把握したい。


「あの、ここは、どこなんですか? 私、ここで倒れてて、目が覚めたら、何も思い出せなくて……」


 シルクの言葉を聞いた二人は、言い争いを止めて同時にシルクの方を向いた。サクラが一歩、シルクに近付く。


「ここは、かつてのシーズン国です。記録では遥か昔に滅んだとされています。名前も思い出せないのですか?」

「なんだ、お嬢ちゃん、記憶喪失なのか。こりゃ面倒だな~」

「アラシは黙ってろ」


 どうやらサクラはアラシに対してだけ口調が乱暴になるようだ。

 サクラに名前を聞かれたシルクは、真っ白な記憶の中で唯一覚えている、あの『夢』を思い出した。


「私の名前は、シルクだと思います。夢でそう呼ばれていたので……たぶん」


 その名を聞いたサクラの目が見開き、赤の瞳を丸くして固まっている。そしてアラシも同様。急に二人とも黙ってしまった。

 名前を名乗っただけなのに、何か変なことを言ったかと不安になったシルクも黙る。

 結果、ただでさえ静寂の世界なのに三人の沈黙が上乗せされて重い空気となった。

 ようやく我に返ったサクラが口を開く。


「まさか、そんなはずは……。シルクという名は、かつてシーズン国を治めていたという女神の名前です」


 遥か昔に滅んだシーズン国を治めていたという、女神シルク。だが当時の様子を知る者も詳細な記録もなく、その存在は伝説化していた。

 だがシルクはそれを聞いても、自分の名前を否定する気にはならなかった。


「じゃあ、私がその女神なんでしょうか?」


 なんとも返答に困る質問をするシルクであった。サクラに変わって、アラシが吹き出しながら答える。


「あはは! 面白いこと言うなぁ、お嬢ちゃんが伝説の女神シルク? いくらなんでも……」

「アラシ、黙ってろ」


 先ほどと同じ一言だけでアラシを黙らせるサクラの威圧は凄まじい。

 サクラは改めてシルクの全身を上から下まで眺めて確認する。白い肌に銀色の髪……それは、サクラが知る全世界の種族のどれにも属さない。

 真実を確かめるため、サクラは冷静にシルクを見定めながら説明をする。


「この世界には現在、春夏秋冬の4つの国があります。その中心地に存在していたのがここ、シーズン国です」


 しかし、それは遠い昔に滅びた国。生存者はいないはず……とサクラが告げる前にシルクが言葉を挟んできた。


「じゃあ、やっぱり私はシーズン国のシルクなんですね」


 淡々と真顔で自分が女神なのだと言い切るシルクは、記憶と共に感情まで欠落しているのかもしれない。

 どう答えていいのか迷うサクラは話を逸らす。


「呼び名がないのも不便ですし……そうですね、シルク様とお呼びします」


 仮にもシルクという名は伝説の女神。真面目なサクラは、その神聖な名を敬うべく様付けをする。

 シルクが女神なのかは別として、その神秘的な純白の容姿を見ると信憑性がある。シーズン国で記憶を失い倒れていたという事実からも、何らかの関連はあるのかもしれない。

 サクラが判断を下す前に、アラシが急に頭の後ろで手を組んでつまらなさそうな顔をした。


「じゃあサクラちゃん、シルクちゃんを保護してやれよ。デートどころじゃないし、オレは帰るぜ」

「デートじゃないと言っている! ……そのつもりだ、見捨てる訳にはいかない」


 その会話を聞いていたシルクは不思議に思った。サクラとアラシは肌の色も髪の色も全く違うから異種族なのかもしれない。


「アラシさんは、サクラさんと同じ国の人じゃないんですか?」


 それを聞いたアラシは、なぜかニヤニヤしながらシルクに近付いて少し屈んで話す。


「オレの国は夏だからな。暑すぎてシルクちゃんは連れていけねぇのよ」

「は、はぁ……」


 シルクがキョトンとした顔で見返すと、アラシはシルクとサクラに背中を向けた。


「じゃあな、サクラちゃん、シルクちゃん、またなっ!!」


 背中で挨拶をすると、アラシの全身が竜巻のような突風で包まれた。周囲の細かい瓦礫や砂を巻き込みながら、その中心に立つアラシの体が池面から浮いていく。

 次の瞬間、目にも留まらぬ速さで竜巻と同化したアラシは空へと飛び立ち、あっという間に姿が小さくなっていく。

 シルクは呆然と空を見上げて、飛び去ったアラシの行き先を見つめている。


「え、飛んだ……? 何、今の……?」


 独り言のように呟いたシルクの横にサクラが並んで答える。


「夏魔法です。彼は夏の国の者ですから」

「夏……魔法?」


 言われてみれば、強風を巻き起こし周囲を荒らしながら飛び去るアラシの姿は、夏の台風のようだ。

 ここでようやくサクラは改めてシルクの前に立つと、正面から向き合う。


「申し遅れました、私はサクラと申します。春の国・スプリングを治める『季節の神』ハル様の側近です」

「季節の神……?」


 シルクは先ほどのサクラの説明を思い出した。この世界には春夏秋冬、4つの国があるのだと。

 その国を治めるのは、それぞれの『季節の神』。この世界では神が王の役割となって治めているようだ。

 常にクールであったサクラは、シルクを安心させるように柔らかく微笑んだ。


「ご安心下さい。シルク様をスプリングで保護いたします」


 シルクの横に立っていたサクラは突然、シルクの背中と両膝の裏に手を回して支える。


「え……きゃっ?」


 一瞬の動作でシルクは何が起きたか分からないが、そのまま体を持ち上げられてサクラに抱かれる形になった。

 まさか女性にお姫様抱っこをされるなんて……と思うよりも早く、今度は抱かれたシルクごとサクラの体が浮上した。


「国境までは飛んで行きますので、しっかりとお掴まり下さい」


 シルクは反射的に言われた通りにサクラの肩に両腕を回し、しがみつく。

 そして顔を上げると、サクラの背後に何かが見えた。


「サクラさん、羽が生えてる……!?」

「はい。春魔法、桜の羽です」


 サクラの背中から、蝶のようなピンクの二対の羽が広がっている。よく見ると先端の割れたハート形で、これは羽というよりは4枚の桜の花びらだ。


「それでは行きます。春の国、スプリングへ」


 シルクを抱き抱えたサクラは、シーズン国の王宮跡からスプリング国へと繋がる国境を目指して空へと飛び立つ。





 廃墟で目覚めた女神シルクは、過去の記憶を失っていた。

 そして運命に導かれるようにして、シルクは春の国・スプリングへと向かう。

 そこが春夏秋冬の4国『季節の国』の1つであり、シルクが滅亡から救う最初の国となる。

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