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第15話 アンナさんの過去 前編

「アンナ、今日の晩御飯はお父さんが取ってきた鹿のお肉よ」

「やった!」

「だから今日は早めに帰って来なさいね」

「はーい」


 昨日の夜仕掛けた罠を今日の朝見に行ったら、大きな鹿が掛かっていたようで、お昼前にお父さんが上機嫌で帰ってきた。


 お母さんも私もお父さんを凄い凄いと褒めた時に、少しだけ辛そうな顔をしていたのはたぶん気のせい。

 だってその後お父さんは大物を取れたからっておじさん達とこんなお昼前から酒場へ出掛けたし。だから私が帰ってきた頃にはたぶん幸せそうな顔でベロベロに酔っ払ってると思う。


「アンナ!」「やっと来た」「おそいー」

「ごめーん。お父さんが朝罠を見に行ったらおっきな鹿が掛かってたんだって」

「えええ! すげぇ!」「アンナは見たの!?」

「ううん、子どもに見せるものじゃないってお母さんが見せてくれなかった」

「てことはもう解体した後だったんだ」


 いつも通りの場所に皆で集まって、今日は何して遊ぶのか決める。


「じゃあ今日は山に行こうぜ」

「えぇ、山は危ないからやめなさいってお母さんに言われてるからイヤ」

「僕も危険なのは嫌だなぁ」

「私も今日は早く帰らないといけないし、山はやめようよ」

「いいや、おっきな鹿が取れたってことはまだいるかもしれないだろ? 俺達も捕まえようぜ!」


 どうしても山に行きたがるのは体が小さくていつも好奇心旺盛なオルド。それを止めるのは私とメナとヒュー。


「山に行きたがってるのはオルドだけだから、3対1で却下」

「ヒュー、お前ビビってるんだろ?」

「僕が?」

「鹿に襲われたらどうしようってな。モンスターにビビるならまだ俺も分かる。でも鹿にビビるなんて男としてどうなんだ?」

「僕は鹿にビビってるわけじゃない。山が危険だからやめようって言っただけだよ」

「あぁそうか。そういう言い訳な」

「だから……」


 オルドとヒューが言い合っていて、これは良くオルドが使う方法。ヒューの事を煽って最後にはやる気にさせるいつものオルドのやり方なのは皆分かってる。


「ヒュー、オルドにのせられないでよ」

「仮にヒューがオルドについて行っても私達は行かないから」

「なら僕も行かない」

「ちぇっ、そうかよ」


 そう言ってオルドは山に行くのを諦めたように、その時の私達は見えた。


「じゃあ俺1人で行くよ。これを持ってな!」

「あっ、返してオルド!」


 オルドはメナが最近買ってもらってお気に入りの可愛い帽子を取って、そのまま山の方へと走り出す。


「俺は川の近くの小さい切り株の方に行くけど、ついてくるならお前らも来いよ!」


 オルドはそう私達に言って、そのまま走っていった。


「どうする?」

「どうするって、ヒューがオルドから帽子を取り返してくれる?」

「僕には無理だよ」

「じゃあ行かないと。2人もついてきてくれるでしょ?」

「僕とアンナはここで待ってても良い?」

「それはメナがかわいそうだよ」

「でも誰も追いかけなかったらオルドのことだし帰ってくるよ」


 ヒューはそう言ってオルドを追いかける気持ちは全くなさそう。


「そしたらオルドのことだし木の上に帽子を置いてくるよ」

「そもそも帽子を被ってきたからこうなってるんでしょ?」

「だって帽子は被るものでしょ」

「ならオルドにこうやって取られるのは警戒しないと」

「そんなの言われても」


 ヒューとメナが言い合っているのをそのままにしていたら駄目だから早く仲裁に入らないとという気持ちと、メナはヒューのことが好きだからこのまま私だけオルドを追いかけて2人きりにしてあげようかなという気持ちがある。


 メナはヒューからあの帽子が似合うって言われて最近ずっと被っているのに、言った本人はそのことに全く気付いていない。

 もう少しヒューはメナの事を気にかけて欲しいのに。


「私はメナが追いかけるなら行くよ」

「アンナありがとう。ヒューは行ってくれないのに」

「アンナがメナについて行くなら僕も行くよ」

「また誰かがやるからヒューはそれについて行くんだ」

「ついて行かなかったら僕1人になるし仕方なくだよ」


 ということで結局いつも通り皆でオルドの居る場所へ向かうことに。




「お、来たか!」

「オルド返して!」

「鹿を見つけたらな!」


 オルドは切り株に座って私たちを待っていた。


「あれ、そこに血の跡がある」

「ほんとだ」

「罠に掛かって逃げ出したやつかも!」

「あ、オルド待って!」


 ヒューが見つけた森の奥へ続いている血の跡をオルドは追いかける。


 私達はオルドに付いて行くのが精一杯で、何度呼び止めても森の中へ入っていくのを止められなかった。


「ハァ、ハァ、僕もう帰る」

「でも、私達が帰ったら、オルド、1人になっちゃう」

「まだ、帽子が、ぅぅ」

「帽子より、命のほうが、大事だ」


 ヒューは私とメナの手を引いてもう帰ろうと言うけど、私はオルドが心配でその手を振り払った。


「2人は先に帰ってて。私がオルドを連れて帰るから!」

「待てっ、アンナ!」

「アンナー!」


 私はオルドが心配というのもあるし、メナとヒューを2人きりにできるチャンスとも思った。


「オルドー、帰るよー」


 森の中で声を出すと、野生の動物は近寄ってこないってお父さんが言ってた。


「オルドー、どこー!」


 でも、モンスターは声を出すと近寄ってくるから、絶対に森の奥に行ったら声は出さないようにって何度も言われた。


 そしてここは既に私達が遊びで入って良いような場所じゃない。お父さんの言っていた森の奥ではないけど、もう少し奥へ進んだら絶対に怒られる。


「オルド、どこ?」


 私は急に怖くなって、もうこの森の中に1人だけ取り残されたような感覚になる。


「わっ!」

「きゃっ!」

「そんなビビらなくても良いだろ?」

「オルド! 2人は帰ったから私達も早く帰るよ!」

「えぇ、まだ俺は血の跡を追ってるのに」


 まだ追いかけようとするオルドの手を引き、私は来た道を戻る。


「もしかしたら今もまだ苦しんでるかもしれないだろ?」

「そしたら他の動物に食べられるだけ」

「俺達で捕まえられるかもしれないのに」

「良いから早く!」

「はぁ、分かった分かった!」

「あっ」


 さっきまでオルドを引っ張っていたのは私だったのに、今はオルドが私の腕を引いている。


 やっぱり背は小さいけどオルドも男の子なんだなと、少し私はオルドのことを見直した。


「アンナ待て」

「どうしたの?」


 後少しで森を抜けられるし、もしかしたらまた森の方に帰るんじゃないかと思って、しっかりとオルドの手を握る。


「何かいる」

「えっ?」

「俺達くらいの大きさだ」

「何でそんな事が分かるの?」

「森で遊んでたら何となく分かるようになった」

「え、それってオルド能力持ちなんじゃない?」

「なんだそれ?」


 オルドに能力持ちの説明をしようとした瞬間、目の前から何かが走ってくる。


「オルド!」「アンナ!」

「あ、ヒューとメナも来たのかよ」

「2人もまだ帰ってなかったんだ」

「早く逃げるぞ!」「アンナ逃げて!」


 最初はヒューとメナが私達を待っててくれたのだと思ってたけど、様子がおかしい。


「早く!」


 ヒューがそう言った瞬間、ヒューとメナの後ろからオークが追いかけて来ているのが見えた。


 そしてすぐに私とオルドもヒューとメナを追いかけ、4人でまた森の中へと戻っている。


「何でオークが!」

「僕も知らないよ!」

「帰ろうとしたらオークが急に森の中から出てきてっ」

「でもこのままだとまた森に行くぞ」


 後ろからはオークが私達のことを追いかけてきていて、捕まったらどうなるかわからない。


 そしてヒューとメナはもう体力が限界なのか、少しずつ走る速度が落ちてきた。


「俺があいつを引き付ける」

「そんなのオルドが危ないよ」

「ヒューとメナがもう限界だろ」

「僕は、まだ、走れる、よ」

「ハァ、ハァ、ハァ」

「ほらな、じゃあ頑張って逃げてくる!」

「オルド!」


 こうしてオルドは自分からオークの近くに行き、私達からオークを遠ざけてくれた。


 ヒューとメナはここで止まって息を整えているけど、私はここで止まっているのは危険だと判断して、もう体力が限界の2人を引っ張って村まで走らせる。


「私オルドのこと見てくる! おじさんおばさんにこのことを言って!」

「アンナ危険だよ!」

「アンナもここに居ようよ!」

「オルドが心配だから!」


 2人を村の近くまで送り届けた私は、そう言ってまたさっきの場所へ戻る。


「オルド!」


 また私はオルドを見つけるために声を出しているけど、今オークに私が襲いかかられたらどうするかなんて考えていなかった。


 空はもう夕焼け色に染まっていて、森の中に入ると暗くて前が見えづらい。


「オルドー!」

「……ぁ」

「オルド!」

「……るな」


 私はオルドの声がする方に走る。


「オルド!」

「来るなぁ!」


 目の前には先程追いかけてきたあのオークと、木に登っているオルド。


「きゃぁぁぁ!」


 そしてどう考えても食べただけでそうはならないであろう、血塗ちまみれの小動物の死体が3匹、オークの口に咥えられていた。




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