「はっ!」
僕は目が覚めて右腕が動かずそちらを見てみると、アンナさんが可愛い寝顔で僕の腕を枕にし寝ていた。
「……うぅん、あ、ルイ様気が付かれましたか!」
「お、おはようございます?」
「おはようございます」
「あの、う、腕が」
「あ、すみません。昨日ルイ様が気を失って寝てしまったのですが、呼吸も安定していたので大丈夫だと思い、腕枕をしてもらいました。痺れてないですか?」
「だ、大丈夫です。あと、少し服がはだけてて、目のやり場に困るというか」
「……ルイ様の心を覗かせていただいてもいいですか?」
「え! 今ですか?」
「はい、今です」
少しずつ意識がはっきりしてきたが、この時の僕はまだ寝ぼけていたようだ。
「良いです、よ?」
「では……なるほど、ありがとうございます」
「あの、不快なこととかありませんでしたか?」
「全くありません。むしろこれは収穫と言いますか、ご褒美ですね。(自分では分からないけど、朝の私の寝顔ナイス! それにパジャマもルイ様に好評っぽ……)」
アンナさんが口の中でモゴモゴ喋り出したので、僕は腕も解放されたことだし先に顔を洗いに行く。
「ルイ様! 先に1人で行くなんて酷いです」
「いや、アンナさんは考え事をしてたようですし、先に顔を洗おうと思って」
「朝食は一緒に食べますから、少し待っててください」
「分かりました」
僕はベッドに腰掛け、アンナさんが帰ってくるのを待つ。
「昨日の最後、何したんだっけ?」
僕は何故か気を失ってしまったらしいが、アンナさんの態度を見ると何か悪いことをしたわけではなさそうだ。
「怖いし、聞かなくて良いか」
何をして気を失ったのか知りたいが、頭の中にいるもう1人の自分がやめとけと言っているので、その自分を信じて聞くことはしない。
「お待たせしました。行きましょうか」
「あの、今日が最後ですし自分で注文してもいいですか?」
「勿論です! むしろこれまでも私がルイ様に聞けば良かったですね」
「いやいや、アンナさんの注文してくれる料理はどれも美味しいですから、何も不満はありません」
「私、ルイ様のことを何でもしようとしてしまうので、こういったことはこれからも言ってくださいね」
「はい、僕も気を付けます」
なんて情けないのだろう。アンナさんに色んなことをしてもらっている状況もそうだが、やっぱりアンナさんに全部任せても良いかな、なんてここで思ってしまう自分がいる。
「えっと、この日替わり魚をお願いします」
「私はマイルドピッグでお願いします」
注文した後今日の予定についてアンナさんが話してくれる。
「今日は朝食後すぐに商人ギルドの方へ向かいます」
「そこで馬車を探すんですよね?」
「はい」
連合国を目指す商人の荷馬車に乗せてもらえないか聞いて、それが駄目なら乗合馬車で行くらしい。
「Gランクは護衛の依頼を受けることはできませんが、逆に言うと馬車が襲われた時に守る義務もありません」
「なるほど」
「荷馬車を見つけられたとしても、他に私達よりランクの高い冒険者が居れば、出発直前で断られる可能性も十分にあります」
「分かりました」
商人からすると僕達は護衛も出来ないただの荷物と一緒なのか。
「ですが私達は出来るだけお金を節約するべきですし、荷馬車に乗せてもらうことを第1目標としましょう」
「了解です」
「日替わり魚とマイルドピッグです」
注文した料理が来たので、早速食べる。
「ルイ様どうですか?」
「うっ、お、おいしい、のだと思います。たぶん」
「? 少しいただいてもいいですか?」
「いや、あんまり食べないほうが」
僕は止めようとしたが、アンナさんは僕が食べかけた部分から少し取って口に運んだ。
「な、なんですかこの甘みは!」
「ど、独特ですよね」
「違います! これは塩と砂糖を間違っているんですよ! すみませーん!」
アンナさんは店員さんを呼び、店員さんは僕達が食べた場所とは違う所を少し分けて食べる。
「大変申し訳ございません! すぐ代わりのものをご用意します!」
店員さんは食べた瞬間慌てた様子で厨房の方へと走っていった。
「やっぱりアンナさんに決めてもらう方が良いかもしれないです」
「そんなことありません! ルイ様が悪いわけではないのですから」
「でも、今から作るってなると遅くなりませんか?」
「確かにそれはそうですが」
「おかずは無いですけど、スープとパンがあればお腹は満たせますし、大丈夫です」
アンナさんはしばらく考えた後、僕の意見に納得してくれたのか店員さんを呼ぶ。
「私達はもう時間がなくて、新しい料理を待っていることが出来ません」
「大変申し訳ございません」
「しかし、少し後にまた帰ってくることは出来ると思いますので、その時にお弁当を用意していただけないですか?」
「分かりました! どちらの代金もいただきませんから、何でも好きなものをご注文ください」
「ルイ様どうしますか?」
「あ、えっと、じゃあもうお任せでお願いしていいですか?」
「よろしいのですか?」
「はい。たぶん馬車の中で食べることになるので、食べやすい物だと嬉しいです」
僕達はもうこの街へ帰ってこないし、最悪あまり美味しくないお弁当でも文句を言うことは出来ないが。
「精一杯作らせていただきます」
「さっきの料理を作った方には、あまり怒らないであげてください」
「いえ、それは出来ません」
「そ、そうですか。じゃあほどほどにしてもらって、僕達のお弁当をその人に作ってもらいたいです」
「……そのようにいたします」
「ありがとうございます」
店員さんはそう言うとまた仕事へと戻った。
「何でも好きなものを貰えましたが、良かったのですか?」
「そもそも何があるのか分からないですし、昨日料理を食べて美味しいことは知ってるので、どんなお弁当でもミスさえなければ美味しいと思いますから」
「ほとんどの方はこのメニューにある1番高いものを、と言うでしょうね」
「美味しかったら何でも良いです。アンナさんもそうじゃないですか?」
「……私は相手に謝罪の気持ちや反省がみられなかった場合、言ってしまうかもしれないです」
「それはアンナさんだから出来ることですね」
話しながらパンをスープに浸して食べるが、やっぱりこれだけだと足りなそうだ。
「はい、ルイ様」
「良いんですか?」
「どうぞ。ルイ様のおかげで朝食はタダになりましたし、お弁当もついてきました」
「それは喜んで良いんですかね?」
「良いですよ。はい、それよりも早く食べてください」
「……自分で食べますよ?」
「もうこれはルイ様の分です、あーん」
「……いただきます」
僕が食べないと終わらないことが分かったため、目を閉じ口を開ける。
「美味しいですか?」
「……美味しいです」
「まだ足りないですよね?」
「……いただきます」
「はい!」
アンナさんの笑顔を見たら自分で食べますとは言えなかったし、何よりも自分がこの状況で恥ずかしさよりも喜びを強く感じていたことに気付いてしまった。
「美味しかったですね」
「そうですね。お弁当が楽しみです」
こうして僕達はご飯のお会計をせず2泊お世話になった宿を出る。
「では連合国行きの馬車を探しに行きます」
「分かりました」
商人ギルド近くには馬の他にも大きなモンスターが引いているものもあった。
「あれはなんですか?」
「正式な名前は覚えてないですが、運びドラゴって言われてますね」
「運びドラゴですか」
「馬よりもお値段は高くなりますが、安全で快適、そして速い移動が可能です」
「そうなんですね」
アンナさんは色んな商人に話しかけ、連合国行きの馬車を探してくれる。
「うちは違うね」
「学園都市? 行かないよ」
「学園都市にも行くが、その前に色んなとこ回るぞ?」
「学園都市までずっと乗せてもらうことは可能ですか?」
「それは分からねぇな」
「そうですか、ありがとうございました」
アンナさんはこの辺りの馬車の近くに居る商人にはほぼ話しかけただろう。
「僕も少し探してきていいですか?」
「お願いします。もし居なければ乗合馬車でお金を払って行きましょう」
「そうですね」
僕はアンナさんと離れて、学園都市行きかどうか商人へ聞く。
「うちは学園都市へこのまま行くぞ」
「え、冒険者2人なんですけど乗せてもらえませんか?」
「ランクはいくつだ?」
「Gランクです」
「Gかぁ」
「すみません、一昨日冒険者登録したばかりで、昨日Gランクになったんです」
「? 昨日って、最初からGランクじゃなかったのか?」
「はい。Hランクから初めて、昨日偶然襲われた草原ウルフを倒したらGランクになりました」
「ほぇ〜、最初に戦闘試験は受けなかったんだな」
「そもそも僕はその時素人でしたし、もう1人は護身術を少し習っていただけですから、Hランクから始めようってなって、戦闘試験は受けませんでした」
「そうか。冒険者は楽しいか?」
「それはもう……」
僕はこの商人と話しているだけで、実質アンナさんに馬車探しを任せている状態になってしまっている。
「冒険者ってのは……」
「あ、あの! そろそろ他の馬車を探さないと乗合馬車で行くことになるので、失礼します!」
「ちょいと待ちな、うちに乗せてってやるよ」
「ホントですか!?」
「もう1人も見てから判断するけどな」
「すぐ連れてきます!」
僕はアンナさんを見つけ、さっきの商人の元へ連れて来る。
「ほぉ、女か」
「……ルイ様のおっしゃっていた方ですか?」
「はい! 学園都市へ行くそうですし、冒険者のことも詳しい方でした」
「あの、どちらの商会の方ですか?」
「スリフパス商会ですよ」
「馬車はどちらに?」
「うちの馬車はここにありませんが、少し遠くに別の乗り物はあります」
「え、この馬車って商人さんのものじゃないんですか?」
「あぁ、商人仲間に少し見ておいてくれって言われただけだからな。大丈夫だ、たったの2人乗せるくらい余裕はある」
アンナさんが来てからこの商人さんの口調が丁寧になった気がする。もしかしたら人によって態度を変えるあまり良くない商会の人なのかもしれない。
「アンナさんどうしますか?」
「乗せてもらえるのであればこれ以上ない旅になるでしょう」
「あ、そうなんですね。じゃあ商人さんお願いしてもいいですか?」
「分かった、でももう少しここに居ないといけないんだ」
「じゃあこの間に宿へお弁当をもらいに行きますか」
「そうですね。では私達はスリフパス商会に行けばよろしいですか?」
「ええ、表で待ってますよ」
こうしてアンナさんと僕は宿屋へお弁当をもらいに、馬車が多く集まっているこの商人ギルド横から離れるのだった。