「ルイ様、これで全て終わりました」
「良かった」
僕とアンナさんはあの後依頼をいくつも受け、今日受けた分は全て終わった。
「あの、アンナさんはなんで収納の指輪に納品物を入れないんですか?」
「この指輪はとても貴重なもので、誰かに出し入れしているところを見られたら危ないのです。なので不便ではありますが、毎回手で持って冒険者ギルドまで持っていくようにしております」
「なるほど、そうだったんですね」
ずっと便利なものを持ってるのに使わないのはなんでだろうと思っていたが、そういう理由があったのか。
「では帰りましょう」
「そうですね」
「明日にはGランクですし、その次の日の朝に連合国行きの馬車へ乗ります」
「了解です」
自分でもびっくりするくらい戦闘に関しては動けるし、たぶんアンナさんのような特殊な能力とかではなくて、センスと元々の素の身体能力が高いんだと思う。
「あ、ルイ様すみません。あと薬草3本で10本の納品ができるので、それだけ探してから帰りませんか?」
「良いですよ。じゃあこのあたりで探しますか」
「あまり離れないようにしましょう」
まだ暗くないが、ここは街から少しだけ離れた場所なので、お互いに目で見える範囲に居るようにする。
「こっちは2本目見つけました」
「私も1本見つけたので、これで帰れます」
僕とアンナさんは薬草もすぐ見つけることができ、今回こそ街に帰ろうとしたのだが、帰る方向に狼のモンスターが何体も見える。
「ルイ様、少し不味いかもしれません」
「あの狼ですか?」
「はい。草原ウルフなのですが、どうしてあんなに街の近くに居るのでしょう。人には近付いてこないはずなのですが」
今は草原ウルフが街の近くにいる理由を考えるよりも、どうやって街に帰るかを考えないといけない。
「回り込んでバレずに街へ帰れたりしませんか?」
「おそらく無理でしょう。ただ、真正面から戦うのが一番危ないので、そうするしかないですね」
僕とアンナさんはゆっくり草原ウルフへ近付かないように歩く。
街へは近付けていないが、草原ウルフからは距離を取れている。
「ここからは一直線に街まで走りましょう」
「追いつかれたらどうします?」
「戦いながら街へ向かいます。誰かが草原ウルフと戦っている私達に気付けばおそらく助けてくれるので、とにかく街へ近付いてこの状況を知らせましょう」
「了解です」
そしてアンナさんの合図で僕達は同時に街まで走り出す。
『ガウッ』
「気付かれました!」
「とにかく走ってください!」
後ろから草原ウルフ達が迫ってくる。
「アンナさんはそのまま街へ!」
「ルイ様!」
『ガウ!』『ガウゥ』『ガヴゥ゙』……
もう走っても絶対に街までは辿り着けないと判断し、僕は草原ウルフ達と対峙する。
「アンナさんは誰か呼んできてください!」
「でもルイ様が!」
「僕はとりあえず耐えてみます! だから早く!」
「っ、絶対に無事でいてください!」
『ガゥッ』
「させるかよっ!」
アンナさんを追おうとした草原ウルフを短剣で斬りつける。
『キャウッ……』
「ん? 意外と僕でも倒せそう?」
『ガヴゥ』『ガウゥッ』『ガウガウ!』
1体倒しただけでこの状況が良くなるわけでもなく、むしろ仲間の草原ウルフ達が僕を逃さないように囲んできた。
「ケガしたらアンナさん悲しむだろうなぁ」
こんな状況でも僕はアンナさんの事を考えてしまっている。
ウルフ達を見つけた後のアンナさんは、手が震えていたのにもかかわらず僕を心配させまいとずっと気丈に振る舞っていた。
「駄目だ、今は集中しないと」
自分の周りを10体以上の草原ウルフに囲まれているが、僕は何故か目を閉じることがこの状況を切り抜ける最善の策だと感じた。
――右から1体飛び付いてくるのを感じる
『ガウ!』
――たぶんこのあたりが首だから、そこに短剣を刺して引き抜こう
『キャ……』『ガウガウ!』『ガゥガゥ!』……
――次は2体が正面から。これは僕も前に踏み込んで……斬る!
『キャウ……』『クゥ……』
――次は…………
「……ま、……さま、……ぃ様」
「あ、アンナさん!」
僕はアンナさんが来るまで草原ウルフの攻撃に耐えた。
「ルイ様! どこかケガはありませんか!?」
「ちょっと転んで右足を擦ったくらいで、噛みつかれたりはしてないです」
「よ、良かった」
アンナさんに続いて何人かの冒険者が来る。
「こりゃあ全部倒されてるな」
「これあいつ1人でやったのか?」
「見たことねぇが結構やるようだな」
「今回は一緒に運んでやるか」
「そうだな。新人のためだ」
この冒険者達はアンナさんに呼ばれて僕を助けに来てくれたのだろう。
「あの、ありがとうございます」
「おう、よく1人で戦ったな」
「早く冒険者ギルドへ持ってくぞ。素材が駄目になっちまう」
「2往復で足りると思うか?」
「3だな、俺達が帰ってくるまでは休んでて良いぞ。そっちの嬢ちゃんもな」
1人3体の草原ウルフを紐で括って担いでいる。
「じゃあ俺達が帰ってくるまでに集めて紐で括ってくれ。3体ずつだ」
「分かりました」
「俺達が居ないからって乳繰り合うなよ」
「馬鹿、そういうこと言ったらホントにしねぇかもしれねぇだろ」
「わりぃわりぃ」
そして冒険者達は行ってしまったが、アンナさんはさっきから僕に抱きついたまま離れない。
「あの、そろそろウルフ達を集めて括らないと、あの人達が帰ってきますから」
「……」
「アンナさん?」
「……ルイ様、本当に無事で良かったです」
「僕もアンナさんが無事で良かったです」
「もしルイ様に私の能力が使えたら、私がどれだけ心配していたか見てほしいくらいです」
「それは、ありがとうございます?」
「ふふっ、なんでルイ様が感謝するんですか」
「心配してくれたのは、嬉しいですし」
「もう、……いつも通りのルイ様で安心しました」
「それなら良かったです」
アンナさんは僕に抱き着くのをやめたが、ずっと僕の側からは離れない。
「これ持っときます」
「括りますね」
「あっちのウルフも持ってきますね」
「私もついていきます」
「この3体で括りますか」
「私が脚を持っておきますね」
2人同じ場所で作業をするのは効率が良いとは言えないが、あの冒険者達が帰ってくるまでに全部のウルフを言われた通り縛ることは出来た。
「あれ、もう全部括ったのか」
「だからからかうと本当にイチャつかねぇって言ったんだよ」
「……俺悪いことしたな」
「思いやりがねぇなぁ」
冒険者達の声は聞こえていないフリをして、僕もウルフを冒険者ギルドまで運ぶ。
「俺達は3体で良かったが、嬢ちゃんにはちょいと重かったな」
「申し訳ありません」
「どうせ数的にも最後余るからな。運ぶのは男に任せろ」
アンナさんはウルフが重くて運ぶことができなかったため、何も持たずについてくるだけだ。
そしてあのウルフ達の見張りのために、冒険者の1人が残ってくれている。
「にしても兄ちゃん良く27体も倒したな」
「そんなに倒したとは思ってませんでした」
「こりゃあ期待の新人か?」
「これでHランクなんだろ」
「まぁ今回のでGは確実だな」
「私達はGランクになればこの街を出ていくつもりですので、明日か明後日にはもういません」
「そうだったのか、どこに行くんだ?」
「連合国の方に」
「学園か?」
「学園へ通うわけではありませんが、目指す場所はそうですね」
「ま、野宿さえ乗り切れば、お前らなら大丈夫だろうな」
僕達は冒険者ギルドの裏にある解体所へ草原ウルフを置き、また戻る。
「お、帰ってきたか」
「これで終わりだな。今回は俺がサボって良いか?」
「俺とジャンケンだろ」
「よし、負けねぇぞ」
この人達が居なかったら、暗くなる前に草原ウルフの死体を全て街へ運ぶことは不可能だっただろう。
「アンナさん、こういう時ってお金を渡したりしないんですか?」
「報酬の何割かをお渡しするのが普通ですが、断られてしまいましたし」
「新人に分け前をもらうほど俺らは落ちぶれてねぇよ」
「あ、どうしてもって言うならエールを1杯だけ奢ってくれよ」
「アンナさんいいですか?」
「ええ、では1杯ずつ注文しますね」
お金では受け取れないが、酒なら喜んで受け取ってもらえるらしい。
「よし、これで俺達は満足だ。ありがとよ」
「今日はいつもより美味いエールだな」
「人の金で飲む酒はうめぇ」
「ははは、」
最後にもう一度助けてくれた冒険者達にお礼を言って、僕とアンナさんは依頼ボードの依頼書を引き剥がし、受付へと持っていく。
討伐依頼F
内容:草原ウルフ15体の討伐
報酬:5万G
期間:3日間
「あ、お昼の新人さん」
「この依頼書をお願いします」
「明日受けるために今日依頼を受注しておくことは可能ですが、冒険者ギルドとしては非推奨となっております。そしてこちらの依頼はFランクのものなので、そもそも受けていただくことは出来ません」
「あ、まだ連絡されてないですか?」
「? 何をですか?」
「解体所のおじさんに、後で討伐依頼受付の人に草原ウルフを倒したことは伝えとく、って言われたんですけど」
そう話していると受付の後ろからおじさんがやってくる。
「あぁ、遅くなってすまんな。その子ら草原ウルフ27体分の死体を持ってきたぞ」
「えぇ!」
「他の冒険者からこの子らが倒したことは聞いている」
解体所のおじさんが酒場の方を見てそう言うと、さっきの冒険者達もこちらに気付いたのか手を振ってくれた。
「な、なるほど」
「だから依頼は達成扱いでいいと思うぞ。どうせEランクまではランクなんぞあってないようなもんだ」
「分かりました。ではルイ様、アンナ様はHランクからGランクへ昇格です」
「やりました!」
「良かったです」
僕とアンナさんは手を出し、互いの手を合わせる。
「ギルドカードを出してください」
そう言われてギルドカードを職員さんに預けた。
「ではここで少しお待ち下さい」
「アンナさん」
「はい」
「Gランクに昇格出来ましたし、明日この街を出ますか?」
「そうですね。早く出られるならばその方が良いと思います」
僕は酒場の奥の方に居る今日絡んできた3人組のパーティーを見ながら言う。
「僕も出来れば明日この街を出るのが良いと思います」
「ルイ様はあのパーティーの方々より絶対に強いと思いますが」
「争いたいわけじゃないですし、何も起こらないのが1番だと思いますから」
「ルイ様らしいです」
「お待たせしました。こちらギルドカードです」
職員さんが帰ってきてギルドカードを渡してくれる。
HランクのところがGランクに変わった以外何の変化も見られないが、これで僕達はGランクになったのだろう。
「ではこの場で報酬もお渡ししますね。草原ウルフ15体の討伐依頼達成です。お疲れ様でした」
こうして草原ウルフの素材代に加えて、5万Gというこれまでの依頼とは比べものにならない大金をもらって、僕とアンナさんは冒険者ギルドを出ていくのだった。