「この依頼はどうですか?」
「良いと思います」
「これはどうでしょう?」
「それはちょっとまだ僕には早いかなって」
「では先ほどの依頼にしましょうか」
僕とアンナさんはせっかく冒険者になったなら今から依頼を受けようということで、依頼ボードの依頼書を眺めていた。
納品依頼H
内容:薬草10本の納品
報酬:500G
「じゃあ受付まで持っていきますか」
「そうしましょう」
納品依頼受付と書いてある場所に行き、この依頼書を渡す。
「こちらは特に期限も無いですから、薬草の採取と持ち運びに気をつけて頑張ってください」
「ルイ様、後で私が教えます」
「ありがとうございます」
僕達は冒険者ギルドの中にある酒場の椅子に座る。
「ここで少し食事もしましょう」
「あの、僕はお金を持ってなくて、どうすれば」
「私が持っていますし、元々ルイ様が私と一緒に居たくないと言った場合、お渡しするはずだったものがこちらにあります」
そう言ってカバンから中くらいの大きさの袋を少しだけ僕に見せてくれる。
「この袋の中身は銀貨がほとんどで、金貨も数枚あります」
「食事は1回につき銀貨1枚くらいですか?」
「それは多すぎです。1回の食事で1万Gも使ったらすぐになくなってしまいます。ここだと大銅貨1枚、いえ、銅貨7枚でお腹いっぱいになるまで食べることが出来るでしょう。お酒を頼むとなるともっとかかりますが」
「じゃあしばらくはお金の心配はしなくて大丈夫なんですね」
「はい。ただこれから冒険者として活動していくには装備が必要ですので、その分のお金を引くとあまり余裕はないですね」
今回は店員さんにアンナさんが僕の分まで料理を頼んでくれたので、僕はメニュー表を見て次来た時に頼むものを見ておく。
「そういえば今こんな事聞くのはおかしいかもしれないですけど、アンナさんは僕と一緒に来てくれて良かったんですか?」
僕がアンナさんと一緒にいることを拒否した場合に渡すお金を用意していたと、アンナさんはさっき言っていたが、なぜそこまで僕のことを考えてくれるのだろうか。
他の使用人は皆居なくなったのに、アンナさんだけは僕が僕である前から気にかけてくれていた。
「私はルイ様、いえ、ここではライ様と言いましょう。ライ様があのまま家を放り出されてしまえば、今まで貴族だった子どもが1人で生きていけるはずもなく、すぐに倒れてしまうと思っていました。かといって私もライ様の生活が安定するまで面倒を見るつもりはありませんでしたので、少しでもライ様の生きていく基盤を整えてあげられたなら、私は自分の生活のためにライ様の元を去るつもりでいたのです。結局ルイ様が来てくれたので私は今もこうしてお側に居るのですが」
色んな冒険者が近くに居るのにも関わらず、アンナさんは僕の手を取り、テーブルの上でその手を両手で包み込むように握る。
「私はルイ様と一緒にこれからも居たいと思っています。これは同情なんかではありません。ただ、今ルイ様の気持ちを聞くのはずるい気がするので、ルイ様がこの世界に慣れるまでは私と一緒に居てください。その後はルイ様の自由にしていただいて構いませんので」
「えっと、僕はアンナさんに今居なくなられたら困りますけど、たぶんこれから先もそうなんだろうなって気がしてて。なので、もしアンナさんが良いなら、これからも一緒に居てくれると、助かります」
今言ったことは紛れもなく本心ではあるが、自分の発言を思い返してみると恥ずかしくなってきた。
「ルイ様!」
「うぇっ、あ、アンナさん!」
アンナさんは周りの目など気にせず、テーブルの上から体を乗り出し僕へ抱きついてきた。
「そこの若いの! 見せつけてくれるねぇ〜」
「乳繰り合うなら他所でやれー」
「まぁたまには幸せそうなのを見て飲む酒も良いな」
周りの冒険者達にヤジを飛ばされ、僕はアンナさんを優しく引き剥がそうとするが、結局注文した料理が届くまで離れてくれないのだった。
「ルイ様はもう食べなくて大丈夫ですか?」
「はい、もうお腹いっぱいです」
冒険者ギルドで食事をしたが、思ってたよりも量が多くてビックリした。
「では薬草の採取に行きましょうか」
「そうですね」
僕はアンナさんについて行き、街の外へ出る。
「ここからはモンスターが出てくる可能性があるので注意してくださいね」
「あの、何も武器が無いのはどうすれば良いですか?」
「今はこちらの武器を使ってください」
そう言ってアンナさんが出してくれたのは綺麗な模様の入った短剣だった。
「え、今その短剣どこから出しました?」
「こちらもルイ様にお渡しする予定だった収納の指輪です。ただ、こちらの指輪はもう少し私に使わせていただけないでしょうか?」
「あ、そういう凄いアイテムがあるんですね。これからもアンナさんが使った方が僕よりも有効活用してくれそうなんで、どうぞ使ってください」
「……ありがとうございます」
「じゃあ武器はこの短剣で、モンスターが出てきたら倒すって感じですか」
「はい、防具はこの辺りに出てくるモンスターであれば必要ないと思います」
僕達は雑談をしながら街の周りを歩いていく。
「もう少し遠くへ行けば薬草も見つけやすいと思うのですが、街から離れると危険ですのでこのあたりで探しましょう」
「分かりました」
「……」
「……あの」
「はい、どうされましたか?」
「薬草の見た目を知らないですし、どんな風に生えてるのかも知らなくて」
「確かにそうですね、まずは私が見つけます」
「すみません」
全然何の役にも立つことが出来なくて、僕は少しこれからの自分が不安になる。
もし戦いの能力も無くて、アンナさんのような能力も無くて、このまま世の中のことを何も知らないままだったら、これからどうすれば良「ルイ様見つけました!」
アンナさんの声で意識が引き戻される。
「ありましたか?」
「はい、これです」
「これが薬草」
「ゆっくりと根っこの部分まで全て引き抜いてください」
「分かりました」
アンナさんのおかげで僕も薬草の形を何となく覚えることが出来た。
「お、あった」
「ルイ様流石です!」
「……よし、これで2本だ」
「この調子でどんどん見つけましょう」
「そうですね」
そして僕には薬草集めの才能があったのか、アンナさんが1本見つける間に3本は採取している。
「ルイ様は天才です!」
「ありがとうございます」
「本当に初めてですよね?」
「実物を見たのもさっきのが初めてだと思います」
「もしかしたらライ様の能力をルイ様が引き継いでいるのかもしれないです」
「えっと、ライはどんな能力を持ってたんですか?」
「どんなことでも少し練習すれば、すぐできるようになっていましたね」
僕はもうほとんど過去のことは分からないが、もし僕がライのその天才的な能力を引き継いでいるのならありがたい。
「少しでも僕にその力があるなら良かったです」
「ルイ様はもしかしたら他にも色々なことができるかもしれません」
「まぁでも、今はアンナさんと2人で暮らしていく事が出来たらそれで良いです」
「そ、そうですか。わ、私はもう少し薬草を探してきます!」
「はい。僕ももうちょっと探してきますね」
こうして僕達は手分けして集めた結果、30本の薬草を集めることができた。
「少し取り過ぎました」
「そうなんですね。僕は取り過ぎかどうかも分からなくて」
「いえ、私がもう少し早く切り上げることをルイ様に言わなかったのが駄目でした。ルイ様は何も悪くありません」
「アンナさん、本当にありがとうございます」
アンナさんは僕がこの世界に来てからずっと味方で居てくれるし、本気で僕のことを考えてくれてるのが伝わる。
「では帰りましょうか」
「そうですね」
こうして僕達は薬草を2人で分けて持ち、冒険者ギルドへ帰ることにする。
「そろそろ暗くなってきましたけど、今日はどこで寝るんですか?」
「冒険者の方が良く泊まっている宿を教えてもらって、そこに泊まろうと思っています」
「じゃあそこで食事も?」
「そうですね。そうしましょう」
僕達は冒険者ギルドに着き、薬草を30本納品してオススメの宿屋を聞く。
「近くの宿屋に行きましょうか」
「そうですね」
冒険者ギルドでオススメされた宿屋の中でも、冒険者ギルドに近い宿屋へと行く。
「ルイ様、私がお部屋を確認してきますから、テーブルを見つけていただいても良いですか?」
「分かりました。座れるとこ探してきますね」
アンナさんに今日泊まる部屋の予約は任せることにして、僕は2人で食事ができる席を探す。
「あそこにしようかな」
空いていたテーブルを見つけ、少し他の冒険者から絡まれたりしないかビクビクしながら、僕はアンナさんを待った。
「あ、ルイ様。お部屋は取れました」
「ありがとうございます」
「では食事にして、今日はルイ様も慣れないことをしたと思いますし、このあとはすぐ寝ましょうね」
「はい」
アンナさんは僕のメイド兼お母さんみたいな存在になってきたが、アンナさんのおかげで僕は今こうして生きていられることにちゃんと感謝して、またいつの間にかアンナさんが注文してくれた料理を僕は食べるのだった。