「あの、1人で歩けますから」
「新しいライ様は初めてこの世界を歩きますから。私が護らないと駄目なんです!」
かつての僕は15年、今の僕は大体30分から1時間ほどお世話になった家を出て、色んなお店のある商店街の方へとやってきたが、ずっとアンナさんが僕の手を離さない。
「何度も言ってますけど、僕にはライの記憶がありますから」
「でもそれは記憶だけです。新しいライ様には初めてのことですから、私がエスコートしますし、絶対に離さないでくださいね!」
「はぁ、分かりました」
アンナさんの勢いに勝てるわけもなく、僕は少し恥ずかしい気持ちを隠しながら手を繋いでアンナさんと歩く。
そして僕のこの口調は自然と出てくるもので前の僕とは違うが、今の口調で良いとアンナさんは優しく言ってくれた。
「まずはこの街を見て回りましょうね」
「確かに僕の記憶でもこの辺のことは知らないですね」
「貴族様は基本的にこのような平民が大勢いる場所には来ないですから」
「じゃあアンナさんについて行きますね」
「はい! と言っても私もあまり来たことはないです」
「え、」
アンナさんは何でも自分に任せろという雰囲気で、頼れる女性ってイメージが強かったのに、今の発言で急に不安になった。
「私もほとんどライ様のお世話で家に居ましたから。もしかすると私がブロフォント家のメイドとして雇われた後、ライ様よりも外へ出ていないかもしれないです」
そう言って恥ずかしそうに笑うアンナさんは、それでも自分がエスコートするという意思は強く、僕の手を強く握りしめ腕を引っ張る。
「あの、なんでそんなに自信満々なんですか?」
「それは新しいライ様を導くのは私だからです!」
「あの、」
「これは私の本心です。ただ、それ以外の理由として、私は自分の能力を信じてますから」
「能力? あぁ、確かにそれはそうですね」
うっかりしていたが、アンナさんは人の心が読めるんだった。
「それってどんな感じで分かるんですか?」
「そうですね、少しここから離れましょうか」
アンナさんは人が通らない道の端っこまで僕を引っ張っていく。
「ここなら誰にも聞かれないですね。一応今から話すことは誰にも言わないでください」
「分かりました」
「私は人の心を読むことが出来ます、と言ってブロフォント家の使用人の面接を受けました。私はすぐ同じ面接を受けていた他の方々とは離され、別室で何度もこの能力の証明を行った後、見事メイドとしてブロフォント家に雇われることになったのです。そしてライ様のメイドとして働くように言われたのですが、もしかするとライ様と私の年齢が近かったことも受かった要因の一つかもしれませんね」
「そうだったんですね」
「しかし、これは私の能力の説明としては不十分です。私は見ただけだとそれほど詳しく相手の考えていることが分かるわけではありません。この能力を最大限発揮するには、対象の人物に触れる必要があります」
「えっと、じゃあもしかして今僕の考えていることは、アンナさんに筒抜けってことですか?」
「能力を使えばそうですね。安心してください、私はライ様が別人だと感じたあの瞬間以外、この能力を使っていません」
僕はそう聞いて少しだけ安心する。
「何か失礼なことを考えていたのですか?」
「え、いや、失礼なこと、なのかな?」
「何を考えていたのですか?」
「いや、えっと」
「隠しても無駄ですよ。心を覗いたらすぐ分かりますから」
「アンナさんに嘘を付くとすぐバレそうですね」
「そうやって話を逸らさないでください」
「えーっと、アンナさんの年齢がいくつなのかなって気になってました」
「そのようなことですか。私は17歳ですよ」
「え?」
「え? ってどういうことですか? 先に言いますね、ライ様の心を覗きます!」
「ちょっと待って!」
そう言って僕の心を無理やり読んだアンナさんは、目を閉じて顔を伏せた。
「あの、アンナさんがお姉さんっぽいというか、いや、僕が子どもっぽいのかな? その、もう少し歳上だと思ってました」
僕はなんでアンナさんの年齢の記憶が無いんだと、前のブロフォント・ライに文句を言いたい。
「あの、アンナさんの気分を悪くしちゃったならごめんなさい」
「……」
「えっと、ご飯でも行きますか、って言っても僕は何も持ってないし、えっと、あの……すみませんでした」
顔を伏せて黙ったままのアンナさんに僕は謝ることしか出来ない。
「……っふ。ふふふっ、ごめんなさい。ライ様の焦る様子がリアルタイムで分かって面白かったので」
「はぁ、アンナさんが怒ってなくて良かったです」
「あ、今心からライ様が安心したのも分かりました」
「えっ、まだ僕の考えてること見てるんですか?」
「あ、また焦った」
「僕で遊ばないでください」
「あぁ、もう感情が落ち着いちゃいました。これ以上は覗いても面白くないと思うのでやめますね」
アンナさんはそう言って能力を使っていないとアピールしてくるが、少しだけ警戒してしまう。
「あ、まだ警戒してますか?」
「それは能力でそう思ったんですか?」
「違います。あぁもう、こういう使い方をしたら相手の信用を失うって学んだはずなのに」
そう言うとアンナさんは僕の前に立ち、綺麗なお辞儀と共に謝罪の言葉を伝えてきた。
「本当に申し訳ございませんでした」
「いや、そこまでのことじゃないですから」
「いえ、この能力は長い時間一緒に居れば居るほど、嫌われる能力なんです。ですのでこういったことはきちんと謝罪しないと、私はライ様に嫌われてしまいます」
「あの、本当に大丈夫ですから。取り敢えず横に座ってください」
「ありがとうございます」
アンナさんの過去にどのような事があったのか分からないが、今までにないほど真剣な表情で、能力なんて使わなくても後悔していることは僕にも分かった。
「じゃあちょっと聞きたいことを聞いていって良いですか? さっきみたいにアンナさんの年齢とか、絶対に過去に聞いたことがあることでも、僕の記憶に残ってないものっていっぱいあると思うので」
「そうですね。私に何でも聞いて下さい!」
ということで質問していこうと思ったが、いざ何か聞こうとすると何も思い浮かばない。
「取り敢えず質問の前にさっきの話の続きなんですけど、結局アンナさんの能力って心が読めるんですよね?」
「あぁ、そうでした。相手に触れている時は考えていることが詳しく分かることと、あとはその人が悲しい気持ちになったら私も悲しくなりますし、嬉しい気持ちなら私も嬉しくなります」
「え、そんなこと」
「そんなことじゃないですよ! 私嬉しそうな人に触れてこの能力を使ったら、私もすぐ嬉しくなれるのですから」
その能力よりよっぽど相手の思考を読める方が使えそうだ。もしかしてアンナさんって意外とポンでコツな人なのか?
とそんな事を考えて今能力を使われたら、アンナさんをポンコツだと思ったってバレてしまう。早く質問に移ろう。
「じゃあ質問にいきますね。えーと、アンナさんの趣味は?」
「私の趣味は料理と掃除です」
「それだとメイドはアンナさんにとって天職だったんですね」
「えっと、そうとも言いますし、そうでないとも言います」
「メイドさんのお仕事ってそういうのじゃないんですか?」
「仕事内容はそういった事が多かったです。ただ、色々な方と接する機会が多くて、私はあまり人と関わるのが上手ではないため、その点ではメイドが自分に合っているとは思いませんでした」
「なんかまた想像してたアンナさんと違いました」
「ガッカリさせてしまってすみません」
「いやいや、そういうわけじゃないです。記憶の中でもアンナさんは仕事ができて凄い人だなって思ってたので」
前の自分がアンナさんに持っていた苦手意識は、自分の考えていることを読まれてしまうということ以外にも、いつも勉強や運動をするように話しかけてきて鬱陶しいからというのもあった。
「あの、今更ですけど前の僕のことって、アンナさんはどう思ってたんですか?」
「それは、本人に言っても良いのでしょうか」
「本人ですけど、別人ですから」
「確かに前のライ様ならそのような言葉遣いをするはずがありませんしね。分かりました、前のライ様の印象をお話します。決して今のライ様じゃないですからね」
「お願いします」
「正直に申し上げますと、想像していた通りの貴族の息子だなという印象です。貴族は貴族、平民は平民。どれだけ優秀でも平民は貴族と違う生き物だという思想は、私の能力を使わなくとも感じられました。ただ、悪い人ではなかったです。勉強はサボりますし、運動はしませんし、それでいてご両親の前ではいい格好をしたがる、その点を除けばとても優秀な方だったと思います。他の貴族の方とはあまり関わりがなかったですが、本人はお父様とお母様が大好きでしたので、もしご両親がまだ生きていて、あなたが前のライ様のままであれば、今年から通うことになっていた連合国の学園へ行くことに泣いて抵抗したでしょう」
不思議なことに両親への気持ちはあまり残っておらず、なんなら地球の僕の記憶が思い出せないのと同じくらい、記憶にポッカリと穴が空いているような感じがする。
「親の記憶が無い、もしかしてこの記憶はもらえなかったのか?」
「思い出せないのですか?」
「そういえば今考えると他の記憶も曖昧なことが多くて、何でだろう」
「また私の能力を使ってもよろしいですか?」
「お願いします」
そしてアンナさんに言われた通り、僕は記憶を掘り起こそうとする。
「ご両親のことを思い出して」
「はい」
「次は使用人のことを」
「はい」
「私のことを」
「はい」
「……ありがとうございました」
目を閉じて少し考えている様子だったが、こちらを見てアンナさんが口を開く。
「分かりました。おそらく前のあなたの記憶が消えただけでなく、前のライ様の記憶もほとんど消えています。あまりにも思い出が少ないですし、はっきりとしない記憶が多すぎるので」
「……そうですか」
「あの、大丈夫ですか?」
こういった時に能力を使わず僕に聞いてくれるのは嬉しい。
「はい。正直何とも思っていません、と言ったら嘘になりますけど、大丈夫です。そもそも前の僕の記憶がないのでそのせいでしょうね。物覚えが悪くなったのならちょっと困りますけど」
「ふふっ、そうですか。会話は出来ていますしおそらく大丈夫だと思いますが、それは今後調べていきましょう」
「そうですね」
「では少し休憩し過ぎましたから、まず行かないといけない場所があるのです。行きますよ!」
「あ、ちょっと、ついて行くので引っ張らないで!」
こうして僕はアンナさんに手を引かれ、また人通りの多い商店街の方へと向かうのだった。