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神様に愛されなかった僕、貴族に転生した2秒後に平民落ちしたけど、メイドが愛してくれるので今日も幸せです
神様に愛されなかった僕、貴族に転生した2秒後に平民落ちしたけど、メイドが愛してくれるので今日も幸せです
水の入ったペットボトル
異世界ファンタジー冒険・バトル
2025年01月14日
公開日
5.8万字
連載中
 僕は突然神様に不思議な空間へ呼び出されたかと思えば、自分にそっくりな貴族の男の子と身体を交換しないかと言われた。

 詳しく話を聞いてみると、そこは僕が夢にまで見たモンスターや冒険者が存在する世界らしい。
 目の前の男の子はもうその世界ではないどこか平和な世界へと行きたいらしく、その願いを叶えるため魂を交換しても身体の負担が少ない者を探した結果、僕が選ばれたのだとか。

 さっきから神様がこの男の子には転移って言ってるのに、僕には転生って言ってくるんだよな。転生って元の身体が亡くなった時に言うんじゃなかったっけ?
 
 そんな事を少し思いながらも僕はこんなチャンスを逃すわけにはいかないと、神様に言って魂を交換してもらったのだが……

 
「あの、え、貴族じゃない?」


 これは転生して2秒で平民落ちした主人公と、その主人公に甘々で一生懸命支えようとするメイドの物語。




 この作品は「小説家になろう」様、「アルファポリス」様、「カクヨム」様にも掲載しています。

第1話 転生先は貴族って言いましたよね?

「この瞬間からライ様はブロフォント家の名を使用することが許されなくなりました」

「はい?」

「この家もライ様のものではないですし、すぐに立ち去るようにと言われております」


 僕は転生して目を開けた瞬間、黒髪ロングの綺麗なメイドさんが居るなと思ったらこんなことを言われた。


 黒い髪は背中の辺りまで伸びており、濃紫こむらさきの瞳は真っ直ぐに僕を捕らえている。

 潤った唇、整った顔に、その華奢な体をかがめて座っている僕を斜め上から見下ろす彼女は、少し冷たさを感じる表情をしているが笑顔になればおそらく……え、今なんて?


「あの、え、貴族じゃない?」

「はい、もう私以外の使用人は出ましたので、この家には私達で最後です」


 全く意味がわからない。

 僕は貴族の息子だと言われて、このライという自分そっくりな男の子に代わって、今いる世界へ来たというのに。


「あの、少しだけ待ってもらえますか?」

「は、はい。あの、急に私へそのような言葉遣いをするのはおやめください」

「え、あぁ、分かった」


 まだここが地球である可能性はほんの少しだけあるが、この状況はどう考えても転生した後だろう。


「(僕は誰だ? ここはどこ? 本当に僕は転生したのか?)」

「ライ様?」

「うぅぅ、急に頭が!!」

「ライ様! 大丈夫ですか!」


 突然襲ってきた頭痛により、僕、いや、俺が転生したこのライという人物の記憶が流れ込んでくる。


「そうか、俺は親を事故で失って……それに、君は確か人の心が読めるって言われたような」

「ライ様? ……!? あ、あなたは誰ですか!」

「えっと、取り敢えずこの家を出る前に、状況を整理しないか?」

「ライ様じゃない? いやでもライ様で間違いないはず……」

「アンナさん、だよね。取り敢えず俺が誰かってことも説明するから」


 俺はメイドのアンナさんにそう言って、この状況の説明をする。


「まず俺はこの世界の人間じゃない。神様と、この身体のライって男の子と話して、お互いの身体を交換することにしたんだ」

「確かにライ様は神に愛された子だと当主様が仰っていましたが、そんなこと出来るはずがありません」

「えっと、昔教会で祈りを捧げたら神様と話すことが出来てね。何でも1つ願いを叶えてあげるって言われて、困った時に助けて欲しいって願いを言ったんだ。確かその時にこの身体から神聖な力が湧いてきて、周りのシスターや神父が俺に向かって祈りを捧げてきたんだよ。その後すぐに神様がその場にいた人達の記憶を消したんだけど、俺が神様に愛された子だってことを、両親だけは忘れないようにしてくれたんだって」


 徐々にこの身体に馴染んできたのか、自分がライであるという意識になってきた。


「ごめん、もう前の自分のことを忘れそうだから先に話すね。今話したのはライのことで、今から話すのはこの世界じゃない俺のこと。俺はこことは違う世界で生きてたんだけど、気が付いたら神様らしき人とライっていう自分にそっくりな茶色い髪と瞳の男の子が居て、お互いの身体を、魂を交換しないかって言われたんだ」


 ライは俺よりも少し年下で、表情もあまり読めないような男の子だった。

 俺は確か黒髪黒目で、ライよりは背が高かったけど、ライは俺なんかよりもカッコよくて、全てが俺の上位互換みたいな、そんな男の子だった。


「その時ライは自分が貴族の息子で、何の不自由もない生活を送ってるって言ってたから、モンスターや冒険者がいる世界に興味があった俺は、すぐにその提案を受け入れた。今思うとほぼ騙されたようなものだったんだけど、今その話は良いや」


 ライの記憶が流れ込んできたからこそ、この世界にライが絶望していたことは分かる。

 何故かライの記憶も少し足りないように思うのは、たぶん俺の気のせいだろう。


「それでさっき転生して目を開けたら、アンナさんに貴族じゃなくなるって話をされてね。もう訳が分からなかったんだけど、今ライの記憶が流れ込んできて、自分の状況を把握できたって感じかな」


 こうやって話している間にも、前の自分の記憶が失くなっていく。


「施設で育ったから親は居ないけど、せめておじさんおばさん、友達にはお別れの挨拶したかったなぁ」


 もうおじさんとおばさんが自分にとってどういう存在だったのかも、友達がどんな名前だったのかも思い出せない。


「あと少しで俺は前の記憶を失ってしまうと思うんだけど、それまでもう少しだけ待って欲しい、です」

「そ、そうですか」

「大丈夫、たぶんすぐ終わるから、その後は大人しくこの家を出るよ」

「……あの、前のあなたの名前はまだ分かりますか?」


 アンナさんは俺の話を信じてくれたのか、前の俺の名前を聞いてくれた。


「ううん、神様に名前だけは先に消されたんだ。魂を入れ替える時に悪い影響を与えるからって」


 正直あの瞬間は何とも言えない気持ちになった。俺の名前は消されたのに、このライという男の子の名前は残ったままで、あっちの俺の名前もライに変えるって言われて、俺の存在したことが全部書き換えられていくのは辛かった。


 あの神様は俺のための神様じゃなくて、ライのための神様で、お前を愛してると言ったあの言葉は、俺に向けられたものではなく、ライに向けられた言葉だった。


 今思うとライには転移って説明して、俺には転生って言ってたのはこういうことだったのだろう。

 俺も魂を交換するなら名前くらい捨てる覚悟だったけど、目の前で自分の存在だけが書き換えられていくのを見た時、これは俺が転生するんじゃなくて、ライが転移するための儀式なんだって理解させられた。


 でもそれでも良かった。最悪俺の存在なんて消してしまって、ライだけがあっちの俺に乗り移った可能性だってあった気がするし。

 俺にあの神様を恨むような気持ちはない。むしろ俺の意識を残したままこのライの身体へ転生させてくれたこと、ライのおこぼれを貰えたことに、ライにも神様にも感謝している。


 ただ、今になって少しだけ、ほんの少しだけ思う。何で俺の目の前で、俺に分かるように、俺の存在を消したのかと。

 先に俺を転生させて、神様とライの2人でやれば良かったのに。そしたら俺が神様に少しでも嫌な気持ちを抱くこともなかったのに。

 俺の存在が消えていく時ライが嬉しそうにしていたのは、自分が特別な存在だと感じられたからだろう。

 まさか俺の表情を見て楽しんでいたはずはない、と俺は思いたい。


 でもこんな気持ちも前の俺と一緒にもうすぐ失くなってしまうのだろう。それなら神様が俺の存在を気にする必要なんて無い。仮に俺が神様とライを恨んだとしても、すぐ忘れてしまうのだから。


「いや、ライを恨んでたら俺はここに居なかっただろうな」


 ライを恨まなかった俺、良くやった。ありがとう。


「あぁ、ちょっと色々考えちゃってた。えっと、名前だよね」

「……はい」

「どんな悪い影響を与えるのかは分からないけど、すぐ消されちゃって。まぁ結局あと少しで前の俺は思い出せなくなるっていうか、消えちゃうっぽいし? 魂は変わらないから俺は俺なんだろうけど、ってこんなこと言っても困るよね。でも何でアンナさんは俺の前の名前が知りたいの?」 

「そんなのあなたが泣いてるからじゃないですか!」

「えっ?」


 頬に触れてみても涙は流れていないし、泣いていると言われても意味がわからない。

 記憶が失われていくことに少し悲しい気持ちはあるけれど、これまで生きてきた前の自分が消えていくこの時間を、最後の瞬間まで大事にしたいと思っていただけだし。


「別に俺は泣いてなんか「心が!!!」」


 アンナさんは俺の魂を震わせるような叫び声で、俺の言葉を遮ってきた。


「心?」 

「あなたの心が、泣いてたんです。もう今は、それも分からなくなりましたけど。とても優しいあなたの、あなたの……ゔぅ」

「……そっか、ありがとうアンナさん。俺の代わりに泣いてくれて」

「私も、急に大きな声を出じで、ひっぐ、ずみまぜんでじだ」


 俺はライという男の子が、自分の身体と俺の身体を交換したいという話を持ちかけてきた時、この目の前にいるアンナさんに、心を読まれるのが嫌で代わりたいと、そう言われた。

 今は両親が死んでしまって、自分が貴族でなくなってしまうこの状況に困ったというのが1番の理由だということは、本人の記憶からも分かっているけれど、アンナさんが苦手だというのも本心であったはずだ。


 そして俺は今その苦手だったアンナさんにとても感謝しているし、俺はアンナさんのことを苦手だなんて全く思わない。

 頭の中には色んなアンナさんの記憶がぼんやりとあるけど、俺として、新しいライとしてアンナさんと関わったこの数分間で、これまでのアンナさんへの意識が変わったのは良かった。

 このことだけでも自分がライという別人の代わりになったのではなく、俺としてこのライという男の子になったのだと感じることができて、自分の存在を確かめることができたようで、安心したと同時に嬉しかった。


「あの、取り敢えずこれからどうすれば良いのか分からないけど、少しだけアンナさんの助けを借りても良いですか?」

「ゔぅぅ、はぃ。わたじが、あなたを、絶対に護ります!」


 こうして涙でグシャグシャのアンナさんと、転生して2秒で平民になった俺は、俺達以外誰も居なくなったこの大きな家で、記憶が全て失くなる瞬間が訪れるのを待つのだった。




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