きらびやかな衣装に身を包んだ貴族たちが集う、王家主催の華やかな夜会。
この日も当然、軽やかな音楽の調べに乗って皆が楽しげに語らい踊る光景が広がっている、はずだった。
けれどこの日は――。
「あなたはデジレ殿下の婚約者にふさわしくないわ。ニナ」
ニナと呼ばれた可憐な装いの令嬢が、ゆっくりと振り返った。
「何か言った? ラリエット」
「あなた、今日も昼の祈りをサボったでしょう。一体どういうつもりなの?」
「だって、デジレ殿下がどうしても会いたいっておっしゃるんだもの。殿下にそう言われたら、あなただって飛んでいくでしょ?」
瞬間ラリエットの口元がくやしそうに歪んだ。
「だ……だからって、聖女の務めはおろそかにしていいものじゃ……」
しぼり出すような声に、ニナが笑い声をあげた。
「ふふっ。もしかして、それ嫉妬なの?」
「……っ⁉」
「いくら自分は誘ってもらえないからってそんなこわい顔、しないでくれる?」
「わ、私はそんなつもり……」
「ま、あなたが笑ったらかえってこわがらせてしまうかもしれないわね。なんたって不機嫌聖女様、だもの」
「……」
ざわり、ざわざわ……。
その言葉に観衆はどよめき、ラリエットの口元はぎゅっと固く引き結ばれた。
「……と、とにかく! まずは聖女としての務めもちゃんと果たしてちょうだい! 務めも満足に果たせない人に、王族の伴侶なんて務まるはずないんだから」
「あら。優秀なあなたならひとりだって平気でしょ? 私は殿下の婚約者として頑張るから、あなたはひとりで務めを立派に果たせばいいわ」
「そんな……」
明らかに上から見下ろした物言いに、おしゃべりと楽隊の楽器の音がぴたりと止み、場がしんと静まり返った。
隠し切れない好奇の色をにじませ、観衆はふたりのやりとりにごくりと息をのむ。
「……あ、あなたは聖女としての責任感も矜持もなさすぎるわ。ハリボテならハリボテらしく、少しは努力で補ったらどうなの?」
「……なんですって?」
ハリボテ、というのは、禁句中の禁句だった。
余裕しゃくしゃくといった笑みを浮かべていたニナの顔が、ピクリと歪んだ。
「ふんっ! あなたこそ、もう少しその陰気で野暮ったい見た目をどうにかしたら? 不機嫌聖女!」
「ぐっ……!」
「……それに」
「……?」
何かを言いかけふと髪に手を伸ばしたニナを見て、ラリエットがはっと息をのんだ。
「これ、殿下が私にってくれたのよ。素敵でしょ?」
薄紫色の石がはめ込まれた髪飾りをこれみよがしに見せつけたニナに、ラリエットは言葉もなく唇を嚙みしめた。
それを見ていた観衆は、瞬時に察した。
デジレ王子の目の色は、髪飾りにはめ込まれた石とまったく同じ薄紫色。
自分の髪や目の色を模した贈り物は、ごく親しい間柄――つまりは恋人であるとか婚約者、もしくは伴侶に対してに限られる。常に自分のそばにいてほしい、そんな思いを込めて贈るのだ。
ということは――。
「鈍いあなたにだってこの意味……、わかるでしょ? ラリエット。デジレ殿下は私を選んだのよ」
ニナの真っすぐな自信に満ちた眼差しに見すえられ、ラリエットがよろり、とよろめいた。
けれどどうにか足を踏ん張り、ニナをきっと見すえた。
「……まだ発表はされてないもの! そんなの……わからないわっ」
「あら、あきらめが悪いったら。ふんっ」
バチバチと音が出そうな勢いで、ふたりは再びにらみ合った。
にらみ合うふたりは、この国のれっきとした聖女だった。
ひとりは聖女の始祖の再来と名高い、実に優れた聖力を備えたラリエット。
もうひとりは、見た目はいかにも聖女らしい可憐な風貌をしたニナ。
聖女信仰が深く根づいたレイグランド国にとって、聖女は特別な存在だった。
国を守り民を癒す聖女がふたりも現れた今代は、きっと平穏な空気に満ちた素晴らしい御代になるに違いない。
誰もがそう思っていた。
なのになぜ平穏と幸せの象徴ともいえるふたりの聖女が、国王と側妃とが臨席する華々しい夜会で、こうもみにくいののしり合いを繰り広げているのか。
そのはじまりは半年ほど前、建国記念の式典にさかのぼる。
『今日より、デジレ王子の婚約者を決めるべく婚約者選定をはじめる! ラリエット、ニナのどちらがデジレの未来の伴侶としてふさわしいか、見極めることとなる。皆もそれをしかと見届けよ!』
建国記念の式典の最中、現国王陛下が民に向かい宣言した。
亡き正妃の忘れ形見で、もっとも次期国王の座に近い第一王子デジレ。その伴侶となる婚約者を、ふたりの聖女のうちのどちらかとする、と。
どうやらそれは、国王の独断であったらしい。
急に発表されたその話に、重鎮たちや貴族たちはどよめき、民はわき返った。
現国王の伴侶であった亡き正妃もまた、聖女だった。
他国から迎えた側妃はいるものの、それはあくまで外交上の利があってなされたもの。側妃との間にふたりの王子は誕生したが、国王の愛は側妃自身にも、側妃が産んだ子にも向くことはなかった。
王妃が身罷り十年の時が過ぎた今、最愛の伴侶を失った国王は以前の威厳もやる気もすっかり失い、最近では心身の調子も芳しくない。
そんな状況下でなされた、国王自らの意志による独断での発表だった。
――聖女と縁を結びし御代は、天からの大いなる祝福により永らく栄え平穏となる。
そんな言い伝えのあるこの国において、聖女との婚姻は珍しくない。
歴代の聖女たちも、中には騎士や高位の貴族と婚姻した例はあるものの、ほとんどが王族と縁を結んでいた。
そしていよいよ今度は、デジレ王子の御代がやってくるのだ。
皆が期待に、胸を膨らませていた。
それがまさか、ふたりの聖女の対立という残念な結果をもたらすことになるなど思いもせずに――。