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第22話

オークの巨躯は制服のボタンが弾けんばかりに膨れ上がり、その醜い顔には刺青めいた模様が刻まれている。

エルフは本来優雅なはずの長い耳にピアスを詰め込み、整った顔立ちは殺気によって歪んでいた。

トロルに至っては制服の袖を引き千切り、青灰色の筋肉を露わにしている。


──そして。


彼らの目は一様に、獲物を見つけた野犬のようにギラギラと輝いていた。


(はぁ……また来たっスか。社会のゴミクズ共が)


ユミルは心の中で深いため息をつく。

また社会の底辺が群れを成して襲ってきた……。この学園には、ゴミクズが湧いてくる装置でもあるのか?

今や自分は「英雄直伝の魔導弾」という切り札を手にしているというのに、こんな下らない連中に絡まれるのは心底面倒くさい。


だが──。


(ん~……?なんかヘンだな、こいつら……)


ユミルは目の前のゴミ共から違和感を感じ取っていた。

今までの不良とは何かが違う。その目つき、佇まい、そして纏う空気。

軍隊のように統制が取れているその様は、ただの不良集団とは思えない雰囲気を漂わせていた。


「お、おい……ユミル」


ヌゥモは翼を震わせながら、おずおずとユミルの耳元で囁く。


「やべぇよ……あいつら、ゼノンの配下だ……」

「ゼノン?あぁ、なるほど」


ユミルは納得するように頷いた。


ゼノン──その名前を聞いた途端、先ほどまでの違和感が氷解した。

学園最上級生である4年のゼノンは、人間でありながら『最強』の二文字を欲しいままにする男。

オークもトロルも、荒ぶる異種族ですら恐れをなす程の実力者。そんな彼をトップに戴く武闘派集団は、学園内で絶大な影響力を持っていた。


(なるほど、ただのクソ不良じゃないみたいっスね)


今目の前にいる連中も、明らかに「素人の不良」とは一線を画す雰囲気を纏っている。

数日前までのユミルなら、この状況で間違いなく尾びれを震わせながら逃げ出していただろう。

そう、か弱き美少女人魚ちゃんとして──。

だが今は違う。


(へへ〜、怖かったハズのゴミ共が、なんだかカワイく見えてきちゃったっス)


懐の中の魔導弾が、彼女に異常な自信を与えていた。

アルヴェ直伝の破壊兵器を手にした今、目の前の不良など「社会のゴミクズ」以外の何者でもない。


「火柱ねぇ。……で?」


ユミルは意地の悪い笑みを浮かべながら、わざとらしく首を傾げる。


「もしかして……アタシが上げたとしたら、なーんかいけないことでも?先輩さぁん?」


その皮肉めいた口調に、不良達の表情が一瞬で険しくなる。


「!?ユ、ユミル!?」


ヌゥモの顔が見る見る青ざめていく。


「その魔術……テメェ、『裏の支配者』の関係者だな?」


オークの不良が一歩前に出る。


「ゼノンさんが、アイツのことを探してる。お前には少し付き合ってもらおうか」


その声には、明らかな殺気が込められていた。

だがユミルは、その殺気さえも愉快な玩具のように感じていた。


「へぇ〜、先輩方は『支配者』を探してるんスか?」

(支配者?ま、きっとあの狂った男のことでしょ)


彼女は勝手に納得しながら、懐の中の魔導弾を握りしめる。

この数日で、彼女の脳内はすっかり「英雄様仕様」に改造されてしまっていた。


(さーて、つまんない話は聞き飽きたっス。とりあえず魔導弾でぶっ殺しとくか~ぎゃはは!)


かつての臆病な人魚少女の面影など微塵もない殺伐とした思考。

無駄にずる賢い彼女は、戦いというものは相手の殺意より先に仕掛けた方が勝つということを理解しているのだ。


「それじゃあアタシの出番っスね!」


ユミルは意地悪く笑みを浮かべながら、大げさにポーズを取る。


「なんと!支配者様の一番弟子!大魔術師ユミル様の登場っス!アルヴェ様に会いたいなら、この偉大なるユミル様を倒してからにするっスよ〜!」


その芝居がかった台詞には、明らかな嘲りが込められていた。

そして彼女は──魔導弾を不良達の足元に向かって全力で投げつける。


「!?」

「凍りやがれェ!ウルトラブリザードフリーズ!!」


ユミルの投げた魔導弾が地面に触れた瞬間、眩い青白い光が辺りを包み込む。

轟音と共に、まるで極地から切り取ってきたような凍てつく冷気が四方八方に広がっていく。

空気中の水分が一瞬で氷結し、無数の霜の結晶が舞い散る中、不良達は悲鳴すら上げる間もなく凍りついていった。


「こいつ……!?」

「くそっ……魔導弾か……!?」


オークの巨体が氷漬けとなり、エルフの長い髪が霜で真っ白に染まる。

トロルの青灰色の筋肉は、まるで氷の彫刻のように輝きを放っていた。

その姿はまさに、即席の氷像コレクションと言うべき光景。


「うひゃひゃひゃひゃ!これぞユミル様の大魔術っス!」


ユミルは尾びれを軽やかに揺らしながら、高笑いを上げる。


「どうっスか?ゼノンの腰ぎんちゃく共!この偉大なる魔術の威力は!うぇっへっへっへ!」


その様子を見て、ヌゥモは完全に引いた表情で翼を震わせている。

一方、ラピスは目を輝かせながら、まるでお祭りでも見るかのように拍手喝采を送っていた。


「すごーい!また凄い魔術!キミって本当に凄いねぇ!」

「お前よくゼノンの手下に喧嘩売れるな……」


ヌゥモが震える声で呟くと、ユミルは尾びれを得意げに揺らす。


「当っ然っスよ!だってアタシは偉大なる大魔術師なんスから!さぁて、トドメの一発かましてやるっス……って、あれ?」


ユミルの高笑いが途中で止まる。

不良達が懐から取り出したそれは、どこか見覚えのある金属の筒。日光に照らされて不吉な輝きを放つ魔導弾が、彼らの手の中でニヤリと笑っているかのようだ。


「???」


ユミルが首を傾げた、その瞬間。

不良達の魔導弾から炎が迸り、氷漬けになった彼らの体を徐々に溶かし始めていく。


「くそっ……半端ねぇ魔術だったぜ……」


オークが唸りながら、凍り付いた体を動かす。


「ゼノンさんの魔導弾でも、完全には溶かしきれねぇとはな……」


エルフが長い髪の霜を払いながら呟く。


「あ……」


ユミルの口から抜け出た声は、完全な「素」のものだった。

つい先ほどまでの高笑いも、尊大な態度も、まるで嘘のように消え失せ、代わりに浮かび上がったのは──。


(え……ちょっと待って……なんであいつらも魔導弾持ってんの???)


人魚特有の大きな目が、驚愕で見開かれる。


「な、なんで魔導弾を……?あっ」


その時、ユミルの脳裏にアルヴェの言葉が脳裏に蘇る──『魔導弾は魔術師が作るものだ』と。

そう、魔術師なら誰でも作れる。そして、ゼノンもまた──魔術師なのだ。


「悪魔を探す道具としてくれたんだ、ゼノンさんがよ」


オークが氷漬けの体を震わせながら言う。


「こいつがあれば誰でも魔術が使えるってな」

「つーかテメェよ」


エルフが鋭い眼光で、ユミルを睨みつける。


「ただ魔導弾投げつけてるだけじゃねぇか!何が『大魔術師』だよ、貰いもんで調子こいてんじゃねぇぞ!この魚女が!」

(し、しまったっス!魔導弾持ってるの、アタシだけじゃなかったっス!?)


かつての高笑いも、尊大な態度も、まるで泡沫のように消え失せる。

代わりに浮かび上がったのは、か弱き人魚少女本来の怯えた表情。

ユミルは冷や汗を垂らしながら、尾びれを震わせて後ずさっていく。


(だ、大丈夫っス!アタシの魔導弾の方が性能がいいハズ……!英雄のお墨付きなんスから!)


ユミルは必死に自分に言い聞かせるように、腰の魔導弾に手を伸ばす。

だが──その指先は虚しく空を切った。


「え……?」


ユミルの大きな瞳が驚愕で見開かれる。

魔導弾が、ない。

落とした?紛失した?

いや──。単に「使い切った」という、あまりにも単純な真実が彼女を突き刺す。


「あ、あはは……まさか魔力切れっスか〜?あ、あははははは……」


ユミルの笑い声が引き攣っていく。それを他所に、不良達が、獲物を追い詰めた猛獣のようにユミルに迫る。

その中には、先ほどまで彼女の犠牲になっていたヌゥモの姿もあった。

彼の翼は怒りに震え、額には青筋が浮かび上がっている。


「ユミル、テメェ……騙しやがったな……」

「あ、あはは……」


ユミルの乾いた笑い声が、校舎の裏庭に虚しく響く。

彼女は助けを求めるように、ラピスの方を振り返った。

だが、ドワーフの少女は先ほど作り上げた剣を恍惚の表情で眺めているだけで、この修羅場など眼中にないようだ……。


「ま、待ってくださいっス!支配者様はこういうの見逃さないんスよ!?」


ユミルの声が裏返る。


「皆殺しにされちゃいますよ!?マジでヤバいっス!本気っス!ねぇ!?」


その必死な叫びに、オークが魔導弾を掲げながら不敵に笑う。


「てめぇが騒いでる『支配者』ってのを、俺らは探してんだよ魚女!さっさと吐けや!!」


不良の一人が魔導弾を放り投げる。

それはユミルのすぐ傍らで炸裂し、轟音と共に衝撃波が彼女を襲う。


「ひぎゃあぁっ!?」


ユミルの小さな体が宙を舞い、人形のように転がっていく。

そのままゴロゴロと地面を転がり、校舎の壁に激突して止まった。


「グエーーーー!!!」


ユミルは女子にあるまじき悲鳴を発し、尾びれをガタガタと震わせる。

アルヴェの魔導弾ほどの威力ではないにせよ、次の一発を食らえば間違いなく血反吐を吐いて死ぬ──そんな確信が彼女の全身を支配していた。


「あびゃ……びゃ……ぴゃあああああっ!!!」


その瞬間、ユミルの理性が崩壊した。

恥も外聞も、先ほどまでの「大魔術師様」の威厳も何もかもかなぐり捨て、ただひたすらに逃げ出す。

人魚とは思えない、むしろ逃げのプロフェッショナルとでも呼ぶべき地上での機動力。

尾びれを巧みに使った走法は、明らかに日頃からの豊富な逃走経験の賜物だった。


「お、おい……待てコラ!」


不良達は一瞬、その予想外の展開に面食らう。

だがすぐに我に返り、怒号と共に追撃を開始した。


「逃がすかよ魚女ァ!」

「散々『腰巾着』だの『クズ共』だの言いやがって!ブチ殺してやる!」

「つーか魚のクセに地上で逃げんの上手すぎだろ!?」


不良達の怒号が校舎の裏庭に響き渡る。

その声には、先ほどの氷漬けにされた屈辱と、見下されたことへの怒りが混ざり合っていた。

一方、ヌゥモは翼を小刻みに震わせながら、逃げ惑うユミルの後ろ姿を冷ややかに見つめている。

助けに行く気などさらさらない。


「自業自得だな。いい気味だ」


そしてラピス──。

彼女の頭の中からは、既にユミルの存在など跡形もなく消え去っていた。

手にした剣に頬ずりしながら、まるで恋する乙女のような表情を浮かべている。


「はぁ〜♡この剣、最高っ♡もう離さないっ♡」


焼却炉の前で剣に頬ずりする小柄なドワーフの少女。

その背後では、人魚の悲鳴と不良達の怒号が響き渡っていた。


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