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第21話

「ギャハハ!おとなしく歩くっス!焼き鳥にして食われたくなったら!」


人魚の少女、ユミルは尾びれをバシバシと鳴らしながら、残虐な笑みを浮かべていた。

彼女の前でヨタヨタと歩くのは、ハーピーの生徒、ヌゥモ。

まさか翼で大空を舞う種族が、魚の尻尾に追い回される日が来るとは思いもよらなかっただろう。


「お、おい……そんな魔導弾振り回すなって……」


震える声を絞り出すヌゥモ。不良として生きていた彼が、人魚の尻尾(正確には魔導弾だが)に怯えているという皮肉。

そう、彼こそが大魔術師ユミルによるクラスメート狩りの第一号の獲物である。翼を持つ種族の誇りも何もあったものではない。


「へへ〜、さっきまで威張ってたクセに、随分と情けない声出すっスね〜?」


ユミルは意地の悪い笑みを浮かべながら、おもちゃでも弄ぶかのように魔導弾を手の中で転がす。

その光景に、ヌゥモの背中から冷や汗が滝のように流れ落ちた。


(クソッ……この魚女!絶対ぶち殺してやる……!いや、刺身にして食ってやる!)


羽根を震わせながら、ヌゥモは心の中で呪詛の言葉を並べ立てる。

その殺意の籠もった視線など、今や魔導弾を手にしたユミルには届かない。

むしろ彼女は、その視線を楽しんでいるようにさえ見えた。


「おやおや〜?その目は何っスか?まさかこの大魔導師ユミル様の魔術を味わいたいんスかねぇ~?」


ユミルは魔導弾を指先でクルクルと回しながら、意地悪く笑みを浮かべる。その瞳には、かつての臆病な人魚の面影など微塵もない。

その視線には、自分の立場を十二分に理解した上での「余裕」が滲んでいた。


「そうそう、さっきは『ファイナルグランドサンダー』でビリビリにしてあげたんスよね〜?今度は氷漬けにしちゃうッスかねぇ?へへ〜」


ユミルは尾びれをバシバシと鳴らしながら、大将になりすました子供のように得意げに宣言する。


(……確か『アルティメットファイナルスパーク』って言ってなかったか?)


ヌゥモは心の中で突っ込みを入れながら、強く唇を噛み締める。

自分でぶち上げた技名すら覚えていないこの馬鹿魚に、自身が従っている事実……。

不良の矜持も、種族の尊厳も、この理不尽な状況の前では何の意味も持たない。


「あんまり生意気だと次は『メガトンアイスエイジブレイカー』……とかイッちゃうっスよ?いいのか?」


ユミルはさらに意味不明な技名を捻り出しながら、おもちゃでも弄ぶように魔導弾を手の中で転がす。

その様子は、子供が拾った石ころに妙な名前を付けて遊んでいるようにしか見えない。


(くそっ……技名のセンスまで底辺かよ……!)


心の中で毒づきながらも、ヌゥモにできることは黙って頷くことだけ。

いくら技名がダサくても、その威力は本物なのだから。


「それで?アタシらの大切なクラスメートはここにいるんスか?」


ユミルは魔導弾を持つ手を意味ありげに揺らしながら、にやにやと笑う。

この「クラスメート狩り」という狂った課外授業の道案内役として、ヌゥモは引っ張り出されていたのだ。


「……ああ」


ヌゥモは不本意そうに頷く。


「いつも飛んでる時に見かけるんだ。まぁ、サボり常習犯の溜まり場って感じでな」


焼却炉の煙突から立ち昇る白煙が、二人の姿を薄く覆い隠す。

ここは校舎の裏、誰も寄り付かない焼却炉の近く。人目を避けたい不良にとっては、この上ない隠れ家となっていた。


「へぇ〜。まさに『燃えるゴミ』の居場所って感じっスね」


ユミルは意地の悪い笑みを浮かべながら、焼却炉の方を見やる。

煙突から漂う生暖かい風に、彼女の青い髪が揺れる。

この場所は確かに絶好のサボり場所だ。校舎の死角で、教師の目も届かない。


「お?あいつッスか?」


ユミルは尾びれを軽く揺らしながら、焼却炉の前に佇む少女を指差した。

桃色のツインテールを揺らす彼女は、まるで幼児のような小柄な体格。制服のスカートも、特注の小さいサイズだろう。


「ああ」


ヌゥモは首を傾げながら答える。


「でもよ……なんかアイツ、変なことしてねぇか?」


確かにおかしい。小柄な少女は焼却炉に向かって正座し、何やらブツブツと呟いている。

その姿は遠目から見ても、明らかに普通ではない。


「うーん、まさか焼却炉に『お供え』とかしてるんスか?」


ユミルが困惑しながら言うと、まるでそれに応えるように、少女の呟きが風に乗って届いてきた。


「燃えろ……燃えろ……もっと燃えろぉ……!」


その声には、どこか狂気めいた色が混ざっていた。

二人は思わず顔を見合わせる。


「えっ……なにアレは……本気でヤバいヤツ入学してるんスか?」


ユミルは、思わず一歩……いや、一尾後ずさる。

まさか「クラスメート狩り」で、実物の「狂人」を見つけてしまうとは。

いや、狂人ならもう教師として赴任しているが……。


「さ、さあな……変な草でも吸ってんじゃねぇの?」


ヌゥモも冷や汗を垂らしながら、首を傾げるしかない。

これまで見てきた不良とは、明らかに「質」が違う狂気を放っている。


(いや、待てよ……あの焼却炉の中に何か……?)


二人は互いの目配せだけで意思を確認する。

そうして恐る恐る、地雷原でも歩くかのような慎重さで、少女に近づいていく。


「う〜ん、やっぱ火力不足だよね〜。でもここしか焼却炉ないし……しょうがないか!よーし、今日も頑張っちゃうぞ〜!」


彼女は無邪気な声を上げながら──懐からハンマーと金属の塊を取り出した。


「えいっ!」


少女は鉄の塊を焼却炉へと放り込むと、鍛冶ハサミで器用に掴み上げた。

その手つきだけは妙に慣れている。赤々と煮え滾った金属の塊を、何の躊躇もなく──地面に叩きつけ、ハンマーで打ち始めた。


「あー……いや、まさか……」


ヌゥモは目の前の光景を疑う。


「アイツ、焼却炉で野良鍛冶やってんのか?」

「……」


ユミルは完全に言葉を失っていた。

ツインテールを揺らしながら、まるで地面を叩きつけるのが日課であるかのように作業を続ける小柄な少女。

その異様な光景に、二人は呆然と立ち尽くすしかない。


「あの……アタシ、鍛冶の事とか全然分かんないんスけど……」


ユミルは身体を落ち着きなく揺らしながら、首を傾げる。


「普通あんな地面でガンガン叩くもんなんスか?土まみれになってるし、なんかもう色々間違ってる気がするんスけど」

「いや、絶対おかしいだろ」


ヌゥモは冷や汗を垂らしながら呟く。


「普通は金床を使うはず……なんでわざわざ焼却炉でやってんだ?」


彼らの目の前で、少女は相変わらず地面に金属を叩きつけ続けている。

その姿は、もはや「不良」の領域を超えて、完全に「謎の生物」の域に達していた。


「なんつーか……もう色々突っ込みどころ満載っスね……」


ユミルが絶句する横でヌゥモも、翼を縮こまらせながら頷くしかない。

目の前で繰り広げられる理外の光景に、もはや言葉を失うしかなかった。


その時──。


凄まじい音が響き渡った瞬間、地面に置かれた金属の塊が光を放つ。

その衝撃に、ユミルは思わず尾びれを跳ねさせて後ずさる。


「できたぁー!!」


少女は満面の笑みを浮かべながら、両手を天に掲げる。

そこには見事な──いや、およそ地面で作るべきではない代物が完成していた。


「やった!今日のヤカンも上手く出来たよ!」

「「いや、なんでだよ!」」


ユミルとヌゥモの声が、練習したかのように完璧なハーモニーを奏でる。

焼却炉で熱し、地面で叩いて、何故ヤカンが出来上がるのか。

そもそも何故ヤカンを作る必要があるのか。

疑問は増えこそすれ、減る気配すらない。

その光景は、もはや「不良の仕業」という次元を超えていた。


「ひゃあっ!?誰っ!?」


ツインテールを揺らしながら、少女が飛び上がる。

その手には、まだ余熱の残るヤカンと鍛冶ハンマーが握られていた。


「あー……えーっと……」


ユミルは焼けた金属を持つ少女から慎重に距離を取る。

野良鍛冶という謎の技を披露した相手に、むやみに刺激は与えられない。


「誰なの?あなたたち……」


桃色のツインテールを揺らしながら、少女は警戒するように二人を見つめる。

その目には、秘密の工房(?)を覗かれた焦りと警戒心が混ざっていた。


(いやいや、こっちのセリフだって!なんで焼却炉でヤカン作ってんスか!)


心の中で叫びたい気持ちを必死に抑えながら、ユミルは出来るだけ冷静を装って答える。


「アタシらは2-Aの生徒っス。つまりアンタのクラスメートってワケっス」

「クラスメート……?」


少女は首を傾げ、まるで外国語でも聞かされたかのような表情を浮かべる。

だがすぐに、その瞳が鋭く細められた。


「2-A……」


その声には、明らかな警戒心が滲んでいる。

どうやらこの野良鍛冶少女には、クラスメートという単語が良い印象を与えなかったようだ。


「この学園ってクラスとか機能してたの?」


少女の素朴な疑問に、ユミルとヌゥモは思わず顔を見合わせる。

確かにその認識は間違っていない。特に2-Aと来ては、「クラス」という概念すら怪しいレベルの学級崩壊っぷり。

自分がどのクラスに所属しているのか把握していない生徒の方が多いほどだ。


「まぁ、そりゃそうだよな。俺もさっき初めて2-Aとかいうクラスの所属だってことを知ったんだからよ」


ヌゥモは苦笑する。

他のクラスはまだしも、2-Aは学園の「掃き溜」と呼ばれるほどの問題児集団。まともな学校生活など期待すべくもない。


「いや、まぁ一応は機能してるっス。少なくとも新しい担任が来てからは……」


ユミルは肩を竦めてそう言った。

あの狂った英雄が着任してからは、否が応でも「クラス」として機能せざるを得なくなっていた。


「ふーん……」


少女は完全に納得していない様子で、手の中のヤカンを磨きながら首を傾げる。

その仕草は、「そんな話より鍛冶の方が大事」と言わんばかりだった。


「それで……お前はここで何してたんだ?」


ヌゥモは覚悟を決めたように尋ねる。

答えは分かっている。目の前で繰り広げられた狂気じみた光景を、この目で確かに見たのだから。

それでも、確認せずにはいられなかった。


「……?何って、鍛冶だけど?」


少女は当たり前のことを聞かれたような表情で首を傾げる。

その仕草に、ユミルとヌゥモは思わず顔を見合わせた。

あの地面で叩きつける暴力行為を、果たして「鍛冶」と呼んでいいものだろうか。答えは明らかに「ノー」である。


「なんで焼却炉でそんなことを?」


ユミルが思い切って核心を突く。


「私、ドワーフだし」


少女は何の躊躇いもなく即答する。

その答えは一見すると支離滅裂だが、どこか説得力を持っていた。


ドワーフ──人間より小柄で頑丈な体格を持つ亜人種。その器用な手先と、物作りへの情熱は種族の誇りでもある。

だから鍛冶をするのは当然。それは理解できる。


……が。


「いや待て」


ヌゥモが一瞬納得しそうになったが、ハッと我を取り戻し言った。


「それと焼却炉で野良鍛冶する理由には全くつながりがないだろ!?」


その突っ込みは、この異様な状況を端的に表現していた。


「私、街の工房で修行してるんだけどさ」


少女は完成したヤカンを磨きながら、至極真面目な表情で説明を始める。


「この年だと学園に行かなきゃいけないじゃない?でも私は鍛冶がしたくて……」


彼女は焼却炉を見上げ、まるで親友でも見るかのような愛着のある目をする。


「だから思いついたの。ここなら誰も来ないし、火も使えるし……完璧でしょ?」

「いや、完璧じゃないだろ」


ヌゥモは翼を震わせながら、呆れた声を上げる。

確かに彼女の言い分は分かる。だが、学園の焼却炉で野良鍛冶をするという発想は、普通の人間には思いつかない。

いや、普通のドワーフでも思いつかないはずだ。


(完全にイカれてやがる……)


ヌゥモは密かに背筋を震わせる。この小柄な少女の脳内は、想像を絶する異世界が広がっているに違いない。


「でもねぇ〜」


少女は出来立てのヤカンを掲げながら、不満げに眉を寄せる。


「この焼却炉じゃ火力が全然足りないの。こんな程度じゃヤカンしか作れないし……はぁ」


その台詞に、ユミルとヌゥモの表情が見事に引き攣る。

少女は溜め息と共に、まるで不出来な子供でも見るかのような目でヤカンを見つめていた。

その表情は「こんな程度の物しか作れない」という哀しみに満ちていた。


(いや、普通に凄いだろそれ……)


ヌゥモとユミルは暗黙の了解で、その感想を胸の奥に仕舞い込む。

焼却炉と地面でヤカンを作れる時点で十分アウトなのに、火力不足だなんて……。

その時、ユミルの目が突如として輝きを放つ。


「火力っスか……。あ!そうだ!」


彼女は尾びれを軽やかに揺らしながら、意味ありげな笑みを浮かべる。


「ねぇ、もしアタシが高温の火を出せるって言ったら……アンタ、クラスに来てくれるっスか?」

「え?本当にそんなことできるの?」


少女は手のヤカンを一瞬忘れたかのように、ユミルの方を向く。

その瞳には、明らかな期待の色が浮かんでいた。


「まぁ……私だって、普通の学園生活を送れるなら、それに越したことはないし……」


彼女は言葉を選ぶように、慎重に答える。

その態度からは、意外にも学園生活への憧れのようなものが感じられた。


「ほんとに……できるの?」


少女は半信半疑の目でユミルを見つめる。その瞳には、期待と不安が混ざり合っていた。


「任せるっス!この大魔術師ユミル様の力、とくと見せてやるっスよ!」


ユミルは尾びれをバシバシと鳴らしながら、いつの間にか懐から取り出した魔導弾を構える。

その自信満々な態度に、少女は「んー……」と唸った後、小さく頷いた。


「よぉーし!それじゃあ食らえっス!『スーパーダイナマイトフレイム!!』」


意味不明な掛け声と共に、魔導弾が宙を舞う。

ゴウッ!という轟音と共に、焼却炉の横で魔導弾が炸裂。

瞬間、まるで竜が吐き出したかのような巨大な炎が天を目指して立ち昇った。


「うおおおっ!?」


ヌゥモは思わず尻もちをつく。彼の翼は恐怖で小刻みに震えていた。


(な、なんだこいつ……!?マジの魔術師なのかよ……!?)


先ほどの雷撃といい、この炎といい、ヌゥモの知る魔術とは明らかに「質」が違う。

それもそのはず。これはアルヴェ直伝の破壊兵器なのだから。

ヌゥモは冷や汿を垂らしながら、ユミルの姿を見つめる。

こんな破壊的な魔術を操る怪物が、同じ学園にいたとは──。


もちろん、それが実際にはアルヴェから貰った魔導弾という、極めて「しょうもない」真実を知る由もない。


一方──。


「すごーい!すっごいすっごい!」


ドワーフの少女は目を輝かせながら、立ち昇る火柱の周りをピョンピョンと跳ね回る。

その姿は、まるでお祭りに興奮する子供のようだった。


「こんなの工房でも見たことないよ!すごいすごい!」


彼女は突如として懐から金属の塊を取り出すと、鍛冶ハサミで掴んで炎の中へと突っ込んだ。

そうして真っ赤に熱された金属を、また例の「野良鍛冶スタイル」で打ち始める。


「えいっ!」


ドン、ドン、という音が響き渡る──。

そして、まるで魔法のように金属が形を変えていく。

先ほどのヤカンとは比べ物にならないほどの速さで、金属は輝きを放つ剣へと姿を変えていった。


「みてみて!」


彼女は完成した剣を、宝物でも見せるかのように両手で掲げる。

その刀身は、まるで夕陽のように美しく輝いていた。

ラピスは剣を掲げながら、アイドルの追っかけでもするかのように、ユミルの周りをピョンピョンと跳ね回る。


「ほら見て!こんな素敵な剣が作れたよ!キミって本当に凄腕の魔術師なんだね!」

「いや、オメーの方がよっぽどすげぇだろ!?」


ヌゥモが我慢の限界を迎えたように叫ぶ。


「つーかそれ絶対普通の鍛冶じゃねぇッスよ!あんなんで剣作れるとかマジでどうなってんスか!?」

「約束通り、クラスに行くね!」


ラピスは鍛冶についての突っ込みを完全スルーしながら、満面の笑みで宣言する。


「私はラピス!見ての通りドワーフだよ!よろしく!」


その無邪気な笑顔に、ユミルは微かな罪悪感を覚えつつも、満足げに微笑んだ。


(ま……まぁ、なんかヤバイ奴っぽいけど、これで2人目っス!あと1人見つければ優勝間違いなしっス!)


彼女は内心でほくそ笑む。

アルヴェ直伝の「クラスメート狩り」は、着々と成果を上げているのだから……。



──だが。その時である。


「テメェか?さっきの火柱上げた野郎は……」


ユミルの背後から、冷たい殺気を帯びた声が響く。

振り返ると、そこには異種族の寄せ集めとも言える上級生の不良集団が、獲物を追い詰めた猛獣のように立ち並んでいた。

オークの巨体、ナーガの鋭い眼光、トロルの粗暴な形相──。

彼らの目は一様に、ユミルに興味を示したように集中している。

いや、正確には「興味」というより「殺意」と呼ぶべき色を湛えていた……。


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