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第20話

廊下には奇妙な三人組の姿があった。

エルフの優等生ルナリア、アラクネの不良ティーファ、そして巨漢のオーガ、ナサラオ。

見た目だけでも不釣り合いな取り合わせだ。


「すげぇよなぁ!こんな細っこい腕で、オーガの俺達を吹っ飛ばすなんてよ!がはははは!」


ナサラオは屈強な腕でルナリアの肩を抱き込みながら、子供のように無邪気に笑う。

その体格差は、まるで大人と子供ほどもあるが、お構いなしだ。


「ちょっと……ナサラオ……だっけ?やめなよ」


ティーファが苛ついた様子で、ナサラオを睨みつけた。


「ルナリアが困ってるでしょ!アンタの腕、重すぎんだよ!」

「あん?あぁ、そうだった!悪かったな!」


ナサラオは豪快に笑いながら、ルナリアから離れる。

オーガという種族は、力ある者を心から尊敬する。

それが例え、ルナリアのような華奢な見た目の相手でも変わらないのだ。


「気にしないでください。僕達は同じクラスメートなんですから」


ルナリアは優しく微笑む。

その笑顔には、いつもの穏やかさが戻っていた。


「おうよ!クラスメートは仲間だよな!がはははは!」


ナサラオは無邪気に笑い声を上げる。

彼の単純明快な性格は、オーガという種族の特徴そのものだった。

強者の傍にいれば、より強い相手と戦える──そんな本能的な欲求が、彼を動かしていた。

先ほどの一件を思い返す。



──ルナリアが、オーガの集団を軽々と吹き飛ばした後。

その圧倒的な力の差を目の当たりにしたナサラオは、まるで子供のように目を輝かせ、ルナリアとティーファの後を追いかけてきたのだ。


『クラスメートを集めてんのか!?俺も仲間に入れてくれや!』


その言葉を聞いた時、彼女はあからさまに顔をしかめた。

巨体から漂う独特の体臭、耳をつんざく大声、灼熱のように暑苦しい性格──。

女性からすれば、これ以上ない「お断り」要素の塊だった。

これでは女性にモテるはずがない──いや、オーガやオークの女性達の間では、むしろ理想の男性像なのかもしれないが。

だが生憎と、アラクネの審美眼は全く違う。


『もちろんです。一緒に行きましょう』


そんなティーファの複雑な心情もよそに、ルナリアはいつもの爽やかな笑顔で即答する。

その様子に、ティーファは思わずため息を吐くがナサラオはお構いなしにやかましい笑い声を発するばかり。


──そうして、今に至るというわけだ。


「それで?どうしてこんなことしてんだお前ら?」


そうして二人はナサラオに事の経緯を説明した。

アルヴェという異常な教師が現れ、クラスメート狩りという狂った競争を始めたという、どう考えても常識外れな話を。


「へぇ~!新任の担任が生徒狩りを命令したってのか?がはは、ずいぶんと狂った奴だねぇ!」


ナサラオの目が輝く。


「いいねぇ、そういうの大好きだぜ!オレ達オーガにゃピッタリじゃねぇか!」

「そりゃそうでしょ。アンタ達オーガは脳みそまで筋肉に変わっちゃってるみたいだし」


ティーファが皮肉たっぷりに言い放つ。

だが──。


「おいおい!そんな褒めんなよ!」


ナサラオは豪快に笑う。


「そんな事言われたら、オレに気があんのかと勘違いしちまうだろ!がはははは!」

(……皮肉も通じないの?本当に脳味噌筋肉なの?)


ティーファは心の底から嫌そうな表情を浮かべる。


「ホントに最悪。何なのよ、コイツ……」

「まぁまぁ。僕は好きですよ。ああいう暑苦しい人」

「え?マジで言ってんの?大丈夫?頭打ってない?」


ティーファは目を丸くする。

だが、ルナリアの笑顔には確かな喜びが滲んでいた。

まるで長年の願いが叶ったかのような、純粋な嬉しさが。


「だって、一人でいるより──みんなで騒ぐ方が、楽しいじゃないですか?」

「あ……」


その言葉に、ティーファの胸が締め付けられる。

そうだ。彼はずっと独りだった。

誰も来ない教室で、ただ黙々と勉強を続けていた。

その寂しさに耐え続けていたのだ。長い、長い時間を。

彼女は思わず目を伏せた。


「だから、このように友達が増えていくのが、本当に嬉しいんです」


ルナリアの声には、隠しきれない喜びが混ざっていた。


「……」


ティーファは黙り込む。

自分がどれだけ彼の気持ちに無神経だったのか、その事実が胸に重くのしかかってきた。


「そういや、ルナリア!」


突如、ナサラオの大声が響いた。


「殺して欲しいヤツって誰なんだ?オレにも教えてくれよ!がはははは!」


その瞬間。

パシュッ!という音と共に、蜘蛛の糸が空を切る。

ナサラオの口が、アラクネの特製の糸でグルグルと巻き上げられた。


「んんんっ!?」


いくらオーガの怪力でも、この粘着性抜群の糸は簡単には切れない。

ナサラオは必死に糸を引っ張りながら、ティーファを睨みつける。


「うるさいのよ!空気読みなさい!」

「んごおぉっ!んごぉっ!(何しやがるこの蜘蛛女!)」


ナサラオが蜘蛛の糸に封じられた口で、必死に抗議の声を上げる。


「一生そのまま黙ってなさいよ、この筋肉バカ!」


ティーファは八本の脚を器用に使って、瞬時にナサラオの背後に回り込む。

そして、全ての脚を使って巨漢のオーガを拘束しようと試みた。

だが──。


「むんっ!」

「!?」


その試みは儚くも失敗に終わる。

所詮、少女の力ではオーガの怪力には太刀打ちできない。

ナサラオが軽く身震いしただけで、ティーファは軽々と放り飛ばされてしまった。


「はぁ……はぁ……く、くそ……この筋肉野郎……!」


転がり落ちたティーファが、荒い息を繰り返す。

そんな彼女をみかねたルナリアが心配そうに駆け寄る。

その表情には、純粋にティーファを心配する気持ちが溢れていた。


「大丈夫ですか?ティーファさん」

「う……うん、平気よ。ちょっと油断しただけ」


ルナリアはティーファに優しく声をかけた後、くるりと身を翻す。

そして、ナサラオに向き直ると、まるで日常の会話でもするかのような穏やかさで──。


「ナサラオくん」

「あ?」

「僕が殺したい人物は、フォルン家当主のハルペー侯爵です」


一瞬の間。


「──つまり、僕の父親、ですね」


その言葉が、廊下の空気を凍らせる。

ナサラオは顔中を這う蜘蛛の糸を気にする様子もなく、目を見開いて固まった。

床に倒れたままのティーファも、震えを忘れて息を呑む。


「え……?」

「は……?」


二人は思わず顔を見合わせる。

今、この優しげな青年が何を口にしたのか、確かめ合うように。

その瞳には、同じ疑問が浮かんでいた。


いつまで静寂が辺りを支配していただろうか。

廊下に落ちた静けさは、ナサラオの豪快な笑い声で木っ端微塵に砕かれた。


「がはははは!なんだってぇ!?親父を殺してほしいだと!?」


オーガの大声が廊下に響き渡る。


「これはすげぇや!見た目は華奢なお坊ちゃんのクセによ、なかなか肝が据わってんじゃねえか!がはははは!!」

「そう、でしょうか?」


ルナリアは相変わらずの穏やかな笑みを浮かべる。

その優雅な立ち居振る舞いは、今話した内容とは全く不釣り合いだった。


「そりゃそうよ!最高だぜ!」

「もう……うっさいわね……!」


ティーファはやかましそうに耳を押さえながら、ため息をつく。

だが、その目には深い懸念の色が浮かんでいた。


(どうして……?)


彼女には理解できなかった。

こうも優しく微笑むルナリアが、なぜこんな残虐な願いを抱いているのか。


「ねぇ、ルーナ……」


ティーファは八本の脚を小刻みに震わせながら、おずおずと声を上げる。


「どうして、そんな……」

「さぁ……」


ルナリアは窓の外を見つめながら、儚い笑みを浮かべる。


「僕にも、よく分からないんです」


その言葉が嘘であることは、誰の目にも明らかだった。

だがティーファは、「そう」と小さく頷いて会話を終えにする。

彼女にはそれを追及する資格などない。

そう、結局のところ彼女とルナリアは、最近知り合ったような関係なのだから。

お互いの深い部分に踏み込むような間柄でもない。


(別に……関係ないじゃない)


そう自分に言い聞かせるのに、どうしても胸のもやもやは晴れなかった。

蜘蛛の脚が、その心情を表すかのように落ち着きなく動いている。


「へへっ、イカれた親父さんか……」


ナサラオは気付けば蜘蛛の糸を振りほどいていた。


「そいつが強けりゃ、オレも戦ってみてぇな!ぶっ殺す時は声かけてくれよ!がはは!」


ルナリアは苦笑いを浮かべただけだったが、その瞬間──。

彼の瞳が、廊下の奥に何かを捉えた。

見知った顔と、見知らぬ顔が入り混じった集団。

そして、その前を必死で逃げる人影……いや、魚影……?


「おや……?」


ルナリアとティーファが、揃って首を傾げる。


「待ちやがれこのクソ魚ぁぁっ!!よくも調子こいてくれたなぁぁっ!!」

「ひぃぃっ!だ、だれかぁ!!」


ユミルの悲鳴が廊下に響く。

その背後には、獲物を追い詰める野犬の群れのように、大量の不良達が迫っていた。

彼女の尾びれが必死にバタつく。

だが、追っ手との距離は着実に縮まっていく。


「三枚おろしにしてぶっ殺してやる!!」

「ぴゃああああ!誰か助けてぇぇぇ!!」


ユミルの悲鳴が廊下に響き渡る。

その声を聞いて、ルナリアとティーファは思わず顔を見合わせた。


「はぁ……」


ティーファは深いため息をつく。

その表情には、「やっぱり」という呆れが混ざっていた。


「あいつ、なんかやらかしそうだったし……」


彼女の脳裏には、アルヴェから魔導弾を受け取った時の、あのにやけ顔が浮かんでいた。

へらへらと笑いながら危険な兵器を眺めていた人魚の表情。

どう見ても、トラブルメーカーにしか見えなかった。


(予想的中……めんどくさ)


朝日が差し込む廊下に、ユミルの悲鳴と不良達の怒号が木霊する。

その騒音の中、ティーファの溜め息だけが、静かに空へと溶けていった。

これから巻き込まれるであろう騒動を予感させながら──。


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