「さーて、サボり魔のゴミクズ共は何処に隠れてるっスかねぇ~?」
ユミルは尾びれを器用に使って、まるでホッピングのように校庭を飛び跳ねていく。
自分もサボりの常習犯という事実は、都合よく忘れているようだった。
「あっ、いたっス」
彼女の目が、何かを見つけて輝く。
校舎の裏手、人目につきにくい茂みの陰。
そこには数人の不良がヤンキー座りでたむろしていた。
その中の一人、翼のような腕を持つハーピーの男子生徒の顔に見覚えがある。
確か2-Aの──。
早速見つかるとは運がいい。おそらく自分は神に愛されているのだ。
この清廉潔白な美少女人魚ユミルちゃんは、生まれてから一度も悪いことをしたことがありません。
よってこれは神のおぼしめし。神が自分に罪を犯せと言っているに違いない。
「ふふふ……」
ユミルの顔が邪悪に染まり、ぺろりと唇を湿らせる。
「おぉーい!そこの社会の底辺共〜!」
ユミルは意地悪く笑いながら、茂みの中に姿を現した。
「あぁ!?何だテメェはよ!?」
不良どもが一斉に振り向く。
その様子は、縄張りを荒らされた野良犬の群れのようだ。
「きゃーコワ~イ。ゴミ共が吠えてるッス~♡」
ユミルは尾びれをひらひらと揺らしながら、挑発的に笑う。
普段の彼女なら、こんな真似は絶対にしない。
だって所詮、喧嘩なんて出来ない弱っちい人魚(美少魚)なのだから。
でも──今日は違う。
「社会のゴミクズ共を掃除しに来たッスよ♪」
彼女はまるでおもちゃを見せびらかす子供のように、アルヴェ印の魔導弾を掲げる。
これさえあれば誰でも大魔術師になれる優れモノである。
「はぁ?テメェみてぇなゴミ魚が何言ってやがる。殺すぞ」
ハーピーの男子生徒が翼を威圧的に広げる。
その脅しに、ユミルはより一層意地悪い笑みを浮かべた。
「あれ~?いいんスか~?」
彼女は尾びれを愉快そうに揺らしながら、からかうように続ける。
「この『大魔術師』ユミル様に向かって、そんな生意気な口利いて~?」
「は?大魔術師?」
不良達は首を傾げ、あからさまな軽蔑の笑みを浮かべる。
魔術師──その二文字が持つ重みを、彼らは十分すぎるほど理解していた。
生まれつきの才能である魔術は、戦闘において圧倒的な力を持つ。
だからこそ、その使い手は尊敬と恐怖の対象となる。
学園でも同じだ。
魔術を扱える生徒は、それだけで一目置かれる存在。
誰もが憧れ、そして誰もが警戒を解かない相手──。
この学園で生き残るためには、誰が魔術師なのかを把握しておくことが絶対条件だった。
それは不良達とて例外ではない。どの生徒が魔術を扱えるのか、彼らは顔と名前を暗記していた。
そして、その中に「いつも水場で居眠りしてる人魚の小娘」は、絶対に含まれていなかった。
「ぎゃははは!何が大魔術師だよ!」
「てめぇが魔術師なわけねぇだろ!いつも水中で寝てるだけの魚が!」
「そうそう!起きてんの初めて見たぜ!ヒャハハ!」
不良達の嘲笑が校庭に響き渡る。
彼らにとって、この人魚が魔術師を名乗ること自体が、この上ない笑い話だった。
だが──その余裕も、あと数秒で消え失せることを、彼らはまだ知らない。
ユミルの手にある魔導弾が、不吉な輝きを放ち始めていたのだから。
「……」
ユミルは不良達の嘲笑を静かに聞いていた。
そして、魔導弾をクルリと指で回しながら、おもちゃで遊ぶ子供のように、不敵な笑みを浮かべる。
「──へぇ。アタシを知らないとは流石は社会の底辺っスね。まぁ、クズはクズらしく、地獄でゆっくり後悔するといいッス!」
そうして彼女は魚の尾びれを大きく跳ねさせながら叫び──。
「食らえ!アルティメットファイナルスパーク!!」
彼女の掛け声と共に、魔導弾が不良達の足元へと放たれた。
厨二病全開の決め台詞と共に、魔導弾が不良達の足元に投げ込まれる。
「はぁ?なんだよそのダッセー名前。オモチャで俺らを──」
その瞬間。
眩い閃光が走り、紫電が不良達を包み込む。
「ぐぎゃあああぁぁっ!?」
パチパチと焦げ付く音と共に、全員が人形のように痙攣しながら倒れ込んでいく。
不良達の嘲笑は悲鳴へと変わった。
魔導弾が着弾した瞬間、紫電が迸り、その場にいた全員を電撃が貫いた。
ユミル以外の全員が、まるでダンスでも踊るかのように痙攣している。
「あば、ばば、ばば……」
電流で痺れた不良達が地面でビクビクと痙攣する中、ユミルはにんまりと笑いながら、ゆっくりと近づいていく。
「な、なに、を……」
痺れて舌がもつれながらも、不良たちが必死に声を絞り出す。
その様子を見て、ユミルの笑顔がより一層意地悪さを増した。
彼女は優雅に尾びれを使って、ハーピーの背中に乗っかると──。
「へへ~、これが『大魔術師』の力っス!底辺は這いつくばるのがお似合いっスよ!うひゃひゃひゃ!」
その瞬間、ユミルの尾びれが閃光のように振り下ろされる。
人魚特有の強靭な下半身から繰り出される一撃は、まさに必殺技。
ハーピーの男子は、「グエッ」という情けない声を上げて気絶してしまった。
「……」
やがて周囲に静寂が訪れる。
地面には気絶した不良達が、干物のように転がっている。
誰も声を出さない──いや、出せない。
「はぁ~……最っ高っス……♡」
ユミルは尾びれを小刻みに震わせながら、うっとりとした表情を浮かべた。
今まで底辺だった自分が、たった一つの魔導弾で上に立てる──。
その圧倒的な力の差に、彼女は歓喜の頂点にいた。
「これが『強者』の見てる世界なんスね~。今までのアタシは、なんて人生……いや、魚生を損してたんスか!」
彼女は倒れた不良達を見下ろしながら、陶酔するように呟く。
まるで初めて麻薬を覚えた中毒者のように、その力の快感に溺れていく。
「ふぅー♡ふぅー♡」
最高なのはこれが努力して得た力ではないという事だ。
ただアルヴェからもらった魔導弾を投げただけ。──これほど愉快な勝利はない。
「へへ~、努力しなくても強くなれるなんて最高っス……♡」
普段から努力なんて大嫌いな彼女にとって、これほど都合の良い力はなかった。
自分の能力でもない借り物の力で勝てる快感。それは、彼女の怠惰な性格にぴったりなのだ……。
「さーて、次のゴミを拾いに行くっスよ~」
彼女は既に優勝を確信していた。
「勝ったら、やっぱりウォーターモック欲しいっスね~。広くて快適な水場を設置して、毎日昼寝し放題っス!にひひひ!」
ユミルは尾びれを跳ねさせながら、次の獲物を求めてにこりと微笑んだ。
その表情には、もはや普段の人魚らしい愛らしさは微塵も残っていなかった──。
いや、普段から愛らしさなど皆無なのだが。