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第16話

出席確認を終え、いよいよ授業が始まるのかと思われた瞬間──。


「ほぉらよ。この英雄様からの特別な贈り物だ。ありがたく受け取れや……」


ごとん、と鈍い音を立てて、教卓の上に置かれたそれは、不吉な輝きを放つ金属の筒だった。

生徒達は固唾を呑む。

アルヴェという男を知る今となっては、彼からの「贈り物」など、ろくな物である筈がない。

しかもこの酔っ払い教師が、好意で何かをくれるなど、さらに考えられない。


「な、なんスかコレ……」


ユミルが尾びれを小刻みに震わせながら、おずおずと声を上げる。

その金属の筒からは、何か底知れぬ不吉な気配が漂っていた。


「へぇ、見た目より軽いっス」


ユミルは金属の筒を手に取り、好奇心いっぱいの表情で眺め回す。

中は空洞になっているらしく、軽々と持ち上がった。

その時、ただ一人──。


「!」


ルナリアの表情が一変する。

彼の碧眼が見開かれ、顔から血の気が引いていく。

その筒の正体を知っているかのような、そして、それが意味するものを理解しているかのような表情だった。


「へへっ……それはな」


アルヴェは意地の悪い笑みを浮かべながら、酒瓶を傾ける。


「大戦時に使われた魔導弾って代物だ。筒の中に魔術を封じ込めて、衝撃で発動させる兵器よ」

「魔導弾……!?こ、これが……!?」


ユミルの瞳が、子供のように輝き始める。

魔術は先天的な才能がなければ使えない。彼女は子供の頃、魔術師になることを夢見ていたが、その才能に恵まれず諦めざるを得なかった。

だからこそ、誰でも魔術を使える魔導弾には、特別な憧れを抱いていたのだ。


「すごいっス!これで私でも魔術が使えるんスね!」


ユミルは尾びれを嬉しそうに揺らしながら、宝物でも見つけたかのように筒を眺める。


「それで、中にはどんな魔術が入ってるんスか?」


その無邪気な笑顔に、アルヴェの表情が不吉に歪む。

彼の赤い瞳に、底知れぬ悪意が浮かび上がった。


「なぁに、たいしたもんじゃねぇよ。ただの爆炎魔術が詰まってるだけさ」


彼は意地の悪い笑みを浮かべながら、ゆっくりと続ける。


「起動すりゃこの学園が丸ごと消し炭になる程度の……ちゃちな爆弾さ……」


その言葉に、教室の空気が凍り付いた。

その言葉が冗談でないことは、アルヴェの底意地の悪い笑みが物語っていた。


「え……あっ!」


その瞬間、ツルリと魔導弾がユミルの手から滑り落ちる。

彼女は慌てて尾びれを伸ばすが、もう遅い。


「!!」


落下していく金属の筒を見て、ルナリアとバルドの喉から悲鳴が漏れる。

この一瞬で、学園が消し飛ぶ──。


「ッ……!」


その時、白い線が一閃した。

床に激突する直前、蜘蛛の糸が魔導弾を幾重にも絡め取り、地面スレスレで宙吊りにする。

ティーファが咄嗟に放った蜘蛛の糸が、一触即発の危機を救ったのだ。

彼女の八本の脚は緊張で小刻みに震えている。


「はぁぁ……は、はぁ……!ユミル、アンタ全員殺す気!?」


ティーファは八本の脚を震わせながら、額から滝のように冷や汗を流す。

咄嗟の判断で放った蜘蛛の糸は、文字通り彼女の精一杯の力だった。


「ギャハハハ!なかなかやるじゃねぇか、蜘蛛女!」


アルヴェは酒瓶を片手に意地悪く笑う。


「この学園の救世主ってところだな?学園長にも言っといてやるぜ。これで通信簿は5確定ってわけだ!かっー!!」

「テメェふざけんじゃねーぞ!」


バルドが怒りに任せて叫び声を上げる。

その表情には、もはや不良としての見栄も何もなく、純粋な怒りだけが浮かんでいた。


「こんな殺人爆弾を教室に持ち込みやがって……!おいティーファ!そんな危険な物、糸でぐるぐる巻きにしとけ!」


ティーファは無言で頷くと、さらに幾重もの蜘蛛の糸を放ち、魔導弾を念入りに包み込んでいく。

その様子を見て、アルヴェはケラケラと笑った。


「なぁんだよ、そんな冷てぇ事言うなよ?この英雄様が愛情込めて作った特製爆弾なのによぉ」

「うっせぇ!テメェの贈り物なんざ……っ……えっ?」


バルドの声が、突如として途切れる。

その目が恐怖で見開かれ、顔から血の気が引いていく。


──ごとん。


──ごとん。


──ごとん。


教卓の上に、次々と魔導弾が並べられていく音が響く。

アルヴェは酔った目を細めながら、おもちゃを並べるかのように、大量の魔導弾を取り出していく。

一つで学園を消し飛ばせる破壊力。

その凶器が、今や何十という数で教卓を埋め尽くしていた。


「ギャーーー!?!?!?」


教室が悲鳴に包まれる。

ユミルは尾びれを震わせ、ティーファの八本の脚は完全に固まり、バルドは顔面蒼白となった。


「へへっ……そんなに慌てるなよ」


アルヴェは教卓の上の魔導弾を愛おしそうに眺め、言った。


「全部が爆発するわけじゃねぇんだ。ほら見ろよ、こっちは学園を永久凍土にする魔術弾、あっちは雷撃系統……色々取り揃えてあんだよ。安心しろって」


その「安心」という言葉が、逆に生徒達の恐怖を増幅させていく。

むしろ種類が豊富なことの方が、より不安を煽るものがあった。


「あの……先生」


ルナリアが震える声で尋ねる。


「これで一体、何をなさるつもりですか……?」


その問いに、アルヴェの顔が獣のように歪む。


「なぁ、この教室……なんか物足りねぇと思わねぇか?」


アルヴェの問いかけに、ルナリアは不安げに教室を見回す。

だが、特に欠けているものなど見当たらない。


「かっー!一目瞭然だろうがぁ……!」


アルヴェは大げさに頭を抱えながら、叫び声を上げる。


「見ろよこの空っぽの教室を!?たった4人で広々と使ってやがる!これじゃあ寂しすぎるだろうがよ!?4人だけで仲良く授業なんざ、そりゃ無理があんだよなぁ!?」


その言葉の意味を理解した瞬間、生徒達の表情が凍りつく。

彼らは既に、この狂った教師が何を言い出すのか、悟ってしまっていた。

アルヴェは教卓に並んだ魔導弾を、おもちゃでも眺めるように見つめながら、薄ら笑いを浮かべた……。


「さぁて、今日は楽しい課外授業の時間だ。これ持って──」


彼は血のような瞳を輝かせながら、続ける。


「クラスメート狩りに行くぞ……」




♢   ♢   ♢




窓辺に佇むクルファの眉間に、嫌な予感が走る。

学園を見下ろす彼女の碧眼が、僅かに細められた。


「この魔力は……」


何か不穏な気配。そう、まるであの百年前の戦場のような──。


「学園長?どうかしましたか?」


ナジャが心配そうに声をかける。

その純朴な表情に、クルファは思わずため息が出そうになる。


「ええ、なんというか……不吉な予感がするのよね」

「大丈夫ですよ!」


ナジャは無邪気に笑顔を浮かべる。


「だってアルヴェさんがいるんですから!」


──いやそれ全然大丈夫じゃねぇ。

クルファは心の中で突っ込まずにはいられなかった。

無邪気に「アルヴェがいるから大丈夫」と言い切るナジャの根拠のない自信。

その純真さは時には癒しにもなるが、ドン引きの原因にもなる……。


その時だった。


ごとん──。


突如として鈍い音が響く。

何か重たいものが床を転がる音に、二人の視線が釘付けになった。


「あれ?何の音でしょうか?」


ナジャが首を傾げる中、半開きのドアの隙間から、筒状の金属がコロコロと転がり込んできた。


「ん……?」


なんだろう、これは……?

どこかで見たような……?

クルファの脳裏に、百年前の「懐かしい」光景が蘇る。

負けを悟ったクソヤロー共が「せめて道連れにしてやらぁ!」とか「名誉の特攻じゃあ!」とか意味不明な叫び声を上げながら、アレを抱えて突っ込んできた時の──。

エルフの鋭い直感が警告を発する。


そう、アレは確か──。


「って魔導弾じゃねぇかぁぁーッッッ!!!」


クルファの絶叫が響き渡った瞬間、魔導弾が眩い光を放って炸裂した。

エルフの優雅なイメージも何もあったものではない。


「あ、きれいな光です♪」


ナジャが無邪気に言い終わる前に、魔導弾が眩い輝きを放ち始めた。

ナジャの声も、姿も轟音に呑み込まれていき──




♢   ♢   ♢




「ぎゃはははは!見てみろよ、この立派な氷像!」


アルヴェは氷漬けになったクルファをコツコツと指で叩きながら、狂ったように笑い声を上げる。

その様子を生徒たちは、遠巻きに、そして明らかな引き気味に眺めていた。


「なぁ〜んだよクルファさんよぉ。随分と腕が落ちたじゃねぇか」


アルヴェは氷像に向かって意地悪く語りかける。


「昔のテメーなら、魔導弾を見た瞬間に結界張って、俺の顔面に叩き返してきただろうによぉ。平和ボケしすぎだぜ?」


氷の中のクルファは、殺意の籠もった視線でアルヴェを睨みつけている。

その碧眼には「解けた時に絶対殺してやる──」という無言の脅しが込められていたが、アルヴェはそんなものお構いなしだ。


「へへっ、『学園長様』はちょっと冷えて反省中ってわけだ」


氷漬けにされた学園長室は、まるで冷凍庫と化していた。

クルファと共に、運悪く巻き添えを食らったナジャも、見事な氷像の出来映えを披露している。


「い、いや……俺は知らねぇからな!」


バルドは必死に自分の立場を守ろうとする。

学園長を襲撃するなどという前代未聞の事態に、冷や汗を垂らすしかない。

もっとも、アルヴェの考えは至って単純明快だった。


「クラスメート狩り」の最中に邪魔されたくないから、先手を打って氷漬けにした──ただそれだけの話である。その至極単純な理由に、逆に誰も突っ込めない。


「おっ、バルドぉ!見るっす!ナジャちゃんが凍ってなんかエッチっす!♡清純派サキュバスの艶姿、拝み放題じゃないっスか!」


ユミルが尾びれを揺らしながら、悪戯っぽく声を上げる。


「いや、見ねーって……」


バルドは疲れたように顔を背ける。

状況が状況だけに、そんな余裕はなかった。

バルドがため息をつく中、ユミルの不謹慎な軽口に食いついたのは、案の定アルヴェだけだった。


「おっ、マジかよ?どれどれ……むほっ!これはすげぇ!やっぱサキュバスは違うなぁ!」


アルヴェは氷像の周りをぐるぐる回りながら、まるでワインを吟味するソムリエのように品定めを始める。


「どこかの更年期エルフとは大違いだぜ!これぞ若さの証!」

「先生!この角度からだと中身も見えるかもしれないっス!」

「おおっ!?デカしたぞユミル!社会のゴミにしちゃあ、なかなか使えるじゃねぇか!これは通信簿100点確定だぜ!ぎゃはははは!!」


その様子を見て、ティーファは八本の脚を小刻みに震わせながら呆れ顔。


「全く……何やってんだか。バカばっかり」

「おいルナリア!見てみろよ!これぞサキュバスの芸術品!男の浪漫じゃねぇか!?」


アルヴェは酔っぱらいながら、まるで美術品でも紹介するかのように氷像を指さす。


「申し訳ありません。遠慮させていただきます」


ルナリアは困ったように微笑む。


「というのも、学園長が今にも殺意で氷を溶かしそうな目をしていますので」

「あん?」


その言葉に、アルヴェは改めてクルファの氷像を見つめた。

そこには──かつて戦場で「殺戮者」と恐れられた彼女の、あの忌まわしい形相が浮かんでいた。


「ぎゃははは!このツラ懐かしいなぁ!やっとテメーらしくなってきやがったじゃねぇか!」


アルヴェはさらに高笑いを上げる。

氷漬けになった学園長の殺気立った視線など、彼にとっては良き思い出でしかないらしい。


「さーて、これで邪魔が入る心配もねぇな!」


アルヴェは意地悪く笑いながら、魔導外套を広げる。

すると、無数の魔導弾がボトボトと外套から零れ落ちてきた。

その光景に、氷漬けになったクルファの表情が見る見る変わっていく。

彼女の碧眼が限界まで見開かれ、声なき絶叫を上げる。


(ま、まさか……!このクソジジイ、学園を破壊する気か!?やめろぉぉぉッッ!!)


氷漬けの中で必死にもがくクルファ。

だが、その横では──。


(タスケテ……タスケテクダサイ……)


ナジャが静かに涙を流していた。

彼女の瞳から流れ出た涙は、氷の中で静かに結晶となっていった。


「へへっ……さぁて、楽しい課外授業の始まりだぜぇ!」


アルヴェの狂った笑い声が、学園長室に響き渡るのだった。


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