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第15話

轟音と共に吹き飛ばされた扉は、紙くずのように廊下に転がっていた。

その木材は魔力によって焦げ付き、暴力の証拠の如く無残な姿を晒している。


「よぉ!クソガキ共ー!ちゃんと来てやがるかなぁ!?ぎゃはははは!!」


アルコールの強烈な臭気と共に、アルヴェが千鳥足で姿を現した。

その赤い瞳は酒に酔って更に赤みを帯び、魔導外套からは不吉な魔力が漏れ出している。

全員が揃っているのを確認すると、うんうんと満足げな笑みを浮かべる。


「へへっ……なぁんだ、ちゃんと全員揃ってやがんじゃねぇか。社会のクズどもにしちゃ上出来だぜ?見直したぞぉ、クソガキ共……」

「うげっ!酒クサッ!朝からどんだけ飲んでんスか!?」


ユミルが思わず尾びれで鼻を押さえながら叫ぶ。

その態度にも、アルヴェは意地の悪い笑みを浮かべるだけだった。


「はぁぁ?なに言ってんだぁ?酒を飲めば匂いがするのは当たり前だろがぁ!」


アルヴェは千鳥足で教卓に向かいながら、意地悪く笑う。


「これだからよぉ、常識のねぇガキは大っ嫌いなんだよなぁ。そうだ、魚ちゃんも一緒に飲むかぁ?ほらよ!」

「や、やめろぉ!そんな物飲むわけないじゃないッスか!」


ユミルが必死で尾びれを振りながら抗議の声を上げる。

一方アルヴェは、まるでくるくると舞い、揺らめきながら教卓に腰を下ろした。


「マジかよ……こんな酔っ払い教師、見た事ねぇぞ……」


バルドが思わず呟く。不良の彼らですら、この異常な光景に引いていた。


「へへっ……良かったじゃねぇか?貴重な体験が出来たってもんよ。ほらよ、菓子とジュースも用意してやったぜ?食うか?この優しい教師様からの贈り物だぜぇ?ぎゃはははは!!」


アルヴェは酔った目を細めながら、魔導外套の内側から次々と菓子や飲み物の瓶を取り出していく。

その行動のどこにも、教師らしい威厳など微塵も感じられなかった。


「おい待てよ!?学園でそんなもん勧めてんじゃねーよ!テメェの教育観ってのは一体どうなってんだ!?」


バルドが思わず声を荒げる。不良を自称するバルドが教師に真っ当なことを言うこと自体が異常である。

目の前の光景は、もはや現実とは思えなかった。若々しい容姿をしているというのに、その言動は完全に昼間から出来上がった酔っ払いのそれ。


「へへっ……これはよぉ、『教育的指導』の成果ってやつなんだよ」


アルヴェは意地悪く笑いながら、酒瓶を傾ける。


「さっきな、授業サボってこそこそ間食してたクソガキ共がいてよぉ。俺も一応『教師様』だからさぁ?しっかり指導してやったわけよ。全員吹っ飛ばして没収、ってなぁ!」


彼は陶酔したような表情で続ける。


「まったく馬鹿なガキどもだぜ。俺に賄賂として渡しときゃあ見逃してやったってのによぉ……ぎゃははは!!」


賄賂が通用するのか、という疑問は置いておくとしても──この男の異常性は、もはや疑いようがない。


「おっと、そういやティーファちゃんよぉ」


アルヴェは意地の悪い笑みを浮かべながら、菓子を手に取る。


「昨日は悪かったなぁ。サボって隠れ食いしてたとこに魔法ぶち込んで、大事な菓子を消し炭にしちまってよぉ。これ、お詫びってことで貰っといてくれよ?へへへ…」


彼は菓子をティーファに向かって放り投げた。その瞬間、ティーファは思わずルナリアの方へ目を向ける。

そして指の先から、蜘蛛の糸を放って菓子を叩き落とした。


「な、なに言ってんの!サボってなんかないし!アル中のクセに人のこと適当に言うな!」


その必死な様子があまりにも不自然で、ルナリアは思わず苦笑いを浮かべる。

どうやらティーファは、自分の前で不良っぽい姿を見せたくないらしい。


「んー?違ったかなぁ?まぁどうでもいいか。酒があれば」


アルヴェは酔った目を細めながら、教卓の上で新しい酒瓶を開けるのだった。


「うぃ〜、それじゃあ出席確認でもすっかぁ!」


アルヴェは千鳥足で名簿を開く。

たった4人しかいない教室で出席確認など無意味なはずだが、英雄様は気分で動く男なのだ。


「出席番号イチバン!ルナリア!ルナリア・アルバト……ん?」


アルヴェの酔った目が、突如として鋭い光を放つ。

名簿に記されたその姓に、かつての記憶が呼び覚まされたかのように。


「アルバトロ……だと?」


彼はゆっくりとルナリアの方へ向き直る。

その赤い瞳で、エルフの青年の端正な顔立ちを執拗に観察し始めた。


「待てよ……その顔……まさかテメェ、ゲーニリッヒのガキか?」


その言葉に、教室の空気が一瞬で凍りついた。

ルナリアは僅かに目を伏せ、まるで覚悟を決めたかのように静かに口を開く。


「……はい」


その一言に、アルヴェの表情が突如として変化し始めた。


「まぁ、家名を見ればバレちゃいますよね……」


ルナリアは諦めたように微笑む。


「僕の父は傭兵団で貴方とご一緒した、ゲーニリッヒ・アルバトロです」


その言葉は、アルヴェの酔いを一瞬で醒ますほどの衝撃だった。

まさか、あの男の息子がこんな場所にいるとは。

それも、自分以上に狂気じみた戦士として名を馳せた、あのゲーニリッヒの──。


「おいおい待てよ……アルバトロ侯爵家の跡取りが、なんでこんなクソみてぇな場所にいやがる?」


アルヴェは酒瓶を置きながら、幻を見るかのようにルナリアを見つめる。


「エルフの国を支える大貴族の坊ちゃまが、こんな肥溜めに転がってていいのかよ?」


その言葉に、今度は不良三人組が息を呑んだ。

──大貴族。

今まで一緒にいた優等生のエルフが、そんな大層な身分だったとは──。

ティーファの八本の脚が小刻みに震え、ユミルの尾びれがビクリと跳ね、バルドは口を開いたまま固まっている。

確かにルナリアからは、この荒れ果てた教室には不釣り合いな気品が漂っていた。

その立ち居振る舞い、物腰の柔らかさ──。全てが「貴族」という言葉にふさわしい優雅さを湛えていた。


「ア、アンタ……貴族様だったの?」


ティーファは八本の脚を落ち着きなく動かしながら、震える声で尋ねる。

これまで平然と話していた相手が王族級の貴族だと知り、急に緊張が走ったのだ。


「まぁ」


ルナリアは困ったように微笑んで、金色の髪をポリポリと掻く。


「別に隠していたわけではないのですが……ただ、お話しする機会がなかっただけで。それに」


彼は柔らかな碧眼で三人を見つめる。


「エルフの国での話です。この連邦では何の肩書きも持たない、ただのエルフのルナリアですから。どうか、今まで通り接してください」


その無邪気な笑顔に、ティーファは思わず顔を赤らめて目を逸らした。

貴族だと分かった今、彼の笑顔が余計に眩しく感じられたのは、気のせいだろうか……?


「へぇ~、貴族ってこんなお肌ツルツルなんスねぇ~」


ユミルは尾びれを揺らしながら、おずおずとルナリアの頬に人差し指を近づける。

そしてついに──ぷにっと突いてみせた。


「わぁ!柔らかいっスねぇ!貴族ってスライムみたい!」


その大胆な行為に、バルドが慌てて制止を試みる。


「お、おい!やめろって……」


どうやら彼は、ユミルほど気軽に接することができないようだ。

その緊張した態度に、ルナリアは苦笑いを浮かべるしかない。


「おいちょっと待てよユミル」


アルヴェが千鳥足で近づいてくる。


「左の頬の方が断然プニプニ加減が違うぜ?ほらよ」

「えっマジッスか!?あ、本当だ!こっちの方がぷにぷにしてる!」


気がつけば、貴族の頬をつつく珍妙な二人組が出来上がっていた。

アルヴェと人魚の少女が、まるで子供のようにルナリアの頬を突きまくる。


「おいィ!?」


バルドが慌てて二人の「頬つつき魔」をルナリアから引き離す。

その光景を見て、ルナリアは柔らかな笑みを零した。


「ありがとう、バルドくん。でも……」


彼は金色の髪を軽く揺らしながら、優しく続ける。


「貴族なんて気にしないでください。みんなが普通に接してくれる方が、僕は嬉しいから」


その無邪気な笑顔に、バルドは思わず目を逸らした。


「あ、ああ……まぁ、考えとくよ」


彼は照れ隠しに頭を掻きながら、そう答えるのが精一杯だった。

貴族というのを初めて見た……いけ好かない野郎が大半だと思っていたが、どうやらルナリアというエルフは違うらしい。

バルドは違和感を覚えずにはいられなかった。


「それにしてもよぉ……」


アルヴェが突如として意地の悪い笑みを浮かべる。


「おいユミルぅ。オメーはラッキーだったなぁ?ルナリアがまともなエルフでよぉ……くくく」

「はぁ?どういう意味っスか?」


ユミルが首を傾げる中、アルヴェの赤い瞳には何か不吉な色が浮かんでいた。


「へへっ……テメェの親父、ゲーニリッヒにそんな事したら、今頃は綺麗な刺身になってたぜ?」


アルヴェは意地の悪い笑みを浮かべながら、酒瓶を傾ける。


「はっ……?えっ……?」

「あいつはなぁ……俺以上のイカレ野郎でよ。敵も味方も、兵士も民間人も、区別なく皆殺しにしてた。たとえ赤子でもな」

「み、みな……ごろし?」


ユミルの尾びれが震える。


「そうよ。ゲーニリッヒの『狩り』が終わった村には、生きた人間が一人もいなかった。女も、子供も、妊婦すら関係ない……文字通り、皆殺しだ」


教室に死のような静寂が満ちる。

生徒達の表情から血の気が引いていく中、アルヴェだけがケラケラと笑いながら、酒に酔った様子で昔話を続けていく。


「戦場じゃあ俺も絶対アイツに近づかなかったぜ?味方すら皆殺しにしちまう狂犬だったからなぁ!ギャハハハ!!」


アルヴェの瞳の奥に、百年前の光景が蘇る。

血に染まった戦場。

その只中で一人、金色の長い髪を靡かせる背の高いエルフの姿。

アルバトロ侯爵、ゲーニリッヒ。

彼の周りには味方も敵も関係なく、無数の死体が転がっていた。

その瞳には理性の欠片も残っていない。ただ殺戮に酔いしれた狂気だけが宿っていた。


「あいつが近くにいると、誰もが震え上がってたなぁ。『殺戮の貴族』ゲーニリッヒ様の登場だぁ!って。へへっ……そう……そうだ……思い出してきた……」


アルヴェは懐かしむように笑う。

だが、その笑みには底知れぬ暗さが滲んでいた。

生徒達は息を呑んで黙り込むしかない。


「──そう。だからこそ、俺はあのクソ野郎が目障りで仕方がなかった」


その瞬間、アルヴェの手にあった酒瓶が青白い炎に包まれ、一瞬で灰と化した。

彼の血のような瞳から、突如として人間らしい色が消え失せる。


「えっ……」


まるで地獄の底から這い上がってきた魔物のような、冷徹な殺意だけがその瞳に宿っていた。

教室の気温が一気に下がり、生徒達の背筋を凍らせるような底冷えする魔力が渦を巻く。

アルヴェの魔導外套が不吉な輝きを放ち、血に飢えた猛獣のように蠢き始めた。


「アイツが無力な民を殺す度に、俺はヤツの騎士団を焼き殺してやった。あのクソ野郎が女子供に手を出す度に──」


アルヴェの声が、氷のように冷たく響く。


「俺は奴の親族を殺しまくってやったのさ。目には目を──ってやつだ」


その言葉には、百年の時を超えて未だに消えない憎悪が滲んでいた。


「……ん?」


アルヴェは突如として、我に返ったかのように周囲を見回した。

教室には凍りついたような静寂が満ちている。生徒達は皆、アルヴェから発されている殺意に怯えきった表情を浮かべていた。


「……おっと」


アルヴェは意地の悪い笑みを浮かべながら、手を振る。


「冗談だよ冗談。少しばかり飲みすぎたようだ!ギャハハハ!!」


その言葉に、ホッとしたように声を上げる。


「もう~!アンタならマジでやりかねないと思ったッス!びっくりしたぁ!」

「へへっ、そう思われてんのか?こんなに優しい教師様だっつーのによぉ!?ぎゃははは!」


アルヴェとユミルの軽口の応酬で、教室の空気が少しずつ和らいでいく。

しかし──。


「……」


ルナリアだけは、最後まで表情を変えることはなかった。

その碧眼には、何か深い色が宿っていた。

まるで、アルヴェの言葉の真意を見抜いているかのように。


「だがまぁ、ゲーニリッヒがイカれた狂人だってのは、紛れもない事実だ」


アルヴェはゆっくりとルナリアの肩に手を置く。

その仕草には、どこか安堵めいたものが混ざっていた。


「正直言うとよ……ヒヤヒヤしたぜ。いつこのガキが親父譲りの本性表して、ユミルを切り刻んで内臓啜り始めるかってなぁ」


その物騒な言葉に、教室の空気が再び凍りつく。


「でも、どうやらルナリアは違うみてぇだな。あの狂った野郎から、こんなまともな価値観を持った奴が生まれるとはな……くくく」


アルヴェの笑みには、純粋な喜びのようなものが滲んでいた。


「お褒めの言葉、光栄です」


ルナリアは穏やかに微笑む。

だがその瞳には、かすかな陰りが浮かんでいた。


「ただ……できれば父の話は、みんなの前ではしないでいただきたいのですが」

「あぁそうだった!デリカシーってやつが足りてなかったな!悪かったぜぇ!」


アルヴェは千鳥足で教卓に戻りながら、大げさに手を振る。


「というわけでよぉ。ルナリアは優等生で、真面目で、なーんにも問題のない良い子なんだ。分かったかぁ?魚ちゃん達?」


その言葉に誰も返事はしなかった。

代わりに──。


「すいませんでしたーっ!!」


ユミルが突如として床に額をつけ、尾びれを震わせながら土下座を始めた。

先程まで気さくに頬を突いていた相手に、今更ながらの謝罪である。

ルナリアは、同級生の人魚が青ざめた顔で地面に伏す姿を見て、思わず深いため息をつく。


教室に朝日が差し込み、その光は机の影を長く伸ばしていった。

まるで、これから始まる波乱の日々を予感させるかのように──。


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