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第2話

「まぁ寛いでくれや」


英雄(自称)に案内されて廃屋の中へ。

中はもしかしたら……という僅かな希望は、見事に裏切られた。

というより、外観以上の「惨状」が広がっていた。

空き瓶の山がまるで芸術作品のように林立し、足を置ける場所を探すのが命懸けの探検になりそうなほど。

時折、分類不明の虫たちが「ここは俺たちの住処だ」とばかりにゴミの山を行進している。


「どうした、座らねえのか?」


青年は平然と地べたに座り込む。

たった今、そこを這っていった謎の多脚生物(虫と呼ぶには不気味すぎる何か)の事など、彼の頭には全く無いようだ。


「遠慮しておきます」

「変な奴等だな。まぁいいや……」


青年は新しい酒瓶を開けながら豪快に笑った。


「俺は酒しか用意できねぇが文句は言わせねぇぞ?なんなら今すぐ出て行ってもいいぜぇ?がははは!」


既に出来上がってる。

もうこの時点でナジャは帰りたくなっていた。


「そ、それで貴方がアルヴェ氏……とのことですが、本当に?」


ナジャは明らかに疑わしそうな目で、目の前でグデグデになっている"英雄様"を見つめた。


「あ?なに、信じられねぇのか?」


青年は不敵な笑みを浮かべながら、ポンと掌に火球を浮かべた。


「そう、俺様がアルヴェ・ローレンスその人だ。疑うなら、お前らの体で実演してやろうか?バーベキューにはちょうどいい天気だからなぁ……」


そう言って、悪ガキが悪戯を思いついた時のように、ケラケラと笑う。確かに規格外の魔力は感じるが……。

ナジャは目の前の『英雄』を観察した。どう見ても20代前半。アルヴェ・ローレンスは100年前の英雄のはずなのに、この若者が本物だというのか?

しかも昼間から出来上がって……。


「失礼ですが、貴方は一体何歳で……?」


教頭が震え声で尋ねる。先程の魔力の洪水で完全にトラウマを植え付けられたらしい。

無理もない。ナジャはサキュバスとして魔力への耐性があるが、教頭は『ただの』人間だ。

目の前の『酔っ払い英雄』の魔力は、おそらく彼の人生で経験した中で最強クラスだろう。


「あぁ?」


少年は新しい酒瓶を傾けながら、にやりと笑う。


「俺がいくつに見えるってんだよ。まぁいい……そうだな……180歳くらいかね?」

「ひゃっ!?」


まさかの答えに、ナジャも思わず悲鳴を上げる。

冗談にしては笑ってないし、本当だとしても荒唐無稽すぎる。

どう見たって20代前半の「若者」にしか見えないのに。

まあ確かに、超強力な魔術師なら若返りの術とかいう、美容整形以上の技を持ってるのかもしれない……。ナジャは無理やり自分を納得させた。


「まぁ俺の歳なんざどうでもいいだろ。それで?用ってのは?」


青年(180歳)は酒瓶を傾けながら話を促す。


「実は……私達の上司からの依頼で、アルヴェ氏に学園まで来て欲しいんです」

「嫌だ」


即答である。二人の期待は見事に粉砕された。


「ど、どうしてですか?何か問題でもあるんですか?」

「そりゃあるだろうよ。大体、この俺様がどうして学校なんぞに行かなきゃなんねーんだ?」


アルヴェは酒瓶を振りながら不機嫌そうに言い放つ。

今しがた開けた筈の一升瓶はいつの間にか空っぽになっていた。


「ここでゴロゴロ酒飲んでるだけで最高に幸せなのによぉ。まさか、そんな贅沢な暮らしを邪魔しに来たわけじゃないよなぁ?」

「そこをなんとか……!お願いします。学園長はアルヴェ氏の力が必要だと言っていましたので……!」

「チッ!」


アルヴェは舌打ちしながら新しい酒瓶を開ける。


「依頼っつーからもっと楽な仕事で金が貰えるかと思ったのによ。何が悲しくてガキ共の溜まり場に行かなきゃならねーんだ。そもそも学園長って誰なんだよ。俺の知り合いにそんな奴いねーぞ」


「し、しかし学園長は貴方の事をよく知っているようでしたが」


ナジャは慎重に言葉を選びながら続けた。


「彼女の名前はクルファです。クルファ学園長」

「クルファ……?」


アルヴェは突然酔いが醒めたかのように動きを止める。


「あー……クルファ……クリュファ……クル……ファ……」


遠い記憶を手繰り寄せるように、虚空を見つめて黙り込む。

そして数秒後──。


「ギャハハッ!!アイツが学園長だとぉ!?」


アルヴェは腹を抱えて笑い出した。


「笑わせんなよ!あの腐れ外道に学校なんか作れるわけねーだろ!」

「く、腐れ外道……?」


ナジャは思わず聞き返す。学園長を侮辱する言葉に思わず眉をひそめた。


「あぁそうさ!」


アルヴェは酒瓶を片手に豪快に笑う。


「腐れ外道ってのも誉め言葉になるくらいのクソ野郎だ!昔は俺が特訓してやったってのによ。いつの間にやら偉そうに学園長になんざなってやがったのか!全く世の中ってのは面白いもんだなぁ!ギャハハ!」

「……」


ナジャは絶句した。 彼女の知る学園長は、聖人のような存在だ

常に穏やかな笑顔で生徒たちに接し、誰からも信頼される理想的な教育者。

その人物が「腐れ外道」だった?しかも、この酔っ払い青年に「特訓」されていた?

もしかして、単なる同姓同名の別人なのでは──。


「あの……学園長がどんな方か教えてくれませんか?別人だと困るので」

「知りたいのか……いいだろう。特別に話してやる。ありがたく聞きやがれ」


アルヴェはまるで武勇伝を語るかのような態度で言う。どうも調子に乗っているようだ。

だがナジャは彼の口から語られる内容に驚愕する事になる。


「あの女はな……俺が育てたのさ」

「えっ!?」


ナジャと教頭の声が重なる。


「昔はよくあいつと『遊んで』やったもんさ。そうそう、拷問って奴だな!懐かしいなぁ……」


アルヴェは酔った目を遠くに向けながら、まるで楽しい思い出話でもするかのように続けた。


「何しろヤツが赤ん坊の頃から知ってるからな。おしめ替えから殺人術までみっちり仕込んでやったよ」


その語り口は、不思議と嘘くさくない。

酔っ払いの毒舌の中に、何か懐かしむような温かみさえ感じられた。


「俺が育てただけあってなぁ、とんでもない魔術師に育ちやがった。大戦中なんて『敵も味方も関係ない。死ね』が口癖でよ。周りからは『よくもあんなイカれた殺人鬼育てやがったな』って言われたもんさ」


アルヴェは新しい酒瓶を開けながら声を上げて笑う。


「そんな女が今はこども動物園の園長?傑作じゃねぇか!ギャハハ!」

「本当……なのか……?」


教頭は現実を否定したそうな表情で呟く。ナジャも同じ気持ちだった。

しかし、この英雄の語る衝撃的な真実は、どうも嘘ではないらしい。

サキュバスとしての本能が、その確信を突きつけてくる。


「へぇ、どうやらアイツ……学校じゃ良い子ちゃんになりすましてるみてーだな」


アルヴェは意地の悪い笑みを浮かべる。


「くくく、でもよぉ……あいつの本性は『殺戮者』そのものだ。いつ生徒たちを皆殺しにしてもおかしくねーぜ?」

「が、学園長はそんな事しません!」


思わずナジャは声を荒げて反論した。

今の学園長を知る者として、黙って聞いているわけにはいかなかった。


「ほぅ?」


アルヴェは急に真面目な顔つきになり、ナジャを値踏みするような目つきで見る。


「お前、あの女を随分と信頼してるみてーだな」


アルヴェは少し驚いた様子を見せる。

確かにナジャは学園長について詳しいとは言えない。だが彼女は素晴らしい女性だという事は知っていた。


「はい。学園長はいつも私達を助けてくれる良い人なんです。昔は昔。今は今です!」


それはナジャの偽ざる思いだった。彼女に助けられた者は多い。ナジャもその一人だ。


「たまに『あのクソガキ共ぶっ殺してぇ〜』って呟いてるけど、学園長は素晴らしい人なんです!」

「いや本性隠しきれてねーじゃねぇか!!なんでそれで信頼できるんだテメーはよ!?」


アルヴェの突っ込みはナジャの耳をスルーしていく。

そんな彼女の真剣な表情を見て、アルヴェは酒瓶を傾けながらニヤリと笑う。


「面白い奴だなお前……気に入ったぜ」


彼はクスクスと笑いながら続ける。


「だがな、依頼は受けねぇよ。あのガキめ、俺が育ててやった恩も忘れて何十年も音信不通。そんなヤツの頼み事なんざ聞くか、バーカ」

「そんなぁ……」


ナジャの表情が見事に絶望に染まった。だが、まだ諦めきれない様子だ。


「じゃ、じゃあせめて学園に来てくれませんか?直接話せば気持ちも変わるかも……」


ナジャは最後の望みを懸けて、「お願いします!」とばかりに目を輝かせた。


「あぁ……?面倒くせぇなぁ」


アルヴェは新しい酒瓶を開けながら溜め息をつく。

これで何本目だろか。


「俺はここでダラダラ酒飲んで暮らしたいんだよ。それにな、学園なんか行ったら必ず殺し合いの展開になる」

「こ、殺し……合い?」


その物騒な単語に、ナジャと教頭の顔から血の気が引く。


「まぁ俺様は聖人君子だから自分から喧嘩なんか売らねーが……」


アルヴェは酔っ払いながらも、妙に自信満々に胸を張る。


「でもアイツはなぁ……昔の恨みを根に持つ器の小さい女だからよ。俺の顔見た瞬間、『殺してやる!!』って叫び出して魔法を撃ちこんでくるに決まってらぁ」

「あなた一体学園長に何したんですか!?」


ナジャは思わず突っ込まずにはいられなかった。

どうやらこの「聖人君子」な英雄様は、相当なことをやらかしたらしい。


「まぁそういう事よ。悪いがこの英雄様は学園とやらには一切興味がない。つーかガキは嫌いなんだ。思わずぶっ殺したくなるくらいにはな……」


アルヴェは酒瓶を傾けながら不敵に笑う。


「どうしてもってんなら、一千万ヴァルくらい用意すりゃ考えてやらんでもない。まぁ無理だろうけどな!がははは!」


そう言って千鳥足で立ち上がったその時──。


「あ、お金なら学園長が払うって言ってましたよ。二千万ヴァル」

「……なに?」


ナジャの言葉が空気に溶ける前に、アルヴェの目が急激に変化した。

酔いが一瞬で醒めたかのように、その赤い瞳が鋭く光る。


「ニ、二千万だと……」


アルヴェは一瞬目を輝かせるが、すぐに疑心暗鬼な表情になる。


「それだけあれば借金が……い、いや待て待て。おかしいだろ、そんな大金!」


アルヴェは酒瓶を片手に考え込んだ。


「クルファの奴、俺に何させる気だ?まさか『生徒を皆殺しにして♪』なんて可愛い依頼じゃねーよな?」

「学園長は『昔世話になった恩人に恩を返すのは当たり前』と言ってましたが……」

「はぁ!?」


アルヴェは思わず酒を吹き出しそうになった。


「あのサイコパスがそんな綺麗事言ってたら、世界の終わりの前触れだぜ。別れ際に『貴様みたいな人生の汚点を完璧に殺せるようになるまで修行の旅に出る』とか抜かしてたヤツだぞ?」


アルヴェは新しい酒瓶を開けながら続ける。

本日何本目か分からない、空になった瓶がコロコロと床を転がっていった。


「育ての親を殺そうと誓った親不孝者が、急に恩返しだぁ?コイツは絶対なにか企んでやがる……」


アルヴェは「二千万……二千万……」と、まるで呪文のように呟き続ける。

その目は完全に「お金の亡者」と化していた。まあ、この廃墟を見れば、その理由も分からなくはない。


「よっしゃ!しょうがねぇな!」


突如、アルヴェは立ち上がって豪快に宣言する。


「この『英雄』アルヴェ・ローレンス様が特別に会ってやろうじゃねぇか!ただし誤解すんなよ?金目当てなんかじゃねぇからな?」


酒瓶を振り回しながら、急に芝居がかった口調になるアルヴェ。

思わず突っ込みそうになるナジャであるが、機嫌を損ねると面倒なことになるので何も言わなかった。


「可愛い可愛い我が子のようなクルシュが困ってるってんなら、親として放っておけねぇだろ?金なんていらねぇけど……まぁ、くれるって言うんならしょうがねぇよなぁ!カッー!」

「本当ですか!?やったぁ!……では学園長に連絡を入れておきますので!」

「おうよ、頼んだぜ」


最後に、アルヴェはニヤリと笑って付け加えた。


「あ、それとクルシュには『偉大なるお父様が心配していた』って伝えとけよ?」


こうしてナジャと教頭は、酔っ払い英雄を学園に連れて行くことに成功した。

そして二人は足取りも軽く帰り支度を始める中、同じことを考えていた。


「(……学園長の名前、クルシュじゃなくてクルファなんですけど)」


どうやら偉大なるお父様とやらは育てた娘の名前すら間違えているらしい。

二人は苦笑いを浮かべながら、この情報を学園長に報告する時の反応を楽しみに学園に帰るのであった……。



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