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第9話「張間、悟る?」


「失礼しまーす………って、誰もいない。」


放課後、部活がたまたま休みになった張間は退屈だった為、演劇部部室を訪ねた。

しかし、部室の中には誰もおらずもぬけの殻。

隣の準備室を覗いてみるも、そこにも誰もいなかった。


「んー、鍵は開いてたし………、その内戻ってくるか?」


別に家に帰ってもやる事はない。

ならばと、張間は手近にあるパイプ椅子を引き腰掛ける。

折角の部活の休みなのだ。

こういう過ごし方だっていいだろう。

背もたれに腕をかけ、暇潰しとばかりに携帯で適当にネットサーフィンをしていると、少しして部室のドアが控えめに叩かれた。

宗治達だろうか?と思うも、ここは彼らの部室なのだからたぶん違う。

自分はただの来客だ。応対すべきか?と、少し悩むも、その心配は不要らしい。

引き戸がゆっくり、躊躇いがちに引かれた。


「あの、失礼しま………す?」


丸眼鏡に三つ編みおさげ……、まるでマンガから出てきたような少女が意を決したような顔をこちらに向け、それからすぐにキョトンとした顔を浮かべ、首を傾げた。


「貴方は………、たしかバスケ部の………」

「あー、うん、そう。バスケ部所属の張間。宗治達なら今留守みたいだぜ?」

「そう………、なんですか。」


言って、おさげの女子生徒は肩を落とす。

入部希望か何かだろうか?或いは宗治達誰かに個人的なお願いか………、張間は少しだけ考え、邪魔になるかもしれないと今日はもう帰ることにした。

席を立ち、女子生徒に声をかける。


「取り敢えず、さ。部室も開けっ放しだったし、そろそろ帰ってくると思うよ?俺は部外者だからもう帰るからさ。」


「じゃあ。」と言おうとした時だった。


「あの、待ってください!その……、少しだけお話を聞いてくれませんか?ちょっと………、誰かの意見も聞きたい………ので。」

「…………はあ。」


よく分からない流れになり、張間は思わずそんな情けない声を漏らす。

一体、何なのだろう、と。




◆◆◆


「……へぇ、小山内さんは木吉の奴に相談を、ねえ……。」

「はい。木吉さんは意外と聞き上手だというので、是非相談に乗ってもらいたくて!」


そう、両手で握り拳を作りながら女子生徒、小山内頼子おさないよりこは語る。

話を聞いて、張間は納得した様に頷く。

(まあ、アイツはたしかに変な奴だけど、案外面倒見良かったりするんだよな………。)


「てかさ、その相談内容、最初に俺に話していいわけ?そういうの、たぶん宗治とかもちゃんと聞いてくれ―――――、」

「冬木さんや椿くんじゃ駄目なんです!!」

「お、おう。」


バンッ!!と両手で折り畳みテーブルを叩き、妙な迫力を出す頼子に張間は若干引き気味に返す。

この時、江崎高校という変人とクセモノの集まりに2年も身を置いた張間の脳裏には、ある予感が過った。

(どうしよう………。なんかロクでもない話な気がする。)

その証拠と言うべきか、頼子の瞳には先程の控えめな意思ではなく、何というか………、燃やしてはいけない燃料で燃え盛る情熱に似たような何かが宿っていた。


逃げよう。しれっとここから逃げ出して、上坂あたりでふらついて帰ろう。

張間は若干引き攣った笑顔で思い出したように呟く。


「あー…………、ちょっと待った。俺、早目に帰らなきゃならねえんだった……。てわけですまん、話はまた今度………、」


席を立ち、背を向けた時だった。

ガシッと右腕が掴まれる。


「待ちなさい。貴方から今、香ばしい嘘の匂いがしました。」

「香ばしい嘘の匂いって何!?てか、めっちゃ怖いんだけど、アンタ!!」


振りほどこうとするも腕を離せない。

(やべー、マジでこえーんだけど、この女!?)

だが、張間の恐怖を知ってか知らずか、頼子は彼の腕を掴んだまま叫ぶ。


「聞いてくれるだけで………、聞いてくれるだけでいいんです!それだけで木吉さんに相談する勇気が持てるのでっ!!」

「………ああ、もうっ!少しだけだからな!!」


熱意と、それ以上の狂気に押され張間は根負けし、乱暴にドカリとパイプ椅子に座る。

ギシリと軋む椅子に身を預け、張間が身構えると、逃げないと悟り、安心した頼子も椅子に座り直す。


「……………………。」


沈黙が部屋を支配する。廊下の向こうの学生の声も、今は聞こえない。

頼子は悩む様に眉間に皺を寄せながら考え込み、暫くしてから意を決したように張間を見据えた。

視線を向けられた張間も、彼女からの言葉を受けるべく真剣な顔で身構えた。

そして…………、


「私…………、冬木君と高遠君、若しくは神崎君とのカップリング、どれが王道なのかここ最近、ずっと悩んでいるんですっ!!」

「終わってんだろコイツぅ!!!!!」


想像しうる限り、男にとって最低最悪な内容を聞かされ、頼子が言い終えるとほぼ同時に張間は再び立ち上がりながら渾身の力を込めて叫ぶ。

頼子は張間の叫びに一瞬目を丸くするも、すぐにキッ、と睨む。


「なんて事言うんですか……!貴方、それでも人間ですか?!!」

「失礼にも程があるな!?そんな話、男に聞かせるお前の方がどうかしてるわっ!!」

「仕方ないじゃないですか!椿兄弟とか、木吉さんと九重さんの絡みとか、それ以外の美男美女の絡み合う妄想が止まらないんですから!!」

「何でなんだよ…………っ、どうしてこの学校には変な奴しかいないんだ………!?」


毎日の様に爆発する理科室……、AI知能、謎のエネルギー源で動き、当たり前のように意思疎通をこなしがら学校を歩く人体模型………、喧嘩をしながら仲良く畑を耕すアニ研と園芸部………、毎回PONをやらかすアホな校長………

何が原因なのか、何処から変異したのか……、

そんな事に想いを馳せながら目の前の悲しきモンスター頼子から逃げる機会を伺う。

しかし、そんな張間を逃がすまいと、頼子は自分の鞄から如何わしい表紙のコミックを数冊、両手にそれぞれ持ちながらにじり寄る。

張間はいよいよ涙目で、言葉を漏らす。


「ドウシテ……?オレ、キョウヤスミデココニキタダケナノニ………、」

「さあ、張間さん……。私が教えてあげます……。■■■■■■■■とか■■■とか、■■■■■■■――――――、」

「いやあぁぁぁぁああああああああ!!!!???」


凡そ理解の出来ない言語が耳を襲い、にじり寄るモンスターと、その手に持つ怪しげな雰囲気の本を見て、張間はただただ絶叫した。




◆◆◆


「………あれ、張間がいる。」

「本当だ………。何で?」


部室の扉を開けてすぐ、最初に目に飛び込んだのはパイプ椅子に座り、穏やかな顔で真っ白になった張間だった。

他にも誰かいたのだろうか、椅子がもう一つ、誰か座った形跡がある。


「おい、張間。どうしたんだよ?」


俺は張間の肩をゆっくりと揺する。

すると、張間は目を覚ましたようにゆっくりと瞼を開け、相変わらず穏やかな顔で俺を見つめた。


「なあ、宗治…………。」

「………何だよ。」


ゆっくりと言葉を紡ぐ張間に妙な気持ちわる…………、気味の悪さを感じ、怪訝な顔を向けると張間は続きを口にする。


「宗治は受けと攻め、どっちがいいんだ?」

「………………………。」


パァンッッ!!!


俺は暗く、邪悪な笑みを浮かべて張間の頬にフルスイングでビンタを叩き込み、部屋の隅にある布テープを数個持ってくる。

俺が不機嫌だと察してか、それとも張間が寝惚けた事を抜かしているからなのか、明日葉達が完全にドン引きして引いているが、俺はそれを無視して張間をテープでグルグル巻きにしていく。


「そうか………、宗治は攻めなんだむごごごごご………、」


鼻血を出しながらも、尚も起きたまま寝言を言う口もガムテープで塞ぎ、エビフライと化した張間を蹴飛ばして地面に転がし、俺は布テープを置いてから圭一に電話をかける。

数コールの後、圭一が出る。


『もしもし、どうした?』

「もしもし。圭一、頼みがあるんだけどさ。今から人間サイズの腐りかけのエビフライ持ってくからさ。山下さんの所に持ってって欲しいんだ。」

『あー……、商店街の『オカマストリート』……。そのエビフライは何をしたんだ?』

「分かんない。部室に行ったら腐ってた。」

『…………まあいいや、了解。山下さんには連絡しとくから、準備が出来たら部室に行くよ。』

「おっけー、ありがとう。」


通話を切り、それから数分後………、

圭一が来たので、純と3人で校門前に待機していた車に張間を乗せるのだった。

後日、元に戻った張間が激昂していたが、それはまた別の話である。


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