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第8話「これからの小鈴達」


放課後の演劇部部室………、そこには明日葉と来客である小鈴と……、演劇部部室に最近住んでいるらしいお狐様の2人と一匹だけがいた。

宗治達はいない。

小鈴が相談したい事があるからという事で席を外してもらっているのだ。

静かな部室……、出された椅子に座るでもなく小鈴は明日葉に申し訳なさそうに口を開いた。


「場所の用意とか、話を聞いてもらって……。ごめんね、明日葉ちゃん。冬木君達にも後で謝らなきゃ……、」

「んーん、全然いいよ。宗治とかも気にしてたし、寧ろ力になれるならって自分から出てったからさ?」


明日葉は微笑みながらそう返した。


「でもさ、アタシでいいの?相談する相手って。」


明日葉は椅子に座り、両手で頬杖を付きながら気になった事を聞く。

気になった事とは今後の流人と小鈴、里桜………、その周りの状況の事だ。

ここ最近、立て続けに2件ほど事件が起き、その中心に流人がいた。

もちろん流人が悪かった訳ではない。

いや、どちらかといえば彼は被害者だ。

彼があの人達を『あんな物』、『肉塊』呼ばわりしてしてしまうのも無理はない。

あの時の事を思い返して僅かに苛立つ明日葉を見て、小鈴は困った様な笑みを浮かべるも、彼女は静かに頷いた。


「寧ろ、明日葉ちゃんに聞いてほしいかな、今は………。」

「………ん、そっか。」


そう返して、こちらに背を向けた小鈴を見る。

小鈴はこちらを見ることなく、窓越しにグラウンドを見ていた。

きっと、顔を見られたくないのだろう。

それでいいと思った。

彼女はこういう形で人をあまり、というよりも、まったく頼らない。

自分達を除いて周りは全く気付かないけど、小鈴は昔の流人と同じくらいかそれ以上に他人を寄せ付けない。

小鈴との付き合いは高校に入ってからだけど、こうやって自分から頼ってくれるのは素直に嬉しかった。

だからこそ、明日葉は小鈴が話し出すのを待った。

外から響く運動部の声に少しだけ耳を傾けていると、小鈴は躊躇いがちに口を開いた。


「あのね………、私とりゅーくんって本当は付き合ってる訳じゃないの。」

「……うん、知ってる。」


明日葉は穏やかに微笑みながら、そう頷くと、小鈴は驚いた様に振り返った。


「え、そ………、そうなの?」

「そうだよ。だって、あの流人だよ?」


江崎高校に入ってから大分改善されてはいるものの、基本的に流人は他人を寄せ付けない。

他人を嫌っているとか、信じてないとかじゃなく、親密になる事を怖れて、諦めているからだ。

その彼が、ぽっと出で出てきた女の子と付き合うなんて100%無いと断言できる。


「アタシだけじゃなくて、宗治も圭一も、仲の良い奴はみんな気付いてるよ。たぶん、何か理由があって一緒にいるんだろうなって。」

「うん………。」


短く頷いて、小鈴はまた背を向け、意を決したように口を開いた。


「私達ね、似た者同士………、なんだ。」

「…………うん。」


全部を言ってくれる訳じゃない。

ただ、それだけでも凡その意味は分かった。

小鈴はそこから、ぽつりぽつりと言葉を紡いだ。


「初めは学校の外で出会ったの。その時はお互いに名前も名乗らないで、終わり。もう会うことも無いだろうな、って。でもね、それから少しして学校で困ってる時に助けてもらったの。そこからお弁当を一緒に食べて、友達になって………、」

「9月くらいでしょ、たぶん。」

「うん。初めはね、私は仲間が欲しいのかなって、思ってたんだ………。」


静かに聞き入っていると何となく横に気配を感じたのでそちらを見ると、いつの間にかお狐様が机の上のクッションに座って明日葉と同じ様に小鈴が話し出すのを待っていた。

何となく膝に乗せて抱っこしようとするも、手を尻尾で叩かれる

(意地悪…………、)

ジト目をお狐様に向け、意地でも両手で捕まえようとするも、小鈴が振り返りそうだったので手を止める。


「……………ちゃんと聞いてた?」

「勿論。」


そう言って親指を元気よく立てる。

うん、嘘は言っていない。

ほんの数秒だったし。

明日葉の笑顔に小鈴はちょっとだけむっとした顔をするも、一緒にいるお狐様に笑顔を向けて、また背を向けた。

明日葉もまた、真剣な顔でまたその背中を見つめる。


「でもね、この間のりゅーくんのお父さんとか、お母さんを見て、本当は違うんだって、気付いたの。ううん……、気付かない、フリをしてた。」

「………………………、」


明日葉は何も言えなかった。

あの時の……、2つの事件の事を嫌でも思い出したからだ。

付き合いは長いけれど、あれ程怒りを見せ、相手を口汚く罵った流人を見たのは初めてだった。

間違いなく、この先見ることは無いだろうと思える程に……。


「……ある日いきなり、壊れちゃって、いなくなってしまいそうで怖いって。」

「………そう、だね。アイツ、たぶん自分一人いなくなっても大した事ない……、そう考えてたろうから。」

「…………私ね、りゅーくんが幸せになるなら、それで良いって思ってた。いつか、それでりゅーくんが離れてしまう事になっても……。でも……、」


絞り出すように、次に繋げるように、小鈴は言葉を紡いでゆく。

明日葉は静かに、来るであろう、祝福するべきであろう言葉を待った。


しかし、小さな肉球が頬に押し付けられ、その犯人をジト目で見つめる。

犯人であるお狐様は明日葉にまるで、「寝るなよ?」とでも言いたげに手をぐりぐりと押し付けたままだ。

(寝るわけないでしょ!?)

どれだけ信用されてないのだ!と明日葉はお狐様を捕まえようとするも、伸びてくる手を器用に避けられ、代わりにぺしぺしと威力の無いパンチを浴びせられる。

本格的に捕まえようと両手を伸ばしかけたところで、またまた小鈴が振り返る気配を察してサッと手を机の下に引っ込める。

振り返った小鈴の顔はにっこり笑顔だった。


「………あのね、明日葉ちゃん?」

「ハ、ハイ。ナンデショウ?」


思わず片言で、引き攣った笑みで返してしまう。

これでは何かあったと言ってるような物だ。

そんな明日葉を、小鈴が若干底冷えするような笑みで語り掛ける。窓に指を指して。


「見えてるよ、さっきから。」

「………………ァ。」


窓には自分とお狐様の姿がしっかりと写っており、言い逃れは不可能だった。


「もう、明日葉ちゃんのバカ。」

「ご、ごめんね小鈴……、」


本気で怒ってるわけでもない。

呆れたように頬を膨らませ顔を逸らす小鈴を見て、申し訳ない事をしたと思いながらも、思っていた事を口にする。


「たぶんね、流人も一緒だと思うよ。小鈴の気持ちと。」

「え?」


驚く小鈴に、明日葉は微笑む。

確かに小鈴の言う通り、流人は誤魔化してるだけでそんなに強くないかもしれない。

だけど、今は少しだけ違うと思う。

あの事件は中身は最悪だったけど、それでも全てが悪い事ばかりでない事を明日葉は知っている。

明日葉はそれを敢えて口にせず、遠回しに伝える。


「似た者同士なんでしょ?だから、絶対大丈夫。」


お狐様を無理矢理抱っこし、ついでばかりに「2人とも、アタシの大事な友達だしねー。」と照れ隠しに笑顔で付け加えると、小鈴はポカンとした顔で一言。


「………ちゃんと聞いてたんだ?」

「いや、当たり前でしょ?!」


心外だ!とばかりに力強くツッコむと、ようやく小鈴はどこか張り詰めた空気を緩め、おかしそうに笑ったのだった。

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