「明日葉……………。」
「ごめん!ほんっとうにごめんね、美羽ちゃん!ちゃんと買って返すから!!」
ある日の放課後、例の如く明日葉は美羽にものすごい勢いで謝罪をし、美羽は美羽で若干涙目で明日葉を睨んでいた。
2人の様子を見て、俺と純は困った様に笑い合う。
ことの発端は数分前。
部室の冷蔵庫にあった美羽の飲み物、ライトニングスプライトを明日葉が間違って飲んでしまった事から始まる。
明日葉は昔から何か真剣に書き物をしていると、そればかりに集中して周りが見えなくなる癖があり、今回のそれも明日葉が台本を書いて起きた事だった。
普段のしょうもない事だったら遠慮なくお説教するところだが、演劇の台本は明日葉が毎回書いてくれる手前、あまりお説教はしたくない。
という訳で口を挟まないでいるのだが、大好物を飲まれてしまった美羽はそうもいかない。
空っぽの空き缶を見ながら恨みを呟いた。
「飲まれないようにと思って、わざわざ冷蔵庫の奥底に入れたのに………、」
「だ、だからごめんって………!」
「お狐様、ごー。」
美羽がそう言うと、近くで様子を見ていたあの正体不明の9本の尻尾の小さな白キツネが駆け出した。
「ちょ、ちょっと待ってお狐様!?話せば分か………へぷ?!」
言い終える前に明日葉の顎にお狐様の小さな足が直撃し、情けない悲鳴が部室に響く。
お狐様は綺麗に宙返りして着地したあと、用が終わったとばかりにテクテクと自分専用のクッションに向かって歩いていった。
俺は床で伸びてる明日葉の隣でしゃがんで声をかける。
「明日葉……。ライトニングスプライト、上坂に買いに行くぞ。俺も一緒に行くから。」
「う…………、うん……。」
右手を差し出すと、よろよろと手が伸びてくる。
こうして俺達はこの後、上坂のとある店に美羽のライトニングスプライトを買いに行ったのだった。
◆◆◆
「じゃあ、コレね。タイマーは自由に設定できるから、それでボタンを押すだけ。」
「ありがと、ゆーちゃん。後で結果だけ教えるね。」
「うん、楽しみにしてる。」
とある日の昼休み、俺と美羽、純は昼食を取った後、聖皇から用事でこっちに来ていた元江崎高校の先生でもあった三上結月先生………、通称ゆーちゃんからある物を受け取った。
またすぐに戻らなければならないというゆーちゃんを3人で見送った後、俺達は無言で頷き合う。
後は放課後を待つだけだ。
◆◆◆
そして放課後………。
俺達はわざとのんびりと部室に向かった。
明日葉は………、寝ていた。
「うわ、宗治先輩の言う通りだ……。本当に寝てる。」
「台本作業終わると、明日葉は確実にこうなる。寧ろ、ならなかった事がない。」
俺の予想に驚く純にそう返しながら、鞄の中にしまってある、ゆーちゃんから渡された物を取り出す。
それは………、爆弾だった。
と言っても、本物じゃない。見た目が完全に爆弾な偽物だ。
俺はゆーちゃんに教わった通りにタイマーをセットし、それを発案者である美羽に手渡す。
美羽が提案したもの、それは爆弾ドッキリだった。
理由は勿論、毎回飲み物を奪われる明日葉へのお仕置きの為。
やりすぎ…………、なのは間違いないがそこは非常識の塊とも言える江崎高校。
爆弾ドッキリ程度では問題とは言えない。
大半の人間が「何だ、そんな事か。」と流してしまう。
生徒や先生だけでなく、近隣住民さえも。
美羽は机に突っ伏して寝ている明日葉の背後に周り、ガムテープに手をかけたところでピタリと止まり、こちらに振り返る。
「ねえ、宗治。起きない?」
「ああ、起きないよ。」
「ホントに?」
「美羽は木吉明日葉という人間を舐め過ぎだよ。こうなった明日葉はテコでも起きない。起きるのは自分で起きると決めたその時だけだ。」
「………そこまで理解してるのがかえって怖いんだけど。」
「幼なじみだからね。死ぬほど苦労した。」
そう言うと、ようやく理解してくれた美羽は「ああ……。」と、何とも言えない表情でガムテープをビリビリと切り取り、明日葉に爆弾もどきを巻き付けていく。
やはりと言うべきか、明日葉は起きなかった。
しっかりと巻き付ける形で背中に固定し終えた美羽は満足そうに頷き、純は笑いを堪えている。
「宗治先輩、流石に偽物ってバレたり、剥がそうとするんじゃ………、」
「それも無い。明日葉のアホの子具合は江崎高校1だ。ついでに言うと、明日葉のお母さんからもオッケー貰ってるから全てに於いても問題ない。」
時折、優里さんの怒号と明日葉の笑い混じりの断末魔が木吉家から聞こえてくる辺り、明日葉の悪い癖は今も変わらず自宅内でも発生してる。
恐らくは擽り倒されてでもいるのだろう。
今回の件も明日葉が怪我しない程度に遊んであげて、と言われているから大丈夫だ。
ヤバくなるなら助けるし。
美羽がポチッと爆弾もどきのスイッチを押すのを見て、笑いを堪えながら隣の部屋に移動する。
明日葉が起きるのが楽しみだ。