「ありがとうございましたー。」
店員の声を背に、店を出た俺は弾む足取りで駅へと足を運ぶ。
時間はもう夕方の5時………、輸入食品という事で午前中から探したが中々見つからず、あちこち駅を移動していたらこんな時間になってしまったのだ。
学校がある日でなくて良かった。
間違いなく学校終わりに探し回って帰りが10時ぐらいになっていただろうから。
上着のポケットに詰め込んだ小さな袋に意識を寄せ、ワクワクしながら改札を潜る。
(はてさて、どれだけ不味いのか………。)
■■■■■
翌日……、演劇部の部室にて明日葉と美羽は呆れたような顔を俺に向けていた。
純だけは興味があるようで、俺の隣で手元を見ていたけれど。
明日葉が袋から僅かに覗く中身を見て呟く。
「うわ、本当に買ってきたんだ………。」
「ああ、この為にわざわざ電車で10駅くらい先に行ってきたんだ。」
「ネットで買えばすぐなのに………。」
美羽がそう言うが、「分かってないな……。」とばかりに俺は首を横に振る。
「探し物が見つかる見つからないは勿論大事だけど、探す過程が楽しいんじゃないか。その過程が楽しければ、最悪探し物なんて見つからなくてもいい。」
「そこまでして見つからないのって、私は嫌かな……。」
「だよねー、美羽ちゃん。アタシもやだ。」
「僕は宗治先輩の言う事分かるかも……。見つかる方がいいけど、道中楽しければそれでいいやってなったりするし。」
「だろ?」と返すと純は笑顔で頷き、明日葉と美羽は「えー。」と言いたげに表情を曇らせる。
まあ、この辺は仕方ないのかもしれない。
価値観の違いだろうし。何より………、
「まあ、今回は本当にどっちでも良かったんだけどね。どうせ顔を顰める未来しか待ってないんだから。」
そう言って手元の袋に改めて視線を落とす。
買ってきた品物……、それはとある国の輸入菓子で、
「初めて見るな………、サルミアッキ。」
純はそう言って興味深そうに袋を見つめる。
奏の弟だけあって、こういう物には興味があるらしい。
「じゃあ、開けるか。」
「美羽ちゃん、ちょっと離れよ。」
「うん。」
明日葉が美羽の手を引いて俺と純から距離を僅かに取る。
別に爆発する訳でもないだろうに……。
袋を開いて、何となく匂いを嗅いでみる。
「…………あー。」
「宗治先輩?」
「匂いは別に、普通?」
「ちょっと失礼………、ホントだ。何となく醤油っぽい?」
「え、マジで?」
「うん、ほら。」
純の感想を聞いて、意外そうな表情を浮かべる2人に開けた袋の口を向ける。
明日葉と美羽が恐る恐るという形で順番に鼻を寄せて匂いを嗅ぐと、2人とも「本当だ……。」と呟く。
「たしかに、ちょっとそれっぽい。」
「うん………、なんか甘みのあるしょっぱさ、というか、そんな感じ。」
「触った感じはグミっぽいよな……。まあ、それは袋の上からでも分かってた事だし。取り敢えず………、」
袋から一粒取り出して、俺はそれを躊躇いなく口に放り込む。
全員が「あ。」と声を上げて俺を見るが、俺はご機嫌な笑顔で口の中で軽く転がす。
「宗治………?」
「んー、表面はなんかその辺にある塩っ気のある飴そのも……………」
「の。」と言い切る前にピシリ、と笑顔のまま固まる。
それを見て、明日葉が心配そうにまた声を掛けてくる。
「そ、宗治……?」
「…………………だ。」
「え?」
「…………タイヤだ。」
「た、たいや?」
「うん、タイヤ。」
うん、そうとしか言えない。
表面の塩っ気が落ちてすぐ。
口の中を支配したのはゴムの、生きていれば一度は嗅ぐであろう車のタイヤの様な風味だった。
固まった笑顔のまま、口の中で飴をまた転がす。
「……ねえ。明日葉、大丈夫?なんか心做しか宗治の暗い笑顔がいつもより元気ない………。」
「だよね……。なんか、口の端引きつってるし。」
元気が無い?引きつってる?そりゃそうなるに決まってるだろ。
いくら味わっても味が変わる事はない。
口の中にタイヤが居座り続けてるんだ。
現地民はこれを日常的に食べたり、味付けに使ってるらしいが、どういう味になるのか、どういう料理になるのか逆に興味が湧く。
直立不動で飴を食べる俺を見て、純が「食べていいか?」と袋を持ち上げるので、引きつった笑みのまま頷くと、待ってましたとばかりに純が口に一粒放り込み、数秒後、顔を顰めて一言漏らす。
「………うわ、まっず!?」
ありがとう、代わりに言ってくれて。
本当にそれだ。ひたすらに、果てしなく不味い。
口に広がる味、鼻を抜ける風味がタイヤ。
グミの様な食感もいけない。
そこはかとなくゴムを思い浮かべる弾力で、それが何処か腹が立つ。
味が変わるのではないか?と僅かな希望を抱きつつ口の中で転がし、噛み切るもやはりタイヤ。
「ねえ、無理しない方が………、」
「………いや、食う。」
心配してくれてる明日葉の言葉にそれだけ返し、同じ気持ちらしい純と2人で何とか完食する。
飲み込んでも後味が最悪で、保険で用意したペットボトルのお茶を飲んで息をつく。
今日ほどお茶が旨いと思った事はない。
恐らく、今後ここまで美味しく感じる事はないだろう。
お茶の苦味を口内で堪能し、大きく息を吐いて一言。
「もう今日は食いたくない。」
「………っ、だから言ったのに!」
「……ホントにね。」
そう言って明日葉と美羽が心底おかしそうに爆笑する。
俺と純は「仕方ないだろう?」とでも言うように、二人一緒に飲み物を口にする。
さて………、残ったコレはどうするか。
◆◆◆
以下、張間の日記
✕月✕日
部活帰りで帰るところを宗治に呼び止められた。
何かと思うと飴をくれた。
宗治曰く、疲れた体に効くちょっと変わった味の飴らしい。
折角だから貰うことにして、その場で口に放り込んだ。
その数秒後………………、
俺は昇降口を転げ回った。
まずい、まずいよ!
口にアスファルト詰め込まれた気分だ!
宗治の野郎、ケタケタ笑って帰っていきやがった!!
部員の皆も腹抱えて笑ってやがる!
こんちくしょう!!
誰か、誰か金やるから飲み物買ってきてくれ!!
◆◆◆
✕月✕日
小鈴と里桜、3人で食事を取ろうとしていると宗治がやってきて俺に飴をくれ、そのまま去っていった。
………見た目から怪しい以外無いし、捨てようかとも一瞬思ったが、食べ物を粗末にするのも如何なものかと思い、結局食べる事にした。
………どうしてか小鈴も里桜も、若干引き攣った笑みで「止めようね?」と止めてくるが、そこまでヤバイもんでもないだろう。
里桜だけがちょっと反応楽しみな感じが気になるが……。
まあ、宗治が持ってきた物だ。元々ろくでもない物なのは決まってるし今更だ。
軽い気持ちで口に放り込む。
後悔したのはその1秒後だ。
口の中に、駅のホームで時偶嗅ぐ事のある電車から漂うゴムの匂いがそのまま味になったような風味が広がった。
不味い、数年ぶりに口から本気でそんな言葉が漏れた。
あと、食感がゴムを連想させられてムカつく。
小鈴と里桜が笑いながら背中を擦って飲み物を持ってきてくれ、それを飲みながら思った事は一つだけ。
あの野郎、あとで絶対ぶっ飛ばす。