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勇者が勇者をやめて転職したいと神殿に来るんですが
勇者が勇者をやめて転職したいと神殿に来るんですが
ネギマスキ
異世界ファンタジー冒険・バトル
2025年01月13日
公開日
4,707字
完結済
魔王と戦わねばならないはずの勇者が、勇者をやめてぴちぴちギャル専門の奴隷商人に転職したいと言ってくる話。

第1話

「失礼します、神官長」

 ひとりの神官が、『祈りの間』の扉を開け、声をかけてきた。

「なにかありましたか?」

 この時間、私は毎日、平和の祈りを捧げている。魔王軍が攻勢を強める中、この祈りを神に聞き入れていただくためだ。少々のことでは邪魔をせぬよう、神殿で働く者たちには伝えてあったのだが、祈りのさなかにやってくるとは、何か緊急の事態でも起きたのだろうか。

「勇者様がたが『転職の間』にいらしています。お待たせしてはよくないと思いまして」

「そうですね。はやく向かうことにしましょう」

 私はそう言って立ち上がる。魔王軍の襲撃などでなくてよかった。祈りを途中で中断するのはためらわれたが、魔王軍と必死で戦っている勇者のテオドール君たちを待たせては申し訳ない。私は『祈りの間』を出て、テオドール君たちの待つ『転職の間』へ向かった。


「ああどうも、神官長。お久しぶりです」

 『転職の間』へ入ると、テオドール君は手を振り笑顔を見せた。いつも快活で太陽のような存在だ。勇者たるにふさわしい青年だと、彼を見るといつも思う。

 しかし今日は少し様子が違った。テオドール君本人は変わらないが、前回まで一緒にいた仲間たちがそばにいない。その代わり、角刈りで体格の良い男を連れていた。

「こんにちはテオドール君。お仲間はどうしたのです?」

「ああ、パーティーは解散したんですよ。せいせいしてバンザーイってね」

 どこかの国の議会でもあるまいし、解散で万歳ということはないだろう。私は心配になった。

「なにか仲違いするようなことでもあったのですか?」

「仲違いっていうかさ。レオンとエマは所かまわずイチャコラするし、トニーは鼻毛抜いてばっかいるし、嫌だったんだよね。あいつらといるの」

「そうだったのですか」

 言われてみれば、仲間のふたりは転職の儀式の最中もチュッチュチュッチュしていたし、彼らが帰った後には、抜かれた鼻毛が大量に落ちていた記憶がある。いかに明るく朗らかなテオドール君といえど、お仲間の態度に我慢しかねたのだろう。

 しかし、パーティーを解散したところで、魔王軍との戦いが終わるわけではない。『転職の間』へ来る前に、新たな仲間を見つけるのが先ではないだろうか。すると聞くまでもなく、テオドール君はここへ来た理由を言った。

「それでさ。俺もう、勇者やめようと思って」

 私は驚いた。

「勇者をやめて、どうするんです」

「そりゃあれさ。ぴちぴちギャル専門の奴隷商人になるんだよ。それで、気に入った女の子とキャッキャウフフなことをして過ごすんだ」

 それを聞いた私は、テオドール君に心底がっかりした。こんな脳みそピンク野郎が勇者をしていたとは。とはいえ、勇者は世界にたったひとりの特別な職業だ。転職は可能だが、それでは勇者がいなくなってしまう。

「商人に転職したいといっても、勇者としての責務はどうするんです。魔王軍が勢いを増しているというのに、あなたはそれを放り出すというのですか」

 私が怒りをにじませながら問いかけると、テオドール君は待ってましたとでも言わんばかりに、角刈り男の肩に手を置いた。

「そのために、こいつを連れてきたんだよ。こいつ、武闘家のゴンタロウってんだけど。こいつを勇者にしてやってくれ」

「いや、それは……」

 もちろん勇者に空きが出れば、他の者を勇者にすることはできる。しかし、こう安易に決めてしまっていいものだろうか。私が不満気な表情をしていたからか、

「大丈夫だって。こいつはかなり強いし、やる気だって俺の何十倍もあるんだ」

と、連れの男を持ち上げた。腐っても現勇者のテオドール君が推すのだ。この角刈り男に勇者としてふさわしい何かを感じたのかもしれない。

「やる気満々でゴンス。おいら、勇者になって魔王を倒すでゴンス」

 語尾キャラだった。語尾キャラが勇者か……。いけないわけではないのだが、どうもしっくりこない。いや、現時点で脳みそピンク野郎が勇者なのだから、資質の面でそれを下回ることはないだろう。

「そんで魔王を倒したら、お姫様と結婚してキャッキャウフフするでゴンス」

 こいつも脳みそピンク野郎じゃないか。奴隷商人になるなんて言い出すのに比べれば、かわいいものではあるが。

「おいゴンス。それは期待するなって言ったろ。俺も旅に出るときは、国王から魔王を倒したら娘をやるって言われたけどさ。こないだたまたま帰ったら、普通に政略結婚してたんだから」

「それは、テオドールさんが間抜けだからでゴンス。おいらは絶対お姫様と結婚するでゴンス。ゴ~ンスゴスゴスゴスゴス」

 ゴ~ンスゴスゴスとは変な笑い方だ。

 本当にこの角刈りを勇者にしてよいのだろうか。私は青年に今一度、勇者となる意志を確認することにした……そういえば、この青年はなんという名前だったろうか?まあテオドール君がゴンスと言っているのだから、ゴンス君でいいだろう。

「ゴンス君。本当に勇者となり、魔王を倒す覚悟がおありですか?」

「もちろんでゴンス」

 問いかけた私に、ゴンス君は真っすぐな瞳を向けた。この目の力強さはただ者ではない。かどうかは分からないが、そういうことにしよう。不安しかないが。

「ではテオドール君は商人に、ゴンス君は勇者に転職するということでよろしいですか?」

「ああ、そうだな。それでいいよな、ゴンス」

「ゴンス!」

「それでは、それぞれ、新たな職業になったつもりで祈りなさい」

 こうして私はテオドール君とゴンス君を転職させた。喜んで帰っていくふたりの背中を見ながら、より一層、平和の祈りを神に捧げねばと思った。


 数日後。

「失礼します、神官長」

 祈りを捧げている最中だというのに。そういえば、先日も同じことがあったばかりだ。

「なんでしょう?」

「勇者様がお見えです」

 勇者様、と言われてテオドール君の顔が頭に浮かんだが、そういえば、勇者は彼が連れてきた者に転職させたのだった。何という名前だったかは思い出せないが、角刈りで体格のいい男だったことは覚えている。

 『転職の間』へ行くと、記憶にあった通りの男がいた。今日はひとりだったが、犬を連れていた。

「どうされました?」

「おいら、勇者をやめたいでゴンス」

 そうだゴンス君だ。いや、ゴンスは愛称みたいなもので、別の名前があった気がするが。

 悲しげなゴンス君は、勇者に転職したあとのことを、私に聞かせてくれた。

「転職して神殿を出たあと、テオドールさんから勇者の剣を渡されたでゴンス。でも、おいらは剣なんて使ったことなくて、今までは簡単に倒せてた相手にケガさせられたでゴンス。それで近くの街へ行ったら、勇者らしくないと言われて、街の人たちから、抜いた鼻毛をなすりつけられたでゴンス。ゴ~ンスゴスゴスゴスゴス」

 最後のゴーンスゴスゴスは泣き声だ。こうしてゴンス君が号泣しているのを見ると、憐みの感情もわいてくるが、勇者になると決めたにもかかわらず、数日で音を上げるとは、やはり情けない。それに勇者をやめるのであれば、代わりとなるにふさわしい人間が必要だ。

「事情は分かりました。しかし、勇者になってまだ日が浅いのですから、苦労するのは仕方ありませんよ。それにゴンス君が勇者をやめてしまったら、魔王を倒す者がいなくなってしまうではありませんか」

 私はそう諭した。しかし、泣き止んだゴンス君は力強く言った。

「大丈夫でゴンス。代わりの勇者は、おいらの愛犬タローが努めるでゴンス」

「ワン!」

 ワンと言われましても。勇者が犬?冗談はゴンスだけにしてほしい。

「いえ、犬が勇者というわけにはいきません。だいたい、犬がどのように魔王と戦うのです」

「タローはおいらより勇敢でゴンス。魔王のキン〇マを嚙み千切ってやるでゴンス」

 それは確かに痛そうだけれども。だいたい、人間と同じように、魔族にもキン〇マがあるのだろうか?そんなことを考えていると、

「グルルルル」

と、タローがうなり出した。

「自分を勇者にしないと、キン〇マを嚙み千切ってやると言ってるでゴンス」

 そんなことをされてはたまらない。私は仕方なく、ゴンス君とタローを転職させることにした。が、その前にゴンス君の希望する職業を聞かなければ。

「ゴンス君。あなたは勇者をやめてどうするのです。武闘家に戻るのですか?」

「おいら、ぴちぴちギャル専門の奴隷商人になりたいでゴンス!」

 元気よく言うゴンス君に、私は頭を抱えたくなった。類は友を呼んだということだろうか。結局ゴンス君にも勇者の資質などなかったのだ。それなら犬を勇者にした方がまだましかもしれない。それにこうしている間も、タローは私の股間にロックオンし、今にも飛び掛からんばかりだった。

「それでは、それぞれ、新たな職業になったつもりで祈りなさい」

 私は早口でそう言って、ひとりと一匹を転職させることにした。犬の転職がうまくいくかどうか不安はあったが、問題なくタローは勇者となり、「ワフワフっ!」と血気盛んに『転職の間』から駆け出して行った。


 数日後。

「失礼します、神官長」

「またですか。また勇者さんがやってきたのではないでしょうね」

「いえ、そのまさかです」

 なんとまあ……さすがに先日、犬を勇者にしたことは覚えている。というか、わたしを呼びに来た神官が、なぜやってきた犬を勇者だと認識できたかの方が不思議だ。私は見分ける自信がない。

 私が『転職の間』へ行くと、「クゥ~ン」と情けない声を出して、タロー、おそらくタローだと思う、が走り寄ってきた。

「おお、よしよし」

 私はタローの頭をなでてやる。すると、背中にカエルが乗っているのに気づいた。まさか、これは……

「ワウワウ、ワウ」

 ええ、犬の言葉は分かりませんが、言いたいことは分かりますよ。自分の代わりに、このカエルを勇者にしろというのですね。私がじっと見つめると、カエルは「ゲロゲロ」と鳴いた。

「分かりました。あなたはやる気なんですね」

 そうカエルに問いかけると、私の言葉を理解したかのように「ゲッ」と声を出した。

 すっかり戦意喪失している犬よりは、まだ士気の高いカエルの方が勇者にふさわしい……そんなわけがない。私もそれが正しくないことは理解している。しかしこの状況で、誰がこの二匹の転職を止めることができよう。あとは祈るしかない。神が「なぜカエルが勇者になっておるのだ。これはいかん。魔王を倒せる勇者を新たに見出さねば」とお考え下さるように。

 私は二匹を転職させた。タローは商人になった。タローも前の勇者ふたりのように、ぴちぴちギャル専門の奴隷商人になりたいのかもしれない。どのような犬がぴちぴちギャルなのか、私には分からないが。


 数か月後。

「失礼します、神官長」

 祈りの時間を邪魔されるのは、ずいぶん久しぶりのことだった。もうこんなことはないと思っていたが、勇者のカエルが打ちひしがれてやってきたのだろうか。そうだとしても温かく迎え入れよう。数日で投げ出した勇者もいるのだから。

「どうしました?」

「魔王が倒されました」

 私は呆気にとられ、声が出なかった。勇者ではない者が倒したのだろうか。それとも、やはりカエルが勇者ではダメだと、神が別の人間を勇者にしたのだろうか。

 少しして、私は声を絞り出すようにして聞いた。

「誰が、どうやって……」

「はい、勇者様が丸のみにしたそうです」

 カエルだった。

 とはいえ、平和な世界となったのだ。これを喜ばないはずがない。

 そして私は思った。今こそ、この神殿を他の者に任せ、長年の夢を叶えるときだ。ぴちぴちギャル専門の奴隷商人になるという夢を。

 私は新たな神官長を選ぶため、神官たちに招集をかけることにした。そして後任を選ぶ準備をするため、軽やかな足取りで『祈りの間』をあとにした。

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