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第24話

「菜月、お願いがあるんだけど」

「どうしたの」

「……このあと、一緒に寝てもいい?」


 彼氏に旅行に誘われたその日、私は菜月に精一杯の甘え声で、そう頼んだ。あのときみたいに、二人で一つのベッドに入り込んだ。


「……どうしたの。急に」


 私に背を向けたまま、菜月が尋ねてくる。心配してくれているのが、なんだか嬉しい。でも、今夜の私は、なんだかそれだけでは満足できなくて。


「菜月は、どうして恋人、つくらないの?」


 嫌がられるのをわかっていて、ついついそんな質問をしてしまう。言いながら菜月の背中に頭をくっつける。菜月の、お風呂上がりの香りがする。あのときと同じ、ベビーパウダーみたいな、甘い香り。


 守ってあげたくなるような、優しく抱きしめてあげたくなるような、そんな香り。

 なのに今日は、その香りが、私の胸をきゅううっと締め上げてくる。


「……どうしてって、ただモテないだけだよ。美優と違って、そんなに簡単に恋人なんてできないよ」

「そっか」


 そんなことないのに。菜月はすごく可愛いし、本当はモテるのに。だけどあまりに投げやりな菜月の言い方に、私はそれについて何も言い返すことができなかった。でも、だけど。私には、どうしても訊いておきたいことがあった。


「菜月はさ……その……したことあるの? ……えっちなこと」


 言いながら、恥ずかしくて、顔が熱くなってきてしまう。いい歳してなに言ってるんだろう、もう。


「何言ってんのもう。……学生じゃないんだから」


 呆れた、というような言い方で、菜月は返答する。わかっていたことだけど、その反応を聞いて、なぜだかすごく苦しくなる。


「そうだよね……変だよね。私……実は、その、こわくて……そういうの」


 勇気を振り絞って言う。だって、こんなこと今まで、誰にも言えなかったのだ。


「え……だって、美優、今まで何人と付き合って……」


 菜月は驚いた様子だった。


「うん……たくさん付き合ってきたけど、誰ともしたことない……キスも」


 もうどうにでもなれと、カミングアウトをする。すごく恥ずかしくて、もう泣きそうだった。自分が情けなかった。


「じゃあもしかして……あれ」


 菜月が何のことを言っているのかなんて、すぐにわかった。


「うん。私がキスしたの、菜月だけだよ」


 一度だって、忘れたことなんかない。忘れられるわけがなかった。


「なんで……そんな」

「わかんないよ……私だって」


 そんなの、こっちが教えてほしいくらいだった。なぜだか、涙が出てきてしまう。あとから、あとから、止められなくなってしまった。


 もう、どうにでもなればいい。


「ねえ、菜月……こっち、向いて……?」


 震える声でそう言えば、菜月はこちら向きに、体勢を立て直してくれる。


「美優……どうしたの、もう」


 仕方ないな、というような口ぶりでそう言うと、菜月は私の身体をぎゅっと抱きしめてくれた。やわらかい胸が当たって、菜月の体温が伝わって。お腹の底の方が、じんわり、あたたかくなる。またあの、感覚だった。


「菜月。もう一回だけ、してみたら、だめ……?」


 菜月の顔を見る。まっすぐ見つめて言う。


「だめだよ……だって美優は……」


 困ったような顔で菜月は言う。そうだ、菜月の言うとおりなんだ。私は今、彼氏がいる身なのだ。それなのに、こんなことしたら、だめだ。


 それに、菜月の困惑した表情を見て、わかった。やっぱり迷惑だったんだ。甘えて迫れば、菜月が応えてくれるだなんて、期待した私がどうかしていた。


「……そうだよね。私、何言ってんだろ。ごめんね、もう寝るね」


 息が苦しくなって、逃げるように菜月に背を向けた。


「うん。そうしよう。……おやすみ」

「おやすみ」


 苦しくて、身体が熱くてどうしようもなくて。自分が馬鹿みたいで。

 そんな気持ちで眠りについたせいか、その夜は菜月の夢を見た。夢の中の菜月はやっぱり優しくて。


『もう……しかたないな』


 そう言って、菜月のほうからキスをしてくれた。やわらかい感触に、声が漏れた。身体が熱くなって苦しくなって、菜月に抱きついた。もう限界だった。今更になって、わかってしまった。もう観念するしかなかった。


 ずっとずっと、菜月のことが好きだった。私は菜月のことだけを、好きだったのだ。


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