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第14話

 その日の夜、デートから帰ってきた美優は、お風呂に入って寝る前に、私の袖を引いて言った。


「菜月、あのね。今度、彼が一緒に旅行に行こうって。誘われたんだけど」

「いいじゃん、行っておいでよ」


 胸の痛みをこらえてそう言うのだけど、なぜか美優は不安そうな表情をうかべる。


「……あんまり、乗り気じゃないの?」

「うん」

「じゃあ、待ってもらいなよ。無理してまで行くことないよ」

「ありがとう」


 でも、そう返事をしながらも、美優は下を向いてしまう。そして、私の袖をつかんだまま、言った。


「菜月、お願いがあるんだけど」

「どうしたの」

「……このあと、一緒に寝てもいい?」


 恥ずかしそうに、やっと言う美優を拒むことなんてできなくて。あのときみたいに、美優は私の部屋に入ってきて、私たちは一つのベッドに一緒に入ることになった。


 暗い中で一瞬、沈黙に包まれる。美優はもぞり、と身体を動かして小さくため息をついた。


「……どうしたの。急に」


 美優に背を向けたままで、私は問いかける。鼓動が速くなっているのを悟られないように。友達として、親友としての態度をつらぬくだけだ。


「菜月は、どうして恋人、つくらないの?」


 また、そんな質問をしてくる。言いながら、私の背中に頭をくっつけてくる。お風呂上がりのローズの香り。いつも以上にくらくらさせられる。


「……どうしてって、ただモテないだけだよ。美優と違って、そんなに簡単に恋人なんてできないよ」

「そっか」


 なぜか美優は、がっかりしたような声を出す。


「菜月はさ……その……したことあるの? ……えっちなこと」


 唐突にそんなことを言う。消えてしまいそうなほど小さな声で。


「何言ってんのもう。……学生じゃないんだから」


 恥ずかしくて、私も言いよどんでしまう。


「そうだよね……変だよね。私……実は、その、こわくて……そういうの」

「え……だって、美優、今まで何人と付き合って……」


 驚いて、でも言いかけて気づいた。美優がいつもすぐに振られてしまう理由。もしかして、そういうことだったの……?


「うん……たくさん付き合ってきたけど、誰ともしたことない……キスも」


 愕然とした。


「じゃあもしかして……あれ」

「うん。私がキスしたの、菜月だけだよ」

「なんで……そんな」

「わかんないよ……私だって」


 美優は私の背中にくっついたまま、泣いているようだった。


「ねえ、菜月……。こっち、向いて……?」


 震える声で美優は言う。どうしようも、なかった。


「美優……どうしたの、もう」


 体勢を変えて、美優のほうに向き直る。そのまま、布団の中で美優を抱きしめる。


「菜月。もう一回だけ、してみたら、だめ……?」


 美優はきらきら光る瞳で私を見つめる。


「だめだよ……だって美優は……」


 そう言いながらも、理性はもう崩壊寸前だった。だけど、私が言い淀んでいる間に、美優は背を向けてしまう。


「……そうだよね。私、何言ってんだろ。ごめんね、もう寝るね」

「うん。そうしよう。……おやすみ」

「おやすみ」


 私も美優に背を向けて、眠る。胸の奥と目頭が熱くなる。声を押し殺して、私はただ泣いた。美優がもぞり、と身体を動かした。寝息に一瞬、艶のある声が混ざる。こんなときにも熱くなる身体が虚しくて、緩い液体が頬をつたった。


 もう、終わりにしよう、そう思った。



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