その日の夜、デートから帰ってきた美優は、お風呂に入って寝る前に、私の袖を引いて言った。
「菜月、あのね。今度、彼が一緒に旅行に行こうって。誘われたんだけど」
「いいじゃん、行っておいでよ」
胸の痛みをこらえてそう言うのだけど、なぜか美優は不安そうな表情をうかべる。
「……あんまり、乗り気じゃないの?」
「うん」
「じゃあ、待ってもらいなよ。無理してまで行くことないよ」
「ありがとう」
でも、そう返事をしながらも、美優は下を向いてしまう。そして、私の袖をつかんだまま、言った。
「菜月、お願いがあるんだけど」
「どうしたの」
「……このあと、一緒に寝てもいい?」
恥ずかしそうに、やっと言う美優を拒むことなんてできなくて。あのときみたいに、美優は私の部屋に入ってきて、私たちは一つのベッドに一緒に入ることになった。
暗い中で一瞬、沈黙に包まれる。美優はもぞり、と身体を動かして小さくため息をついた。
「……どうしたの。急に」
美優に背を向けたままで、私は問いかける。鼓動が速くなっているのを悟られないように。友達として、親友としての態度をつらぬくだけだ。
「菜月は、どうして恋人、つくらないの?」
また、そんな質問をしてくる。言いながら、私の背中に頭をくっつけてくる。お風呂上がりのローズの香り。いつも以上にくらくらさせられる。
「……どうしてって、ただモテないだけだよ。美優と違って、そんなに簡単に恋人なんてできないよ」
「そっか」
なぜか美優は、がっかりしたような声を出す。
「菜月はさ……その……したことあるの? ……えっちなこと」
唐突にそんなことを言う。消えてしまいそうなほど小さな声で。
「何言ってんのもう。……学生じゃないんだから」
恥ずかしくて、私も言いよどんでしまう。
「そうだよね……変だよね。私……実は、その、こわくて……そういうの」
「え……だって、美優、今まで何人と付き合って……」
驚いて、でも言いかけて気づいた。美優がいつもすぐに振られてしまう理由。もしかして、そういうことだったの……?
「うん……たくさん付き合ってきたけど、誰ともしたことない……キスも」
愕然とした。
「じゃあもしかして……あれ」
「うん。私がキスしたの、菜月だけだよ」
「なんで……そんな」
「わかんないよ……私だって」
美優は私の背中にくっついたまま、泣いているようだった。
「ねえ、菜月……。こっち、向いて……?」
震える声で美優は言う。どうしようも、なかった。
「美優……どうしたの、もう」
体勢を変えて、美優のほうに向き直る。そのまま、布団の中で美優を抱きしめる。
「菜月。もう一回だけ、してみたら、だめ……?」
美優はきらきら光る瞳で私を見つめる。
「だめだよ……だって美優は……」
そう言いながらも、理性はもう崩壊寸前だった。だけど、私が言い淀んでいる間に、美優は背を向けてしまう。
「……そうだよね。私、何言ってんだろ。ごめんね、もう寝るね」
「うん。そうしよう。……おやすみ」
「おやすみ」
私も美優に背を向けて、眠る。胸の奥と目頭が熱くなる。声を押し殺して、私はただ泣いた。美優がもぞり、と身体を動かした。寝息に一瞬、艶のある声が混ざる。こんなときにも熱くなる身体が虚しくて、緩い液体が頬をつたった。
もう、終わりにしよう、そう思った。