約束の一週間後、土曜日の午後に、美優とまたいつものカラオケボックスに集合した。すっかり暑くなってきたからか、今日の美優は、いつもよりも露出度の高い格好をしていた。これで二人で密室に入ると思うと、なんというか目の毒だ。
まぁ、もう、慣れたけど。
美優は背中に大きなキーボードを背負っていて、重そうだったので持つのを手伝った。
「さすが菜月、彼氏力が高い」
「なにその、彼氏力って」
いまどき、彼氏にばかり重いものを持たせようとするなんて、ひどい女だなあと思う。
カラオケの室内に入ると、さっそくテーブルの上にキーボードを乗せて、電源を入れた。
「聴いて」
そう言って、美優は唐突に弾き始める。それは美優の作ったオリジナルの楽曲だった。
「作詞、待ちきれなくて、作っちゃった」
「……すごいね。一週間で、もうできたの?」
「昨日の夜、作ったんだ。どうかな? まだ前奏だけだけど」
「すごい素敵だけど、このメロディなら、こっちの音色のほうがいいかも」
私はキーボードのつまみをいじって、音色をいろいろと変えてみる。
「あ、これ、しっくりくる!」
美優が反応したのは、『ハープシコード』つまり、チェンバロの音色だ。
「全然、チェンバロっぽくないけどね」
「ほんとだね。でも、なんか可愛いよね」
私たちはそう言って笑い合う。なんとなく学生のときを思い出して、懐かしくなる。
「ポップスにチェンバロの音ってのも、なんか逆に新しくていいかもね。本物はなかなか難しいとしても、チェンバロもどきの電子音ならさ」
「確かに。ヴァイオリンとかは普通にバックに入ってること多いし、そんなノリでもいいのかも」
美優の作った前奏は、シンプルなメロディだけど、どこか懐かしい気持ちになる。なんだか物語が始まりそうな気がして、続きが楽しみだった。
「さて、そろそろ」
「ん?」
「菜月の詞もみてみたいんだけど」
「あぁ……あんまり自信ないんだけどさ」
私は、持ってきたメモ帳を広げる。ここ一週間かけて思いついたキーワードなんかをメモしてきたけど、まだ詞といえるほどのものではなかった。
「やっぱり難しいね、詞をつくるのって。恋愛ものだから特に、全然思いつかなくてさ」
「うーん、そっか……」
美優は一緒に頭を抱える。
「あ、そうだ!」
急に思いついたと言うように、膝を打つ。アニメのキャラみたいな動きだった。
「今から、菜月の家に行ってもいい?」
「えっっ」
「お酒、買って、お泊まり!」
「いいけど、何考えてるの……?」
美優は本当に、唐突に変なことを言い始めるから、困る。部屋は片付けてあるから、別に構わないけど、いきなり泊まりとか言われると、さすがにびっくりする。
「いいから、いいから! でも、とりあえず、もったいないから、時間まで歌おー!」
そう言って、美優はカラオケの機械を操作して選曲を始めた。ほんとに、マイペースなんだから。だけどそんな楽しそうな美優を見ていると、なんとなく顔がほころんでしまう自分がいる。
恥ずかしいからごまかすように、自分も曲をいれて歌いまくることにする。途中でまたデュエットなんかもした。
そしたら美優は、『いいハモり思いついちゃった!』なんて言って、大急ぎで携帯にメモしていた。アイデアはすぐに捕まえないと、どこかへ逃げて行ってしまうものらしい。なんとなくわかる気もする。
時間が来て、受付からの電話が鳴ったので、荷物をまとめて外に出た。
繁華街の最寄駅から、私鉄の電車で一本、駅から徒歩五分の距離に私の住んでいるマンションがある。途中のコンビニでお酒を数本と、乾き物のおつまみを少し買って行った。夕食はまだだったからこれから作る予定だけど、なんとなく乾き物があると、飲み会っぽくていいなと思う。
飲み会と言っても、二人きりなわけだけど。
美優と宅飲みなんて、それこそ星の数ほどしてきたわけだけど、社会人になってからは外で飲むことのほうが多かったから、今の自宅に美優を呼ぶのは初めてだった。
「おじゃましまーす!」
誰もいない暗い室内に向かって、美優は元気よく声をかける。私もつられて『ただいま』と小さく呟いて、電気をつけた。
「とりあえず、先にお風呂入る? 私、料理つくっておくから」
「ほんと!? 菜月の料理、久しぶり!!」
美優はあからさまに嬉しそうな声をあげる。『いってきまーす』と元気にお風呂場に向かっていった。