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第9話

 約束の一週間後、土曜日の午後に、美優とまたいつものカラオケボックスに集合した。すっかり暑くなってきたからか、今日の美優は、いつもよりも露出度の高い格好をしていた。これで二人で密室に入ると思うと、なんというか目の毒だ。


 まぁ、もう、慣れたけど。


 美優は背中に大きなキーボードを背負っていて、重そうだったので持つのを手伝った。


「さすが菜月、彼氏力が高い」

「なにその、彼氏力って」


 いまどき、彼氏にばかり重いものを持たせようとするなんて、ひどい女だなあと思う。


 カラオケの室内に入ると、さっそくテーブルの上にキーボードを乗せて、電源を入れた。


「聴いて」


 そう言って、美優は唐突に弾き始める。それは美優の作ったオリジナルの楽曲だった。


「作詞、待ちきれなくて、作っちゃった」

「……すごいね。一週間で、もうできたの?」

「昨日の夜、作ったんだ。どうかな? まだ前奏だけだけど」

「すごい素敵だけど、このメロディなら、こっちの音色のほうがいいかも」


 私はキーボードのつまみをいじって、音色をいろいろと変えてみる。


「あ、これ、しっくりくる!」


 美優が反応したのは、『ハープシコード』つまり、チェンバロの音色だ。


「全然、チェンバロっぽくないけどね」

「ほんとだね。でも、なんか可愛いよね」


 私たちはそう言って笑い合う。なんとなく学生のときを思い出して、懐かしくなる。


「ポップスにチェンバロの音ってのも、なんか逆に新しくていいかもね。本物はなかなか難しいとしても、チェンバロもどきの電子音ならさ」

「確かに。ヴァイオリンとかは普通にバックに入ってること多いし、そんなノリでもいいのかも」


 美優の作った前奏は、シンプルなメロディだけど、どこか懐かしい気持ちになる。なんだか物語が始まりそうな気がして、続きが楽しみだった。


「さて、そろそろ」

「ん?」

「菜月の詞もみてみたいんだけど」

「あぁ……あんまり自信ないんだけどさ」


 私は、持ってきたメモ帳を広げる。ここ一週間かけて思いついたキーワードなんかをメモしてきたけど、まだ詞といえるほどのものではなかった。


「やっぱり難しいね、詞をつくるのって。恋愛ものだから特に、全然思いつかなくてさ」

「うーん、そっか……」


 美優は一緒に頭を抱える。


「あ、そうだ!」


 急に思いついたと言うように、膝を打つ。アニメのキャラみたいな動きだった。


「今から、菜月の家に行ってもいい?」

「えっっ」

「お酒、買って、お泊まり!」

「いいけど、何考えてるの……?」


 美優は本当に、唐突に変なことを言い始めるから、困る。部屋は片付けてあるから、別に構わないけど、いきなり泊まりとか言われると、さすがにびっくりする。


「いいから、いいから! でも、とりあえず、もったいないから、時間まで歌おー!」


 そう言って、美優はカラオケの機械を操作して選曲を始めた。ほんとに、マイペースなんだから。だけどそんな楽しそうな美優を見ていると、なんとなく顔がほころんでしまう自分がいる。


 恥ずかしいからごまかすように、自分も曲をいれて歌いまくることにする。途中でまたデュエットなんかもした。


 そしたら美優は、『いいハモり思いついちゃった!』なんて言って、大急ぎで携帯にメモしていた。アイデアはすぐに捕まえないと、どこかへ逃げて行ってしまうものらしい。なんとなくわかる気もする。


 時間が来て、受付からの電話が鳴ったので、荷物をまとめて外に出た。



 繁華街の最寄駅から、私鉄の電車で一本、駅から徒歩五分の距離に私の住んでいるマンションがある。途中のコンビニでお酒を数本と、乾き物のおつまみを少し買って行った。夕食はまだだったからこれから作る予定だけど、なんとなく乾き物があると、飲み会っぽくていいなと思う。


 飲み会と言っても、二人きりなわけだけど。


 美優と宅飲みなんて、それこそ星の数ほどしてきたわけだけど、社会人になってからは外で飲むことのほうが多かったから、今の自宅に美優を呼ぶのは初めてだった。


「おじゃましまーす!」


 誰もいない暗い室内に向かって、美優は元気よく声をかける。私もつられて『ただいま』と小さく呟いて、電気をつけた。


「とりあえず、先にお風呂入る? 私、料理つくっておくから」

「ほんと!? 菜月の料理、久しぶり!!」


 美優はあからさまに嬉しそうな声をあげる。『いってきまーす』と元気にお風呂場に向かっていった。

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