目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第4話

 バスは五分ほどで目的地に到着した。もう夏ではないけれど、美優とくっついて座っていたから少し暑くて、私は汗ばんでいた。繁華街は既に西日が射していて、無駄に眩しい。けれどもさすが土曜の午後らしく、まだ多くの人で溢れていた。


「また駅前、変わってる」

「ほんとだ。あそこのカフェ、なくなっちゃったね」


 駅前は工事の真っ最中のようで、来るたびにどこかしらが変わっている。


「とりあえず、いつものとこ行こ」


 美優はそう言うと、私の手をとって歩き出す。私よりも少しだけ体温が低くて、ひんやりとして感じる。


 向かった先は、高い、というほどでもないけど、私や美優のお財布にとっては、普段使いはできない、というくらいの価格帯のアパレルショップだ。美優はだいたいいつも、ここから買い物をスタートさせる。ひらひらした装飾や、花柄なんかの、甘めのテイスト。ここの服のデザインがいちばん気に入っているらしい。


「これ、かわいい」


 美優が手に取ったのは、白地に薔薇の模様の入ったワンピース。最近はこういう花柄の人、よく見る気がするけど、流行っているのかもしれない。よく知らないけれど。


「いいんじゃない? 似合うと思うよ」


 美優は色が白いから、薄い色の服を着ても馴染むし、見るからに清楚な雰囲気に、この上品な薔薇の形は、合っている気がした。それに、美優は薔薇が好きなのだ。シャンプーからして、ローズの香りのものを使っているし。


 だけど、値札を見たあとは、悩ましげなため息をついて、商品を棚に戻してしまった。そのあとは、ひととおり店内を物色して、何も買わずに外に出た。


「次は、こっちね」


 また私の手を引いて、別のお店へ向かう。今度は先ほどよりもだいぶお安めの、お手頃な価格帯のお店だ。私も美優も、実際に購入するのはこのお店が多い。美優いわく、お高めのお店で素敵なデザインを目に焼き付けておいて、手頃な価格のお店で、それに近いデザインのものを探すのだそうだ。なるほど、賢いな、と思う。


「これ、さっきのと似てるけど……」


 同じような白地に薔薇の柄のワンピースを見つけて、美優が言う。だけど語尾が怪しい。だいたい、言いたいことはわかった。


「薔薇の形、さっきのお店のほうが綺麗だよね。あと生地も全然違うし。当たり前なんだけど」

「たしかに」


 お値段が倍近く違うから、そりゃそうなんだけど。美優の感覚からすれば、そのデザインの違いは、ちょっと許容範囲内に入るかどうか、というギリギリのラインだったらしい。


「菜月なら、どうする?」

「……学食のランチ、五日分の差かぁ」

「そう考えると、安いもんだ」


 言うが早いか、美優はお店を出て、再びさっきのお店に戻る。最初に気に入った薔薇のワンピースを購入することにした。


「来週から、節約お弁当生活、がんばらなきゃ」

「仕方ないね、おしゃれは、痛みを伴うのだよ」


 そんなことを言いながら私たちは繁華街をあとにする。こんななんでもない時間も、これからは減ってしまうのだろうな、とふと思う。美優の隣に立つ先輩の時間ぶんだけ。別にそれがなんだというわけではないのだけど、やっぱり少しだけ、面白くなかった。



 週明けの月曜日、美優はいつものように私を学食に呼び出した。手には小さなお弁当の包みを持っている。


「あれ、早速、自炊はじめたんだ」

「うん。デートにもお金、かかるしね」

「恋愛するのも痛みを伴うのね」


 二人して笑う。

 美優のお弁当の中身は、明らかに冷凍食品を詰めただけという、一応自炊、と言えなくもないけど、胸を張って自炊と言うにはなんとも微妙、というような内容のものだった。


 物欲しそうにこちらを見ていたので、私の頼んだ定食の唐揚げを一つあげた。嬉しそうに頬張るのを見ていると、ついついもう一つ二つとあげたくなってしまう。いけないいけない、子犬じゃないんだから、甘やかしたらダメだ。


「昨日、デート行ったんでしょ。どうだった?」

「うん、楽しかったよ。美術館行ったんだけど」


 美優は昨日のデートの様子を楽しそうに話してくる。もう本当は初めから、惚気たくてうずうずしているのは、わかっていた。大好きな先輩がどんな風にリードしてくれたとか、美術館で蘊蓄を披露してくれただとか、夕食のイタリアンがすごく良かったとか、そういう話を、飽きもせずに二時間くらい語り続けた。


「それでさ」


 一通り語り終わったかというところで、まるでここからが本題とでも言うかのように、美優は話し始める。


「次の土曜日、公園デートなんだけど。お弁当作らなきゃいけなくなって。菜月、お願い、練習、付き合って」


 小さく手を合わせて、上目遣いにこちらを見るその仕草は、わざとらしくも可愛らしくて、本当にずるいと思う。


「仕方ないな。うちのキッチン使っていいけど、材料は自分で持ってきてよ」

「はぁい」


 あと一週間でまともなお弁当が作れるようにならないといけないというのに、そんなピンチにも関わらず、なぜか美優はとても楽しそうだった。


 午後の始まりを告げるチャイムが鳴ったので、私たちは大人しく、それぞれの講義へ向かう。『メニュー、一緒に考えて』なんて言われたもんだから仕方なく、四限の合間に、頭の隅っこでお弁当の定番メニューを思い浮かべる。


 鶏の唐揚げに、卵焼き、それから煮物なんかが浮かんだけど、いまいち彩りがパッとしない。そうだな、茹でたブロッコリーに、プチトマトでも添えれば、それっぽくなるだろうか。初心者でも簡単にできると思うし。


 まったくの他人事のはずなのに、私の頭は、美優のための思考をやめてはくれない。よそのカップルのデート事情なんて、本当は知ったことじゃない。だけど、美優の幸せそうな笑顔を見ていると、ついつい世話を焼きたくなってしまうのも事実なのだった。


この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?