私たちは学内のカフェテリアでアイスを買って、丸テーブルの席に着く。今日は土曜日だから、サークル活動をする人たちくらいしか来ていなくて、いつもより空いていた。
天井まで届く大きな窓ガラスからは、まだ紅葉の気配もみせない木々が見える。
ここの大学は無駄に広い敷地内に、無駄にたくさんの木々が生えていて、さながらちょっとした森のようだった。アニメに出てくるような、森の妖精でも住んでいそうなくらいで、入学したばかりの頃は、私も時々迷子になったものだった。
「菜月のアイス、何味? ひとくち、ちょーだい」
私のいちごアイスを求めて、美優はあーん、と口を開ける。
「はいはい」
私はスプーンでひとくち、アイスをすくって、食べさせてやる。美優の紅いくちびるが、美味しそうに動く。
「私のも、いる?」
今度は美優が私に、ひとくちくれる。美優のはバニラアイスだ。ひんやりとした感触が、舌のうえですぐに溶けてなくなる。よくあるアイスだけど、美味しかった。
もう十月だというのに、最近はまだ暑い日々が続く。少なくとも、アイスを美味しく感じる程度には。
「ところでさ」
スプーンを弄びながら、美優が話を切り出す、だいたい話のネタは想像がついていた。
「彼、なんだけど」
彼、と言うのは、同じサークルの四年の工藤先輩のことだ。ヴァイオリンを小さい頃から習っていて、すごく上手い。
ただの趣味でやっているだけだけど、へたな音大生よりは上手い、なんてよく言われるくらいのレベルにはあった。
美優は彼の音を聴いた時から、彼に恋をしていた。なんて言っても、就活でしばらくサークルを離れていた彼が私たちの前に姿を表したのは、夏頃からだったから、つい最近の話だ。
学祭でも同じアンサンブルのメンバーとして一緒に練習しているから、美優とも私とも、普段からよく会っている。
「なに、彼がどうしたの」
私はポーズとして、つまらなそうな声を出す。またいつもの『ボウイングの動作がカッコいい』とか『あのヴィブラートにしびれる』とか、そういう浮かれた話なのだろう。そう思いながら、美優の言葉を待った。
「告白、されたんだよね」
一瞬、周りの景色がぼやける。耳鳴り、まではいかないけれそ、美優の声と周りのガヤガヤした喋り声とが混ざって、私の聴力をも奪っていった。
「へえ」
一瞬で頭を切り替えて、私は気のない返事をする。
「それで、OKしたの」
「うん、もちろん。それで、明日デートするんだ。ねえ、何着てこうかな?」
「何って、いつも通りでいいんじゃない? いつも私服で会ってるわけだし」
「いや、そうだけど、そうじゃなくてさ。ねえ、今から買い物付き合ってよ」
「はいはい、わかった。じゃあ、暗くなる前に行くよ」
「やったー」
美優は無邪気に、本当に嬉しそうに笑う。多分こういうところが、男にモテるところなんだと思う。素直に可愛いと思う。善は急げ、と私たちは席を立つ。二つ分のアイスのゴミを捨てながら、スプーンについた紅色のリップの跡を見て、私はため息をついた。
大学の森の中を通り抜けて、二駅先の繁華街へと向かうバスに乗る。大学の最寄り駅には大したお店がないから、うちの大学の学生たちは、大体そこの繁華街で買い物をしたり、あるいは電車に数十分乗って、都心のほうに出たりしていた。
バスに乗り込む時に、美優の白いフレアスカートが揺れるのを、なんの気無しに見つめた。白い肌に、白いスカート。髪はさらさらの茶色のストレートロング。まあ、反則だよね、と思う。ふわっとした服を着ていても、腰のラインの美しさは隠せていない。
あのカーブに触れてみたいな、と反射的に思ってしまって、自分の思考にぞくりとする。それは、きっと許されないことだ。