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第13話 白兎の悲しい過去

「うけけけ……」

 ニヤリと微笑む白兎を見て、高星が目を細めて口をへの字に曲げた。

「……この鬼がですか? ちょっと信じられないんですけど?」

「ははは、まぁ、そうだろうね。鬼になると、性格も百八十度変わってしまうからね」

 桜琴の父親が白兎を見て、悲しい色を宿した笑みを浮かべた。それを見て白兎はニヤニヤと下卑た笑みを浮かべた。

 顔色の悪さも加わり、白兎の端正な顔立ちが台無しだ。

「……僕は絶対、鬼にはなりたくはないですね」

「白兎はね、この町を守ったが故に鬼になってしまったんだよ」

「え……」

 皆がしんと静まり返った。

 桜琴の父親の話はこうだった。


 四年前、山田白斗やまだはくとはとある事件に巻き込まれる。当時二十六歳。ここ港橋町の警察署勤務だった。


 今から五年前、この平和な町で鳩、野良猫、ネズミなどが残酷に殺されているのが頻繁に目撃される。

 足が片方だけなかったり、目を抉り取られていたり、腸が飛び出していたり、言葉にするのを躊躇ためらう死に方をしている動物もいた。

 発見される場所は港、橋の上、民家など幅広く、決まって早朝時間にそれは無惨な姿で残されてきた。

 当時、警察も悪質な事件として、犯人を必死に探していた。だが犯人は何も痕跡を残さず、証拠が見つけられずにいた。

 まるで警察に見つけてみろと、挑戦状を送りつけるように動物虐殺は繰り返されていた。

 この町の住人は犯人が見つかるのを、ただ祈るしかなかった。


 そんな最中に最悪な事件が起きてしまう。

 今から四年前の四月十八日、この港橋では『この花なんの花・みなとばし』という大きなお祭りが開かれていた。

 主に木市で、庭園樹、鉢花、果樹苗木、盆栽などが売られ、出店に、ハンドメイドショップのイベントなども同時に行われていた。

 白斗たち何人かの警察官も警備にあたっていた。このお祭りには花見客も多く、飲酒運転の見回りも兼ねていた。

 人々の笑い声と陽気な音楽が流れる中、無差別殺人事件が起きてしまう。

 出店で列を作り、フランクフルトを待っていた客らがまず狙われた。

 どこそこ構わず斬りつけられた。人々は最初、何が起こったのか理解できなかった。

 犯人はその後、縦横無尽に刃物を持って暴れ狂った。わけのわからない言葉を発していた。

 人の悲鳴があちこちにあがった。白斗たちも急いで現場に向かった。

 信じられなかった。平和なこの町でそんなことあるものかと、何かの間違いだと疑ってすらいた。


 現場に着いた白斗の目に飛び込んできたものは、ただ立ち尽くし、滂沱ぼうだの涙を流す警察官の姿であった。

 その手には包丁が握られており、顔にも制服にも返り血を浴びていた。

「……谷先輩? 嘘ですよね……?」

 白斗は声にならない、かすれた声を出した。谷は白斗の一つ上の先輩だった。

 その谷の周りには、動かなくなった人々が転がっていた。子供を抱きしめて泣いている母親の姿もあった。

 白斗の顔を見た谷がぽつりとつぶやいた。

「疲れた……」

「何……言ってるんですか?」

 白斗は足が震えた。自分の強い鼓動だけが鼓膜に響く。しばし静寂の時が流れた。

 しかし谷は目に鋭いものを宿し、その場にいた母親までも刃物で斬りつけようと包丁を振り上げた。

「谷! やめろ! お前なにをしてるんだ!?」

 別な警察官が駆けつけてきて、怒号した。その声に谷は一瞬怯んだようにも見えた。

 その隙にその警察官が叫びながら谷に飛びかかったが、谷は容赦しなかった。まるで別人のようだった。

 目には何の色も映ってはいなかった。

 警察官が首を斬られ、その場に倒れ込んだ。

 谷は体格がよく、力もあった。そして武に優れていた。

 白斗は拳銃を取り出し、谷めがけて構えた。谷は目が虚で無言だった。

(谷先輩、どうして?)

 白斗の目から一粒の大きな涙が流れた。その涙は頬をつたい、地面にぽたりと落ちる。


 このお祭りの焼きそばを二人でお昼ご飯に食べた。焼きそばはお肉が少なくて、味付けが薄かった。

 谷は屈託なく笑っていて、いつもの調子で話していた。

 彼は焼きそばには関心がないようだった。ただ食べている、そんな感じだった。

『山田、俺さ、こないだ二人目が生まれたんだよ。かみさんは女の子欲しがっていたんだけど、また男の子だったよ。俺はさ、元気ならどちらでも構わないんだけどさ。髪の生え方が孫悟空みたいでよ、かみさんが残念ながらアンタにそっくりだなんて、文句言うんだよ。ひでぇよなぁ。大人になったら俺似のイケメン間違いなしだっての』

『ふふ。谷先輩、おめでとうございます。今度赤ちゃん見に行ってもいいですか? それにしてもこの焼きそば、味しなくないですか?』

 これが谷と白斗が話した最期の会話になった。


 パァン!! パァン!!

 二発の銃声音が鳴り響いた。

 谷が膝を着き、倒れる。

 倒れる寸前に谷は白斗に言った。

「あ……りがとう……。俺を止めてくれて……」

 弾は谷の肝臓を貫いていた。


 病院に運ばれた谷はすでに、こと切れていた。

 あの判断は正しかった、そうしなければもっと最悪な事態になっていたとそう誰もが言った。

 死者七名、重傷者十二名、軽傷者十名を出した。

 港橋警察署、始まって以来の大惨事であった。

 警察官による過去に例を見ない殺人事件として、当時毎日のようにニュースになり、世間に恐怖を与えた。


『なぜ、谷加害者は無差別殺人をしたのか?』

『激務による鬱状態だった』

『港橋警察署に問題があったのでは?』

 テレビでは専門家が討論を繰り返し、キャスターが同じような言葉を毎日のように放送する。 


 谷がなぜにそんなことをしたのか。持病もなく、通院歴もなかった。四年経った今でも真相は谷の心の中だった。

 ただ白斗は谷が以前、一度こんなことを話していたのを思い出した。

 いつも明るい口調で話していたから、気づくのが遅れたのだ。

『SNSに踊らされる悲しい時代になっちまったね。俺は親になったけど、嬉しいのと同時に不安も増えたね。税金に少子化、こんな世の中で子供がうまく生きていけるのか時々考えちまう。最近、子供が夜なかなか寝てくれなくってさ、睡眠不足だから、こんな思考になっちゃうのかね。あ~、ヤダヤダ。そうだ、山田、気晴らしに釣りでも行かね?』

 軽妙洒脱な彼の姿は表の顔で、裏での彼は悩み事でいっぱいだったのかもしれない。

 奥さんが病気になり、祖母とともに一家で無理心中をしたと聞いたのは谷が亡くなって三ヶ月後のことだった。

 白斗も寝れない日々が続いていた、月のない夜での悲しい出来事だった。

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