源次と山名が和菓子を注文して戻ってきた。
一生の顔を見た山名が驚いた顔をした。
「わ、若様? 何か面白いことでもありましたか?」
「いや? 何も?」
一生は頬杖をついて、窓の方を眺めた。
その表情は晴れやかで、とてもここに調査にきたようには見えない。
春の風が吹き、ヤマボウシの葉が楽しそうに揺れた。うららかな春の日だった。
(何年も会えなかった、そんな人にやっと会えた気がする……。なぜだろう……)
一生がそんなことを考えていると、カウンターにいた四十代後半の女性が「失礼します」と、源次と山名が買った和菓子をテーブルに並べていく。
源次の皿には三色団子とみたらし団子、醤油団子と胸焼けしそうなほど団子がぎっしりと乗っていた。
山名の前には林檎の
林檎をバターといっしょに甘く煮て、白あんを合わせた羊羹らしい。
四十代後半の女性店員の視線を一生は感じたが、いつものことだ。
白銀髪で長髪、こんな髪型は日本では珍しいに決まっている。加えてこの容姿だ。
またモデルか何かだと思われてるんだろう、とさして気にも留めなかった。
髪を伸ばしているのには理由がある。
「どうぞ、ごゆっくり」
その女性は何か言いたげだったが、決まり文句だけを残してカウンターに戻っていった。
店には自分たち以外に客が二名ほどいた。
山名が林檎の羊羹に手をつけようとはせず、一生のパフェが来るのを待っていたので先に食べるように促した。
山名が抹茶で喉を潤し、「ではお先に。いただきます」と林檎の羊羹を食べようとした時に源次が物欲しそうに、チラチラ視線を送った。
源次は見た目に反して甘党だった。
「一口だけですからね」
山名が源次に羊羹を切り分けてあげていた。源次が嬉しそうにお礼を言っていた。
(調査さえなければ、ただの休憩なのだが……)
一生は和菓子を夢中で味わっている二人を
(今のところは何もなしか……)
調査指示書が出るような場合、一度で物怪が姿を現すことは少なく、酷い時には調査に何ヶ月もかかることがある。
それぐらい、頭がよく厄介な相手のことが多い。
それでも半年かけても何も出なければ、青の巻物は白の巻物になる。つまり異常なしということだ。
(鬼でなければいいが……)
一生は店員も観察する。先ほどの若いおさげの店員は少なくとも鬼の気配がしなかった。
カウンターにいる四十代の女性も鬼の匂いや気配はしなかった。
鬼というのは隠しきれない妖気と、血の匂いがかすかにする。
一般人にはわからなくとも、神気を
髪や肌がビリビリと静電気を帯びたように、その気配をひしひしと感じるのだ。
(もう一人いるな……)
一生の目線の先には二十代半ばと思われる、髪の短い女性がいた。
髪の先だけを赤く染めていて、桃色の二部式の着物を着ていた。
「一生、あの女性なら大丈夫だったぞ。鬼じゃない」
源次が三色団子を手に取りながら口にした。
和菓子を選ぶ時にきちんと店員も視てきたようだ。
「そうか。ありがとう。とりあえずここにいる人は鬼ではなさそうだな」
「しかし、住宅の方はどうします? 店はなんとかこうして視れますが、住宅の方はまた業者のふりして調べますか?」
山名が羊羹を口に運んでいた黒文字を皿に置いた。黒文字とは和菓子に使う小型のフォークのことである。
「今度はなんの業者をするんだ」
一生がため息をついた。この潜入が一番やりたくない仕事だった。
「やりたくないのはわかる。しかし調べないわけにもいくまい」
源次がコーヒーを飲んだ。コーヒーにも砂糖とミルクをしっかり入れていた。
「
一生が宙を見ながら口に曲線を描く。
拓実は同じ結界師でK大で理工学部に通い、人工知能論を学んでいる。今日は大学の研修で東北に行っている。
「シロアリ、水回り、内装、ベランダ、屋根、畳……。思えば数えきれないぐらい業者やってきましたねぇ」
山名が抹茶が入った湯呑みを握りしめ、感慨深く言葉にした。
「はは。俺なんかシロアリがいるか、すぐにわかるようになったぞ」
源次がおどけながら話す。
業者になりすまし、鬼などを探す。
これがなかなか骨が折れる作業で、結界師協会の息がかかった業者と一緒に行動するのだが、不審に思われないように、きちんとその職種の内容を勉強しないといけない上に、突然の営業は断られることも多い。
「それともまた夜中に侵入しますか?」
山名が眉を下げて提案した。実はこれもあまり一生は好きでない。
鬼などを探す以上は不法侵入は仕方ないし、上の人間も何も言っては来ないのだが、真夜中でも寝ていてくれればいいのだが、お風呂に入っていたり、酷い時は情事の最中だったりもする。
「はぁ……。視なくてもこう、広範囲で妖魔や鬼の気配を感じ取れたらいいのにな」
一生が腕を組んで椅子に背中を預けた。
その時、先ほどのおさげの天女が抹茶パフェを運んできた。
「失礼します。抹茶パフェのお客様、大変お待たせいたしました」
コーヒーしか置いていない一生のテーブルをちらりと見て、その美しい天女は穏やかな口調で話をした。
歳の頃はまだ二十歳ぐらいだろうか。年齢の割に丁寧な接客だった。
「あ、私です」
一生が軽く手を上げた。
天女がパフェを持って一生のところに向かって歩き出した時、店のフローリングの床から緑の何かが伸びてきて、天女の右足をつかんだ。
一生と源次、山名はその気配に気づいて
深い緑の泥のような手が彼女の右足をつかんでいた。
(妖怪か)
一生は瞬時にそう判断した。妖怪独特のすえた匂いがしたからだ。鼻をつんざく嫌な悪臭だ。
「あ!」
つかまれたのがわかったようで天女が視線を足元に移した。その姿を一生は見逃さなかった。
次の瞬間、天女のような女性は体勢を崩し、持っていたパフェが勢いよく宙を舞った。天女はそのまま両手両足を地面についた。
テーブルにいるみんながパフェの行方を見守った。ただ一人、一生を除いて……。
時間の流れがゆっくりになった気がした。
「あ……」
次に天女の目に飛び込んできたものは、一生が頭から抹茶パフェをかぶっている悲惨な光景だった。
白銀髪は所々緑に染まり、緑の生クリームがべっとりと髪に付き、白玉と抹茶ゼリーがハイブランドのスーツの上に落ちていた。
彼の端正な顔にもアイスや、
一生は天女を見て、口角を半分上げながら訊ねた。背景に黒い薔薇が咲いている。
「……君、名前は?」
「え? ええと、あのすみません」
天女のような女性の顔は健康な色をなくし、青い顔で四つん這いになったまま全身ブルブル震えていた。
「名前は? な・ま・え」
一生は天女の顔を見つめた。有無を言わさない強い口調だった。
「ほ、本当にすみません! あ、あの、あたしは
これが二人の二百年ぶりの再会であった。