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第4話 頭からパフェをかぶる男

 源次と山名が和菓子を注文して戻ってきた。

 一生の顔を見た山名が驚いた顔をした。

「わ、若様? 何か面白いことでもありましたか?」

「いや? 何も?」

 一生は頬杖をついて、窓の方を眺めた。

 その表情は晴れやかで、とてもここに調査にきたようには見えない。

 春の風が吹き、ヤマボウシの葉が楽しそうに揺れた。うららかな春の日だった。

(何年も会えなかった、そんな人にやっと会えた気がする……。なぜだろう……)

 一生がそんなことを考えていると、カウンターにいた四十代後半の女性が「失礼します」と、源次と山名が買った和菓子をテーブルに並べていく。

 源次の皿には三色団子とみたらし団子、醤油団子と胸焼けしそうなほど団子がぎっしりと乗っていた。

 山名の前には林檎の羊羹ようかんが置かれた。

 林檎をバターといっしょに甘く煮て、白あんを合わせた羊羹らしい。

 四十代後半の女性店員の視線を一生は感じたが、いつものことだ。

 白銀髪で長髪、こんな髪型は日本では珍しいに決まっている。加えてこの容姿だ。

 またモデルか何かだと思われてるんだろう、とさして気にも留めなかった。

 髪を伸ばしているのには理由がある。

「どうぞ、ごゆっくり」

 その女性は何か言いたげだったが、決まり文句だけを残してカウンターに戻っていった。

 店には自分たち以外に客が二名ほどいた。

 山名が林檎の羊羹に手をつけようとはせず、一生のパフェが来るのを待っていたので先に食べるように促した。

 山名が抹茶で喉を潤し、「ではお先に。いただきます」と林檎の羊羹を食べようとした時に源次が物欲しそうに、チラチラ視線を送った。

 源次は見た目に反して甘党だった。

「一口だけですからね」

 山名が源次に羊羹を切り分けてあげていた。源次が嬉しそうにお礼を言っていた。

(調査さえなければ、ただの休憩なのだが……)

 一生は和菓子を夢中で味わっている二人を他所よそに店内をくまなく、それでいて不自然にならないように見渡す。

(今のところは何もなしか……)

 調査指示書が出るような場合、一度で物怪が姿を現すことは少なく、酷い時には調査に何ヶ月もかかることがある。

 それぐらい、頭がよく厄介な相手のことが多い。

 それでも半年かけても何も出なければ、青の巻物は白の巻物になる。つまり異常なしということだ。

(鬼でなければいいが……)

 一生は店員も観察する。先ほどの若いおさげの店員は少なくとも鬼の気配がしなかった。

 カウンターにいる四十代の女性も鬼の匂いや気配はしなかった。

 鬼というのは隠しきれない妖気と、血の匂いがかすかにする。

 一般人にはわからなくとも、神気をまとった結界師にはすぐにわかる。

 髪や肌がビリビリと静電気を帯びたように、その気配をひしひしと感じるのだ。

(もう一人いるな……)

 一生の目線の先には二十代半ばと思われる、髪の短い女性がいた。

 髪の先だけを赤く染めていて、桃色の二部式の着物を着ていた。

「一生、あの女性なら大丈夫だったぞ。鬼じゃない」

 源次が三色団子を手に取りながら口にした。

 和菓子を選ぶ時にきちんと店員も視てきたようだ。

「そうか。ありがとう。とりあえずここにいる人は鬼ではなさそうだな」

「しかし、住宅の方はどうします? 店はなんとかこうして視れますが、住宅の方はまた業者のふりして調べますか?」

 山名が羊羹を口に運んでいた黒文字を皿に置いた。黒文字とは和菓子に使う小型のフォークのことである。

「今度はなんの業者をするんだ」

 一生がため息をついた。この潜入が一番やりたくない仕事だった。

「やりたくないのはわかる。しかし調べないわけにもいくまい」

 源次がコーヒーを飲んだ。コーヒーにも砂糖とミルクをしっかり入れていた。

拓実たくみに何か、アイディアをもらうか。それにあいつ、業者役うまいからな」

 一生が宙を見ながら口に曲線を描く。

 拓実は同じ結界師でK大で理工学部に通い、人工知能論を学んでいる。今日は大学の研修で東北に行っている。

「シロアリ、水回り、内装、ベランダ、屋根、畳……。思えば数えきれないぐらい業者やってきましたねぇ」

 山名が抹茶が入った湯呑みを握りしめ、感慨深く言葉にした。

「はは。俺なんかシロアリがいるか、すぐにわかるようになったぞ」

 源次がおどけながら話す。

 業者になりすまし、鬼などを探す。

 これがなかなか骨が折れる作業で、結界師協会の息がかかった業者と一緒に行動するのだが、不審に思われないように、きちんとその職種の内容を勉強しないといけない上に、突然の営業は断られることも多い。

「それともまた夜中に侵入しますか?」

 山名が眉を下げて提案した。実はこれもあまり一生は好きでない。

 鬼などを探す以上は不法侵入は仕方ないし、上の人間も何も言っては来ないのだが、真夜中でも寝ていてくれればいいのだが、お風呂に入っていたり、酷い時は情事の最中だったりもする。

「はぁ……。視なくてもこう、広範囲で妖魔や鬼の気配を感じ取れたらいいのにな」

 一生が腕を組んで椅子に背中を預けた。

 その時、先ほどのおさげの天女が抹茶パフェを運んできた。

「失礼します。抹茶パフェのお客様、大変お待たせいたしました」

 コーヒーしか置いていない一生のテーブルをちらりと見て、その美しい天女は穏やかな口調で話をした。

 歳の頃はまだ二十歳ぐらいだろうか。年齢の割に丁寧な接客だった。

「あ、私です」

 一生が軽く手を上げた。

 天女がパフェを持って一生のところに向かって歩き出した時、店のフローリングの床から緑の何かが伸びてきて、天女の右足をつかんだ。

 一生と源次、山名はその気配に気づいて咄嗟とっさに天女の足元を見た。

 深い緑の泥のような手が彼女の右足をつかんでいた。

(妖怪か)

 一生は瞬時にそう判断した。妖怪独特のすえた匂いがしたからだ。鼻をつんざく嫌な悪臭だ。

「あ!」

 つかまれたのがわかったようで天女が視線を足元に移した。その姿を一生は見逃さなかった。

 次の瞬間、天女のような女性は体勢を崩し、持っていたパフェが勢いよく宙を舞った。天女はそのまま両手両足を地面についた。

 テーブルにいるみんながパフェの行方を見守った。ただ一人、一生を除いて……。

 時間の流れがゆっくりになった気がした。

「あ……」

 次に天女の目に飛び込んできたものは、一生が頭から抹茶パフェをかぶっている悲惨な光景だった。

 白銀髪は所々緑に染まり、緑の生クリームがべっとりと髪に付き、白玉と抹茶ゼリーがハイブランドのスーツの上に落ちていた。

 彼の端正な顔にもアイスや、餡子あんこがついていた。

 一生は天女を見て、口角を半分上げながら訊ねた。背景に黒い薔薇が咲いている。

「……君、名前は?」

「え? ええと、あのすみません」

 天女のような女性の顔は健康な色をなくし、青い顔で四つん這いになったまま全身ブルブル震えていた。

「名前は? な・ま・え」

 一生は天女の顔を見つめた。有無を言わさない強い口調だった。

「ほ、本当にすみません! あ、あの、あたしは甘山桜琴あまやまさくらこと申します!」

 これが二人の二百年ぶりの再会であった。



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