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第3話 潜入捜査は嫌いです。

 翌朝、美桜はなんだか柔らかい毛に包まれて目が覚めた。

(ん? ここはどこ?)

 起きて辺りを見渡すと、何やら洋風の高級家具が並んでいる。

 革張りのソファーも良い品物だと一目でわかった。

 一流ホテルのような豪華な一室に、美桜は目を見開いた。

(ここは自分の家じゃない……)

 美桜は青ざめながら、視線をさらに動かすと左隣にはネジが起きていて美桜を見つめていた。先ほどの柔らかい毛はネジのものだった。

 そして恐る恐る彼女は右の方を見ると、すぐ横に高星が寝ていた。

 洋室の絨毯の上に布団が三枚敷いてあり、どうやら雑魚寝をしたらしい。

(な、ななな、なんで高星くんが? あれ? わたし昨夜、疲れていて記憶が途中からない……。ま、まさか高星くんと? いや、ないないない)

 美桜はかぶりを振った。

 その時、目覚まし時計がなった。美桜が音がした方を見ると時刻は六時半だった。

(ひ! やばい! さくちゃんと交代の時間だわ。早く帰らないと怒られる!)

 美桜はまだ寝ている高星のあどけない寝顔を見て、優しく微笑み、隣であくびをしたネジの頬にキスをした。

「またね!」

 美桜は部屋の窓を開けて、そこから飛んだ。人に見つからないように、高く高く飛んで雲と同じ高さまで飛ぶ。

「さすがに寒~い! あはは」

 神気で身体を温めながら、飛行を続けて家に帰り着いた。時刻は六時四十五分だった。

(なんにも言わないで帰っちゃった。けど彼とはまたすぐ会う気がする……)

 美桜はシャワーを浴びながら、高星の顔を思い出した。

(なかなかのイケメンじゃなかった? あ、神だから当たり前か)

 楽な部屋着に着替えをしながら、美桜は身体を眺めた。

 日頃から走って妖怪や妖魔を退治してるから、身体は和菓子職人とは思えないほど、引き締まっていた。

(この身体はさくちゃんのもの……。自分のものじゃない)

 美桜は悲しみの色を瞳に浮かべた。

(近いうちに身体を取り戻しにいかないと。でもあいつとどうやって話をつける?)

 そんなことを考えてるうちに眠くなった。洗面台の床に美桜は座り込んだ。

 交代の時間だ。

「さくちゃん、おやすみ」

 美桜が見ている景色が暗くなる。

 しばらくして、彼女は起き出した。

「あててて。み~ちゃん、また人の身体を酷使して……」

 先ほどの女性とはまったく違う雰囲気の女の子が鏡を見ながら、お腹周りをさすった。


「おい、一生いっせい。間違いなくここだぞ。本部から連絡があった店は」

 源次こと、御厨山源次みくりやまげんじが何やら青の巻物を広げながら口にした。

 黒髪スパイラルパーマに体格のいい彼は、身長が百九十二センチもある。

 今日は白のパーカーにデニムのジーンズといった出立ちだ。

 たまに老けて見られるが、年は二十三歳。ちなみに新婚ほやほやである。

「ここなのか。店の外からはなんにも感じないな」

 白銀髪の男性がその店をマジマジと見ながら言葉にした。彼の名は神谷田一生かみたにだいっせい。結界師の長だ。

 神谷田製菓の御曹司で誰もが振り返る美貌の持ち主だ。

 ハイブランドのベージュのスーツに臙脂えんじのネクタイをしている。そして長い髪を一つに束ねている。

 今日もその美しさは神がかっており、背景に白い薔薇が咲き誇っていた。

「青の巻物ということは事実確認を、ということですね?」

 山名が確認するように視線だけを二人に向けた。山名やまなは一生の秘書をしている。二十代後半の男性だ。

 銀縁のメガネをかけ、ミディアムでツーブロックの黒髪を後ろにワンカールさせている。

 落ち着いた色合いのチャコールのスーツも、いかにもインテリといった風貌だ。

「これが白の巻物に戻れるようにするのが俺たち、結界師の努めさ」

 源次が青い巻物をひらひらと前後に揺らした。


 結界師には本部から度々司令がくる。主に連絡手段は巻物だ。

 日中はカラスが運んでくるが、夜に配られた巻物は、朝起きると扉の前や窓の外に置いてあったりするのだ。

 本部の連絡係はいまだに誰かはわからない、それぐらいいつも気配がない。

 結界を張り巡らせた結界師の家に容易く侵入し、巻物を置いていく。

 そのことに慣れることはなく、朝起きて巻物を見ると、どうやってそこまで侵入したのか不気味だった。

 まさに神業だった。

 巻物は外側が緑の唐草模様で中を開けない限り、紙の色がわからない上に結界師でないと開封できないように術が施してある。

 普通の人間が無理やりこじ開けようとすれば、その者の手が火傷をするらしい。

 実際に見たことはないが、結界師に関する噂は本当のことが多い。

 そして巻物の中の紙が白であれば決算報告だったり、連絡事項。調査をしたが異常がなかったなど、問題がない時に使われる。

 紙が青の場合は主に指示書で、今回のように重要な調査だったりする。その場で討伐するかは結界師に委ねられている。

 紙が赤の時は確認済み、即討伐命令だ。たとえ相手がなんであれ、必ず実行しなければならない。

 黒い紙はまだ届いたことはないが、結界師の殉職の連絡らしい。


 今回の青の巻物の調査対象は、老舗の和菓子屋で『月縁堂げつえんどう』という名前だった。

 『創業百二十年』と書かれたのぼり旗が揺れていた。

 見たところ敷地は百坪で自宅兼、店舗らしい。古民家風の建物で二階のベランダには洗濯物が干されていた。

 とりあえず三人は中に入った。

 ショーケース、木棚、販売場所以外に店内にはテーブル席が二つあった。軽食ができるようだ。

 テーブル席の横は全面ガラス張りで、ちょっとした庭園が楽しめるらしい。

 陽射しが入ってくるためか、和風のガーデンパラソルが二つのテーブルに設置されていた。

 色合いが単調ではなく、生地も良いものだと一目でわかった。

 紅と紫の色の二つのパラソルは大きくて、ハイカラで店内を引き立てていた。

「なんかレトロでいい雰囲気の店だな」

 源次があたりをキョロキョロ見回した。

「いらっしゃいませ~」

 よく通る女性の声が一生らの耳に届いた。

 レジにいるのは妖艶な美人で、歳の頃は四十代後半だろう。

 一生はレジに向かい、その店員にコーヒー二つと抹茶を一つテーブル席までお願いした。

「ゆっくり観察するのにちょうどいい場所だな」

 源次がテーブル席に着くなり口にした。

「よ~く見ないとわかりませんからね。でもこんな席があってよかったですね。長居しても怪しまれない」

 山名が配られたおしぼりで手を拭きながら話す。

「俺、何か食べたい」

 子供のような口調で、源次がショーケースの方に顔を向けた。

「あ、源次様、わたくしが注文してきますよ。若様も何かお食べになられますか?」

 山名が一生に視線を移す。若様とは一生のことである。

 一生はメニュー表を眺めていたが、とあるものを指さした。

「じゃあ、私はこれで」

 抹茶パフェだった。抹茶ゼリーに生クリーム、白玉に小豆、アイス、さらに抹茶の生クリームがなかなかのボリュームで乗っている。

「あ、もう十一時ですもんね。お腹空いちゃいました?」

 山名は一生のチョイスに一瞬躊躇ちゅうちょした。

「若様、それはそれでいいですが、後できちんとご飯は食べてもらいますよ?」

 一生はよく昼食を抜いている。忙しいのもあるが、あまり食に関心がないようにも見えた。

「山名、一緒にショーケース見に行かないか?」

 源次が山名に声をかけ、二人は和菓子を買いに行った。

 一生は窓から小さな庭を見つめた。

 春の陽気な日差しを感じさせながら、和の風情を感じる、枯山水様式の坪庭。

 限られた庭で楽しむ、川の流れ。小さな灯籠。

 センスがいいと思った。よく手入れもされていた。

 その時、先ほどの女性とは違う若い女店員が飲み物を運んできた。

 一生は失礼がないように観察する。

 今回の青の指示書の内容は『妖魔・妖怪・厄災・最悪の場合、鬼がいる可能性ありの調査命令』だ。

 鬼が人の姿に化けていてもなんら不思議ではない。鬼はとにかく頭が回るので厄介で手強い。霊力も並ではないのが鬼だ。

 今回、結界師である一生が同じ結界師の源次を連れてきたのは、鬼の場合、すこぶる面倒だからだ。

 戦闘になった場合、どちらかが戦い、どちらかは人間を避難させないといけない。

 鬼は結界すらなかなか張らせてくれないから、一人では骨が折れる。


「こちらでよろしかったですか?」

 コーヒーを置いた女性店員は背は高い方ではなく、おそらく平均よりも少し低いぐらいだろう。

 和菓子屋の制服らしき、小豆色の作務衣を着ていた。

 亜麻色の長い髪はおさげにして、大きな瞳はブラウンダイヤモンドの宝石のように輝いていて、白くて整った顔立ちは天女のようだった。

 口元に軽く曲線を描いていた。

(奇麗な女だな。しかし前にも会ったことがあるような……)

 一生は遠慮のない視線を送っていた。

「あ、あの何か? ご注文は合っておられますか?」

 天女のような女性が一生の突き刺さるような視線に耐えかねて、戸惑った声を出した。

「あ、すみません。ボーとしてしまって……。これで合っています、大丈夫です」

 一生が慌てて口にすると天女は「よかったです」それだけ言い、軽く頭を下げてカウンターの奥に消えていった。



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