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神に恋した結界師〜二十三刻。
神雅小夢
現代ファンタジー現代ダンジョン
2025年01月13日
公開日
5.6万字
連載中
その昔、人間は皆、神だった。記憶を忘れてしまった神は人間になる。悪行をすれば鬼になる。
 天女のごとき美しさを持つ双子が、一家で和菓子屋を営んでいた。
 草木にしか興味がない呑気で天然ボケの姉の桜琴と、おてんばで恋愛至上主義だが、明るく物怪との戦闘が得意な妹の美桜。
 実は二人は人間界で暮らす神だった。
  結界師協会からの命令で、この和菓子屋に物怪調査で行った『深雪の貴公子』と謳われる結界師の神谷田一生は、桜琴に一目惚れをしてしまう。
 が、一生には裏の顔があり、イケメン変人御曹司だった。
 また天才的頭脳の持ち主で人一倍優しいが、家庭が複雑で全く素直になれない毒舌結界師の高星は幸せになれるのか?
 そして人間社会に、どんどん増え続ける物怪の正体と原因は解明できるのか?
 個性がすぎる神々と結界師が物怪と戦いながら、人間としても成長していくストーリー。
 バトルあり。恋愛あり。一生と高星が主人公の話です。
 ※残酷描写あり。ここに登場する神様はフィクションです。古事記の神様とは別物です。

第1話 関西支部が働かないのは関東支部の神谷田のせい

「お~い! 今日の当番、誰と誰だよ。もう時間だぜ?」

 見事な艶を持った金色こんじき長髪の男性が、腕時計を見て気だるさを隠さず、口を開いた。

 時刻は午後十時を過ぎていた。

 髪の短い黒髪の男性が、ビールを飲みながら、ピザを手に持っている。それを咀嚼しながら考えるように返事をする。

「あれ、誰だっけ? 俺じゃないことは確かだよ」

「はいはい、僕が当番です。あと一曲歌ったら行くよ。マイク貸して」

 茶髪でマッシュルームヘアの男性が、マイクを黒髪の男性から受け取った。

「てか、行かへんでもバレへんて。聖夜せいやは今日は本部に出張やろ? 大丈夫やて」

 会話に参加した坊主頭の男性が歌い終えて、マイクをテーブルに置いた。

 カラオケルームでのやりとりである。テーブルには色々な種類のお酒と、枝豆、ポテトフライなどのおつまみが所狭ところせましと並んでいた。

「……聖夜だけだよな。この関西できちんと結界師の仕事してんの。倒してもどうせゾンビのように湧いてきやがんだぜ、ヤツらはよ~」

 金色の髪の男性がため息をついた。美しい髪がうねり、肩からこぼれ落ちた。

「でもさ~。今日の当番の人はきちんと仕事してきてよね~。また関西支部だけ討伐数が少ないって上から叱られるんだからね? 聖夜が可哀想だよ~」 

 黒髪の男性が口を尖らせた。金色の髪の男性がグイっとビールを飲んだ。奇麗に浮き出た喉仏が大きく上下する。

 金色の髪の男性が坊主頭の男性を見た。

「なぁ誰だっけ? あの関東支部にいる結界師の長は? なんて名前だったかド忘れしちまったぜ。アイツがクソ真面目に仕事するから、こっちにまでとばっちりが来るんじゃねえか。なんで深夜に交代で物怪退治しなきゃならねぇんだよ」

「ああ、アイツや、神谷田一生かみたにだいっせいっちゅう、神谷田製菓の御曹司やで。アイツのあだ名はここ関西では『歩く顔面凶器』らしいで」

 坊主頭の男性が顔をしかめる。金色の髪の男性が吹き出した。

「ははっ、なんだよ。それ。どっちの意味だよ? どちらにしろ、一度会ってみたいもんだぜ。結界師の歴史を塗り変えた異常な神気の持ち主様を、とくと拝んで見たいもんだぜ」 

 坊主頭の男性が立ち上がった。「便所くそか?」金色の髪の男性が半分口角を上げて揶揄からかう。

「ちゃうわ! しゃーないから、何頭かだけ物怪アイツらを軽く倒しに行ってくるわ。わてら関西支部は真面目になんか仕事せぇへんで。この仕事のせいで、仲間が何人死んだと思ってるんや。おい、まだ俺は歌うんやからお前ら勝手に帰るなや。今日は朝までコースやで!」


 ここは東京。

 時刻は午前零時をとっくに過ぎていた。

 神主の白衣装を着た、端正な顔立ちの黒い長髪の男性が佇んでいる。艶のある漆黒の髪がこの男性によく似合っていた。

 その隣にはこの世のものではない檜皮色ひわだいろの狼がいた。檜皮狼と呼ぼう。

 モヤがかかった黒緑のカカシのような物怪が一体、その男性と狼の周りをぐるぐると、飛び回っている。

 結界師たちが『妖魔』と呼ぶ化け物だ。人間に取り憑いて事件や事故を起こしたり、妖魔自身が様々な破壊行動を繰り返し人間の生活の邪魔をする。

 妖魔は人間の負の感情から生まれたものだから、悲しいことに負の連鎖しか生まない。これらを天へと送る仕事をするものたちがいた。

 この男性と、檜皮狼もその仕事をしている。結界師だ。

 人間社会でまっとうな仕事をしながら、時には闇に紛れて物怪と戦う。政府公認の裏稼業トップシークレットだ。

 男性が両手を合わせ、手から碧い神気オーラを出して結界と呼ばれる異次元空間を作る。この結界から妖魔は逃げることは決して出来ない。

 唯一の例外は相手が自分より霊力が強い時のみだ。

 檜皮狼が軽やかにジャンプし、クローナイフのような鋭い爪で、まるで紙を切るように容易く、妖魔を一瞬で切り裂いた。

 この妖魔の中には何もなかった。血も体液も何も出てこない。

『ぐぎゃああああああ』

 断末魔の叫びと共に、妖魔はプスプスと黒いちりになって消えた。

「今夜は結構多いな、朝までコースか……」

 男性がぼやく。その表情からは疲労の色が浮かんでいる。

 春の夜風が前を通り過ぎた。男性の長髪が風になびいた。

 するとさっきまで大人しかった檜皮狼が何かを感じたのか、毛を逆立てて威嚇し始めた。

「……お、おい、どうした?」

 男性が気配を感じた時には、結界内に白い大きな蜘蛛がいた。妖怪の類だ。体は真っ白で体長は五メートルといったところだろう。

 口からはネバネバの体液を出して洗濯物やらペットボトル、空き缶やらを体につけている。

 なんでもかんでも持ち帰り集めているという収集癖のある妖怪だ。持ち帰って食べれるものはすべて食べるらしい。

 その蜘蛛の毛の生えた大きな脚を見ると、男性は鳥肌が立った。蜘蛛は苦手だった。

 お腹が空いているのだろう。先ほどの妖魔との戦いで引き寄せた可能性が高い。あの断末魔がそれだったに違いない。

 妖魔は妖怪、時にはもっとも厄介な厄災まで呼ぶこともある。

「コイツはなんでも糸に引っ掛けて持って帰ってしまう『引き蜘蛛』か、妖怪だな。やれやれ、そのゴミだけじゃ飽き足らずに、俺たちまで連れていくつもりか?」

 神気もだいぶ使った。この戦いで正直今夜は終わりにしようと男性が顔の前で印を組み、呪文を唱え始めた。

『神力大込滅方真撃光天……』

 これは結界師の攻撃術『真光玉』だった。簡単にいうと光の爆弾だ。結界師の目には神気が宿っている。自分より弱い霊や物怪なら簡単に動きを封じられる。引き蜘蛛の目を見て動きをまず封じる。それから呪文を唱える。

 隣では檜皮狼がじっとその様子を見ている。

 光玉が出て引き蜘蛛に当たったら、一気に叩くつもりだろう。

 その時だった。上空から何かが結界内に降ってきた。それは目にも止まらぬ速さで、引き蜘蛛にすごい勢いで激突した。ぐしゃりという嫌な音がした。

「な、なんだ!?」

 長髪の男性が目を見開いて凝視した。何かが引き蜘蛛に乗っかっている。人だ。

 しかもこちらに形の良いお尻を向けて、うつ伏せという体勢で倒れている。

 引き蜘蛛の叫び声が結界内に響き渡った。黒い体液が地面に溢れ出ている。

「あ、ああ、ごめんなさい。何かを潰してしまいました」

 引き蜘蛛から人がノソノソと起き上がった、小柄な女性だった。

 なぜか和菓子屋の制服らしき、小豆色の作務衣を着ていて引き蜘蛛の上に立ち、こちらを見ていた。

 大きな栗色の目に奇麗な二重、紅い口、小さな鼻、卵形の顔。そしてサラサラの長い髪をポニーテールにしていた。

 それはこの世のものとは思えない美しさだった。

 男性は見惚れた。女神だと思った。

 しかし、この女神は自分の足元を見て、

「きゃああああああ!」

 と叫び声を上げて、あたふたし出し、脚がもつれて引き蜘蛛の上から落ちて、結果地面に尻餅をついた。

「あててて……」

 女神が顔を歪ませた。お尻をさすっている。

「あ、あのさっきも引き蜘蛛にぶつかっていましたし、怪我などしていませんか?」

 男性が遠慮のない視線と声を送りつけた。上から落ちてきた上に、また落ちたのだ。

 女神はにこっと口元に曲線を描き、

「わたしは大丈夫なんですが、ヘマをしてあなた方の獲物を倒してしまったようです。ごめんなさい。査定、いやお給料に響きますよね?」

 自分のことより、お金の心配をしていた。

「い、いやそんなことは良いのですが、なぜこんな夜中に走っていたのですか? しかも屋根の上を」

 男性は結界の上空を見た。明らかに三階以上の高さがある。

「あ、いけない! やばい。やばい。あいつに追われてんの、忘れてた!」

 女神が結界の上に視線を移した。結界の上には黄土色の大きな目の蛙の妖怪がいた。青い舌を出していて体格がよく三メートルはありそうな巨大蛙だ。

「な、なぜ、あんなものに追われてるんですか?」

 男性が動揺しながら女神に問いかけた。

「それがよくわからなくって、最近はずっとこんな感じなんです。厨房にいると襲われるんです」

 女神は美声だった。

「ふ~んわからないけど、でも君からは普通に人の気配がしないな」

 檜皮狼が美桜の顔を見つめて声を出した。

「ええぇ! 狼が話した! ん? いや、よく見るとお犬様、ですね? あなたたちは結界師なんですか?」

 女神が首を傾げた。男性は答えに窮した。自分たちのことを知っている人間はごくわずかしかいない。

「あ、ご紹介遅れました。怪しいものではありません。わたしは美桜みおと言います。あなたたちの名前は?」

 美桜が眩しい笑顔を向けてきた。

「私は高星たかぼしと申します。こちらはネジです」

 高星と名乗る男性が美桜の顔を見ながら、自己紹介をした。ネジとは檜皮狼のことである。

 向こうが名前しか言わないからこちらも本名は言わない。

「ここで会ったのも何かのご縁ですが、まずあたしはあいつを倒さないといけないんで」

「は? あなたがあいつをやっつけるんですか?」

 高星が眉を寄せて、黄土色の蛙を見た。ジト目で美桜を見ているのがわかった。

「あ、このお酒をぶっかければイチコロですから。大丈夫です」

 美桜から変な文字が書いた瓢箪ひょうたん酒をどこからか出して自慢げに見せてきた。

「わたし本当は妖怪大嫌いなんです。でも仕方ないから行ってきます」

「なんなら、私たちが戦いますよ」

 高星はそう口にしたが、もう神気が残っていない。しかし結界の上にいる、あの黄土色の蛙もこの場を離れる気配がしない。

 妖怪が嫌いな夜明けを待つか、どのみち戦うしか道はない。

 美桜が上空を睨むと、その身体が眩い光を放ち、ひょいと結界の外に飛び出した。彼女は空を飛んでいる。

「な、と、飛べるのか?」

 高星は美桜の華麗な動きに目を奪われた。

「あ~、びっくりしますよね? 事前に言っておきますが、わたし神なんです」

 美桜はそう言い、持っていた瓢箪酒を黄土色の蛙にぶちまけた。蛙が目を抑え暴れ出し、逃げ出した。

「あいつ逃げるぞ、高星」

 檜皮狼が高星に告げた。

(逃すものか)

 高星は神通力で一瞬で作った光の弓矢で黄土色の蛙を射抜いた。蛙が塵になって消えていく。

「わぁ、すご~い! あなた強いんですね」

 結界の上で美桜が拍手していた。

 月が彼女を照らし、その姿はまさに女神だった。 













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