「それでは、ええ……ここに応募された理由をお聞かせいただいてもいいですか?」
面接官の一人の言葉を受け止め一旦〝はい〟と返事をしてから、
「私は元アイドルで、それなりに知名度も実績もあります。アイドルを辞めた後も、様々な場所に行き、配信動画等を通じてレポートすることにより収入を得ていました。このスキルと経験を……」
「著作もいくつかあるんですよね? それは先程お聞きしました。言い方が悪かったですね。私がお聞きしたかったのは、この〝地方振興おたすけし隊〟それこそ全国各地域で募集されていて、受け入れ地域はたくさんあると思うのですが……何故武音さんはこの斧馬町をお選びになったか、ということなんです」
他の面接官も興味深そうに唸ったり、眼をパチパチさせて乙女に注目している。
なるほど。一応、応募書類に書いておいたはずだが、皆あれでは納得いかなかったということだろう。
まあそうだよな、と乙女は思う。自分はここに縁もゆかりもない人間なのだ。面接官にしてみれば疑問がわくのも当然だ。
「はい。以前アイドルをやっていた時にこの近くにイベントで来たことがあり、斧馬町の自然の美しさ、住人の方々のあたたかさに触れ……」
これは応募書類にも書いたことだが、他に妙案も浮かばず、乙女は繰り返すことにした。
正直なんとなく、であり乙女自身にも何故ここを選んだのかはよくわからないのだ。
乙女は着慣れないリクルートスーツに違和感を感じ、淀みなく喋りながら居住まいを正した。
こんなものを着たのは久しぶり……というか初めてだ。パンツスタイルなら兎も角、迷った末のスカートスタイルなので余計に、である。
ちなみにイベントで来たのは隣の斧馬
あの時は移動の時に通り過ぎただけなのだが、まるっきり嘘というわけでもない、と乙女は思っている。
「ふむ……」
乙女の淀みない返事を聞き、質問を発した面接官は身を深く椅子に沈め、黙ってしまった。
不意に窓際のカーテンが激しく揺れ、初夏の風がこの場に居る人間たちの耳や頬の脇を吹き抜けていく。
武音乙女の清潔感のあるミディアムヘアも静かにサラサラと揺れた。
部屋には明かりがついておらず、忙しくバタバタとはためくカーテンの影が、白い床にまだら模様をつくる。
そういやなんで明かり消してるんだろ。節約かな?
乙女がぼんやりとそんなことを考えていると、
「あのー、武音さんの特技はどんなことですか?」
と、不意に面接官の一人が声を上げる。
「いえ、もちろん似たようなことは既にうかがいましたし、経歴からして色々おありなんでしょうが、一つ〝これは〟という自分の持ち味といいますか自信を持って言える得意なこと、というものがもしおありになれば、あらためてお聞きしておきたい、と思った次第で」
「人を集めることと、場を盛り上げることです」
乙女は、ほぼ即答と形容できるような早さで答えた。
焦っている風もなく、当然と思っていることが自然に口をついて出た、という静かな自信が感じられる様子である。
ちょっと出来過ぎかな、と乙女は思う。
外部の者による地域活性化の手伝い、この〝地方振興おたすけし隊〟の候補者としてはまさにうってつけの特技ではないか。
少しあざとすぎる気もする。
『でも、しょうがねーよな。ホントのことなんだもん』
アイドルというのは、集約すればこの二つに特化した職業なのだ。少なくとも乙女はそう思っている。
……だから現役時代は〝TV向きでない〟と言われ続けたのかもしれないが。
面接官たちは、顔を見合わせ一人残らず何やら複雑な表情をつくっている。
やがて中央の一人がぼそぼそと小声で何か呟き、皆それに合わせて頷いた。
「はい、武音乙女さん。もう結構です。ありがとうございました」
「はい。お忙しい中、こちらこそありがとうございました。よろしくお願いいたします」
型通りの挨拶の後、乙女は静かに退室していった。