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第35話 新しい季節

 四月。春の訪れで温暖な気候になっている頃。

 眞衣は、制服に着替えて化粧水を塗っていた。


「今日から初登校だからね。舐められないようにしなくちゃ」


 無事、通信制高校に合格して、一年遅れで一年生となった。


「お前は元から可愛いんだから、化粧水なんかいらないだろ」

 そしたら眞衣は腰元に手を置いて、笑みを零した。


「お兄ちゃん。女子はね、男子と違って肌のお手入れをしなかったらすぐにニキビができるのです」

「そうなのか」


 自分の容姿が原因で不登校になった経緯があったのに、それでも自分の容姿を磨こうとするだなんて、どういうことだろう。

 多分、妹なりにコンプレックスを乗り越えたのだろう。

「お兄ちゃんも今日から出勤なんでしょ。SPinsに」

「ああ。そうだ」


 ゲーム賞で入選を果たした俺は、Nextの親会社から働かないかとスカウトが来た。

 それを快諾した俺は、新卒採用として本日から、入社を果たす。

 どうやら最初の頃はメンターが付き、手取り足取り教えてくれるそうだ。

 貯金も八百万円あるし(二百万円ほどは水穂に渡している)、しばらくは家計も安泰かな。


「眞衣、高校から帰ってきたら実家に戻るんだぞ」

「うん……分かってる」

「お前はまだ、親元にいたほうがいいんだから。母さんには話を付けているから」

「はいはい。じゃあ行ってくるね」


 眞衣はスクールバッグを持って、玄関を飛び出していった。


「本当に分かっているのかな?」


 すると赤ちゃんの泣き声が聞こえた。


「はーい。今行くよ」


 俺はベビーベッドに横になっている、希美との子供を抱いた。

 この子の名前は蛍だ。俺が、俺たちが作り上げたエロゲーのヒロインの名前。

「蛍。可愛いねえ」

 思わずデレデレとしてしまう。

「じゃあ保育園に行きましょうか」

 蛍がにんまりと笑った。


 車に乗せて、保育園へと目指す。

 学校側にお願いして、在学中に免許を取らせてもらった。

 そして三〇分。保育園に着くと先生に蛍を預ける。


「よお、今日からか」

「お前もだろ」


 エプロン姿が洒落な橘がいた。

 蛍を慣れたように抱きかかえる橘。

「じゃあ、時間通りにな」

「ブラックな会社だったら難しいけど、まあ大丈夫だろ」

「まあ、そのときは相談してくれ」

 俺は橘と別れて、また運転席に乗り込んだ。


 ◇


「竹達俊です。よろしくお願いします」

 俺は他の新卒採用者とおなじく、自己紹介をする。

 拍手が俺のときだけ大きかった。

「期待してるぞー」と歓声があがる。どうやら俺がゲーム賞で入選を果たしたことは噂になっているらしい。

「どうも、メンターの梶紗理奈です」

 二年目の社員の梶さんという方が俺たち新卒採用者のメンターとなってくれた。俺たちは改めて挨拶をする。

「じゃあ、ゲームクリエイター志望の竹達さん、詳しいデバックとかの作り方教えるからこっちに来て」

「あっ、はい」


 それから流れるような日々だった。俺が担当することになったゲームは、ゲーム賞で入選した俺の作品、「ANSER」だった。

 それはかなり異例なことらしく、才能を買われてのことだった。


 そして、俺がなによりもそのことで嬉しかったのは、希美の描いた絵が世に出ることだった。

 ヒットすればもしかしたらアニメになるかもしれない。

 さすれば、彼女はこの世で生きていた証が永遠に残ることになるのだ。


 ◇


 夜の九時。残業して、くたくたになった体のまま運転する。

 そして保育園に着いたら蛍を引き取り、帰宅する。

 車から降りると、玄関先に秋月がいるのが見えた。


「おう、秋月」

 秋月は、眠っている蛍の頬っぺたを触る。


「可愛い」

「そうだろう」

「やっぱり希美ちゃんに似ているわね」

「それはどういう意味かな」

「あんたの不細工な顔面に似なくてよかったね、っていう意味よ」

「おいおい、理不尽だな」

 そしたら大笑いした秋月。「そんなこと思ってるわけないじゃない。だって——」


「私が惚れた男なのに」


 その言葉に唖然としてしまう。冗談よ、と笑いかける彼女の姿に見惚れている自分がいることは確かだ。

 すると両手を差し出してきた。そしてぎゅっと俺を抱きしめてきた。


「三人分、養ってあげる」

「俺はヒモじゃないぞ」

「ベストセラー作家の恩恵、あずかりたくないの?」

「ベストセラー作家といえば、俺が賞を獲った作品の権利印税が入ってくるはずだわ」

「はあ、なんの話」


 眉を吊り上げる秋月。それに肩を竦める俺。

「俺のそれの作品が、ゲーム化されることが決まったんだわ。お前の名前もゲームのクレジットに書いてあるから、著作権関係で、収入が入ってくるはず」

「それって相当すごいことじゃないの。やったじゃん」

「ああ、すごいだろ」


 もう一度、彼女が俺のことを抱きしめてきた。















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